訣別
指の動きにつられて、ジルトは下を見た。
「地下牢?」
「そう。彼は、表向きは親戚に引き取られたことになっているけど、実際はここに閉じ込められているんだ」
その言い方は、なんだか軽薄で信じがたい。第一、レイデスならともかく、十歳にも満たない息子を閉じ込める意味がどこにあるのか。
「それって、本当なんですか? 俺をからかってるんじゃなくて?」
「信用できないなら、ハルバ君に頼んで、クレイ君の居場所を教えて貰えばいいよ」
「……ハルバは、クレイの顔は見てません」
ジルトは観念して答えた。ハルバが予知をできるということが、バレている。
ジルトの答えを聞いたガウナは、意外にも目をパチクリとさせていた。
「あれ? 知らないのかい? 君とアドレナ嬢がデートしていた時、ハルバ君が尾行してたんだけど」
「はあ!?」
大声を上げて、ジルトははっとした。そういえばハルバは、ジルトとファニタが土産のケーキで揉めていたことを、なぜか知っているようだった。
「へえ、知らなかったんだ。ハルバ君も人が悪いね」
目をパチクリしていたガウナは、次には嫌な笑みを浮かべていた。
「本当は全部知っていたのに、なんにも知らないふりをして、君たちが買ったケーキを食べていたんだね」
「……性格悪い」
ジルトがボソリと言えば、ガウナが大きく頷く。やたらと嬉しそうに。
「そう、高みの見物を決め込むところは、彼も所詮ダグラスということにすぎーー」
「あんたのことですよ。どんだけ小さいことで仲間割れ狙ってるんですか」
「……なんだ、つまらない」
途端、ガウナは背骨を失ったかのように、ぐんにゃりと高級そうなソファにもたれ掛かった。
完全にやる気を失っている。
「とにかく、クレイ君を地下牢に閉じ込めていることは確かだ。これは脅し。君はお人好しだから、彼を救いたいだろ?」
「デート中に冷やかしてきたガキですよ。会ったのは一回だけだし、そこまで思い入れは」
「じゃ、訂正しよう。僕に殺される人は、皆救いたいだろう?」
欠伸をしながら、言った。ジルトの体が固まった。ガウナはそんなジルトに気付いているのかいないのか、相変わらずやる気のなさそうな顔で、天井を見ていた。
「だったら、僕の条件を呑むことだ」
「条件、って?」
考えられることとしたら、運河に遺体を投げた犯人を見つけることか。それとも……。
ガウナは、「よっこいしょ」と勢いをつけて跳ね起きた。厄介なことに、微妙に瞳が輝いているように見える。先程までのやる気のなさが嘘のようだ。
「もちろん、遺体を運河に投げ込んだ不届き者を見つけること……ではなく、ある一人の男を見つけてほしいんだ」
「……は?」
「そうだな、期限はこの事件が解決するまで」
「解決って、院長がそうなんじゃ」
「いいや、犯人は院長じゃない。君にはそれがわかっているんじゃないか?」
ジルトは口を噤んだ。こちらがどの程度情報を掴んでいるか、探りに来ている。
「それで、ある一人の男って?」
「お、やる気になったのかい? 男の名前は、マティス。マティス・ウィリアムだ。頑張って見つけてくれ」
話を逸らさざるを得なくさせておいてよく言う。ジルトはジト目になった。
「やる気になったんじゃないですよ。仕方なくです。本当に仕方なく、あんたの遊びに付き合ってあげるんです」
「それは光栄だ。がんばってくれよ、小さな英雄君?」
そんなジルトに、心底嬉しそうな目をしながら、ガウナは言ったのである。
ジルトが帰った後、リルウは彼に聞いてみた。
「マティス・ウィリアムって誰?」
「君に話すと、ジルト君に筒抜けになりそうだから教えない」
ご丁寧に指でバツを作られ、リルウはジト目になった。
「あっそ」
「ただでさえ、レオン・ダグラスと組んで閣議を引っ掻き回してくれたんだ。正直言って、僕から君への信頼度は低い」
「あら、今更?」
リルウは笑いたくなった。もうとっくに、リルウは“覚悟”を決めているというのに。
「さんざん邪魔したのに、まだ信頼してくれてるの?」
「……信頼じゃないよ。見くびってるんだ」
ガウナが微笑んだ。
「残虐さでは、お姫様や魔法使いは、魔女の足元にも及ばない。それを確認したからね」
「……」
「僕には君の“迷い”が見えるよ。それを知られたくなくて、皮肉げな態度ばっかり取っているんだろうけど……僕も同じさ。魔女の生涯は引き算だ。いずれ君を切らなくてはいけないと思うと、不安になる」
不安。悲しいでも苦しいでもなく。リルウは唇を噛んだ。
「君が僕との契約を破って、ジルト君に正体を教えたあの日から。こうなるだろうとは思っていたよ」
「……最後の警告よ」
リルウは、やけに重たい瞼を押し上げて、ガウナをまっすぐに見た。
「私は魔術に目覚めた。他人が殺した人の魂を取り込めば取り込むほどに、私の魔力は大きくなる。だから、兵士が兵士を殺す戦争をしたとして、勝つのは私。戦争を回避したければ、こんなことはやめて……」
「ああ、やっぱり、君たちには齟齬があるんだ」
納得のいったような声が聞こえた。
「レオン殿は、戦争を回避しようなんて気はないよ。本当に起こす気でいる。葬儀の場での彼の苛つきようを見たらわかる。彼は、全部をなかったことにしたいんだ。でも、君は違う」
「っ……」
「君は、わかっているんだろう?」
その次の言葉は、やけにゆっくり聞こえた。
「戦争を起こしたとして、勝つのは僕だと」
「いいえ、違うわ」
いいや、正解だ。心の叫びを無視して、リルウは不敵な笑みを浮かべた。
「ここからの景色を見させてくれた、恩人の貴方を殺すことに、良心が、咎めるだけ」




