逮捕
内務総合監察官ライケット・オリヴァーが殺されて運河に浮いていた事件は、急展開を見せた。
……容疑者が、浮上したのである。
名前はレイデス・ユーフィット。なぜか内務省からの圧力により、捜査から外されていた『ユーフィット医院』の院長だ。
きっかけは、今日の早朝、医院近くのゴミ捨て場で、凶器と思わしきナイフが見つかったこと。ナイフには、時間が経って黒くなった血がついていた。
この些細なきっかけで十分だった。警邏局は、内務省……正しくは、行政局からの通達を跳ね除け、疑惑の『ユーフィット医院』への捜査に踏み切ったのであった。
真っ昼間の逮捕劇。意外にも、容疑者レイデスは冷静に応じた。
手錠を嵌められてもなお、毅然とした態度で「私は一日中、患者を診察していました。時間が空いているとなると、昼休憩ですが、その頃には、遺体は運河に浮いていたんでしょう」と、自分の無実を主張している。
「あの院長、嵌められたんだ」
放課後。新聞から顔を離し、ハルバはそう言った。
「オリヴァー監察官を殺したナイフを持ってたのは、アウグスト公爵。あの公爵、昨日の昼、夫人にナイフを見せてたんだ。でも、それから一時間後、何も視えなくなって……」
「おそらく、『魔女の信徒』に行っていたから視えなかった。その間に、公爵は教祖にこう指示したーーレイデス院長に罪を被せるために、ゴミ捨て場にナイフを捨てて欲しい、と」
墓場のナイフがなくなっていたことをハルバに報告していたジルトは、「やられたな」と呟いた。
「ナイフを使って、別の容疑者を仕立て上げたんだ」
「でも、院長にはアリバイがあるはずだ」
「俺もそう言ったんだけどな、ファニタが言うには、それもひっくり返るだろうってさ」
「な、なんで?」
「患者が、信者だからだ」
果たして、ファニタの言葉通りになった。
レイデス院長逮捕の翌日。患者の数名が、レイデス不在の時間を証言し始めたのだ。
彼らは犯行当日、『ユーフィット医院』に診察を受けにきた患者で、口を揃えて「十時から、二時間留守にするので、その後に来てほしいと言われました」と証言した。
それは、ライケットを追いかけて殺し、運河に投げ込むことができるほどの時間であると思われた。
「『ユーフィット医院』に来るのは、地下にある『魔女の信徒』の信者も含まれる。傍目から見たら患者だが、彼ら彼女らは、あくまで信者。だから、教祖に言われて、院長を裏切った」
「アドレナさん、予知能力者かよ」
引きつった顔のハルバ。「俺の出る幕がない」
「いや、お前がすることはあるぞ」
ジルトは、至極真剣な顔で言った。
「ブラン・ルージュ秘書官の動向を予知することだ」
「ブラン・ルージュ秘書官って、オリヴァー監察官が、地方領主と殺そうとした、あの?」
「そう。二日前、ファニタに会いに来たらしい。フレッドさんによれば、俺を訪ねてきたらしいけどな」
「お前を? どうして?」
「可能性があるとすれば、俺を公爵側の人間だと思っているから。ルージュ秘書官は、公爵と敵対する内務副大臣の部下だ。探りを入れてきている可能性がある」
「そうか! 俺たちの味方になってくれる可能性が……!」
ハルバの明るい声に、ジルトは頷く。
「味方になってくれる可能性があるかの材料集め。それと」
草色の瞳を眇めた。
「内務省の人間だから、今回の事件に関与しているかもしれない……いや、もしかしたら、遺体を投げ込んだ張本人かも」
机の下で、拳を握る。
「公爵が偽物の犯人を仕立て上げたのは、遺体を運河に投げた犯人を誘い出す目的もあるかもしれない。誘い出して……口封じする、とか」
ハルバの表情が固まった。
「だから俺たちは、公爵より先に、遺体を運河に投げ込んだ犯人を見つける必要がある……犯人を、殺させないために」
ハルバにブラン・ルージュ秘書官の予知を任せたジルトは、次の日の放課後、『ユーフィット医院』へと赴いた。
『ユーフィット医院』の前には、雨の日とは比べ物にならない多くの記者が詰めかけていた。建物には規制線が張られていて、警邏官たちが忙しく出入りしていた。
皮肉なことに、事件があったおかげで、クライスの目を気にせずに、堂々と見に行くことができる。
ジルトは、二階の窓を見上げた。誰もいない。
父親が逮捕されて、クレイはどうなったのだろうか。地下に匿われていたりするのか? 首を捻る。
「事件に興味がありますか」
硬質な声は、まるで尋問を受けている気分になる。いつもの喫茶店にて、ジルトはもはや、名前を呼べば出てきてくれるクライスと向かい合っていた。ジルトは頷いた。
「ファニタとケーキ屋に行った時に、偶然あの親子と会ったんですよ。だから、今回のことで驚いて、いてもたってもいられなくなったんです。クレイは? どうなったんですか?」
「彼は、親戚に引き取られました」
「親戚?」
「王都にいる親戚です。だから、大丈夫です」
何も大丈夫じゃなさそうだ。ジルトが腑に落ちない顔をしていると、「会いますか」とクライスがやはり冷静なトーンで言う。
「え、いいんですか?」
「はい。ちょうどこちらも、お聞きしたいことがあるので」
「……こちらも?」
ふかふかのソファに、腕に絡みついてくる金髪の美少女。そして目の前には銀髪の公爵。
「ぜんっぜん親戚じゃねーじゃないですか!」
ジルトは部屋の隅に控えるクライスに吠えた。クライスは、さっと目を背けた。
騙された! 馬車に乗せられて、親戚とやらの家に向かっていると思えば、着いたのは王城だった。
リルウが甘い声で言う。
「お兄様、お久しぶりです。日取りはいつにしましょうか?」
「日取り?」
「結婚式の日取りです!」
そういえば、そんな話があったな。あの時は聖剣やら何やらで大変だったっけ。ジルトは遠い目をした。
結局聖剣は、目の前の公爵の手元にある。クライスという実際の武力と、聖剣という魔法的な力も合わさって、なんだかずるい気がしてくる……あれ?
ーーそういえば。
浮かんだ疑問をとっておこうと思った。今度、チェルシーに会った時に聞いてみよう。
ジルトは頭を振って、目の前のことに集中しようと思った。
「それで? クレイはどこにいるんです?」
部屋の中には、彼の姿はない。半眼のジルトに、ガウナはにっこりと笑い、下を指さした。
「王城の地下牢だよ」




