ナイフと認識票
この章にふさわしく、この人で締め。中編に続きます。
ーー貴方が私を殺す、その日まで。
「死後二百年説って、知ってます?」
結局ここに戻ってきてしまった。雨に濡れた石畳を踏みながら、ミュールとルクレールは傘を差し、とある場所を目指していた。前を歩くルクレールは、道端で買った新聞と、とある地図を交互に見ながらミュールの言葉に首を振る。
「いや、知らねえ。そういや絵の裏に書かれてた名前も、二百年ごとだったな」
「そうそう、それです。それも、たぶん死後二百年説に則ってるんです。戦後に、特に遺族の間で流行ったんですよ。死んだ人の魂は、二百年後に生まれ変わるという流言が」
そういえば、ルクレールは戦争が終わった後、自分の領地に帰ったと言っていた。もしかして、死後二百年説が流行ったのは、ミュールのいた王都だけなのだろうか。
「理不尽なことが起こると、非論理的な方法に頼りたくなるのは、いつでもどこでも同じなんだな。戦場では、死んだ奴の持ってたモンを持ち帰って供養すると、そいつが天国に行けるって噂が流行ったぜ」
心底馬鹿にしたように、ルクレールが言う。
「持ってた物? 例えば、認識票とか?」
「お人好しの先輩は、上官にぶん殴られながらコレクションしてた」
ルクレールは、今度は苦笑い。「知らない奴の認識票まで持ち帰ってさ」と付け加える。たしかに、魔女の家に行ってもなお、同情を忘れなかった彼なら、そんなことをしそうだ。
「あとはそうさな、自殺した奴の認識票は持ち帰り辛かったから、ナイフとか、わかり辛いやつにしてたな」
「? どうしてですか?」
「自殺は、臆病者のする行為だと言われていたからだ。そんな奴の認識票なんて持ってたら、軍の中で私刑になること間違いなし。だからナイフなんだよ。兵士に与えられていたナイフなんて、みーんなおんなじだったからな。だから」
ルクレールが手に持つ新聞には、こう書かれているーー『ライケット・オリヴァー氏の死、未だ解明されず』。
「まあ、なんつーか。守りたかったんだと思うよ」
ルクレールは、濁すように言って、新聞を折りたたみ、ポケットにしまった。
「それはそうと、二百年説か……本当に、ジルトの家が英雄の家系なのか?」
「そうです。あのドブネズミ、そういうところは機転が利く性質だったので、二百年説を逆手にとって、『僕とシルヴィが結婚すれば、英雄の生まれ変わりが生まれたりして、あはは』と言って、周囲の反対を押し切って結婚したのです」
「で、本当に生まれてしまったわけだな」
「まだわかりませんよ。魔女の家が絵の裏に刻んでいた名前の次に来るのが、ジルト様の名前というだけで」
「と、いうことは、魔女も死後二百年説を信じてたことになるな」
あほらし、と肩をすくめるルクレールが見ていないことをいいことに、ミュールは顔を真っ赤に染めた。四年前、血眼でそれを調べたことがある身としては、耳が痛い。だが、彼女はそこで、先程の疑問を掘り返した。
「でも、彼らは戦争が終わる前にレトネアに移り住んだんですよね? 死後二百年説は、戦後の王都で流行っただけです。どうして彼らは、“二百年”と規定できたのでしょうか?」
「うーん、たしかに」
ルクレールが、くるくると傘を回して考える。街並みが変わってきた。石畳は消え、何も敷かれていないむき出しの土の上を、二人で歩く。地面には、なぜか短くて幅の狭い石造の橋が架かっている。ここにあった川の跡だ。橋の長さから推測するに、そんなに大きな川ではなさそうだった。
「滑るから気をつけろよ」
「わざわざ橋を渡る必要がどこに……?」
「情緒って奴だよ」
戦後、王都は再編され、地図は大きく書き換えられた。そのごたごたに乗じて、トウェル王が各地に軍事機密関係の施設を作ったとされている。嘘か真かはわからないが、たぶん、シリウス先生が地図を見るたびに顔を顰めていたので、それは本当の話なのだろう。
短い橋を渡りきれば、目的地はすぐそこだった。
「ここだよ……魔女の一家が、昔住んでいたっていう家……あの爺さんが、海軍にいた時に急襲したっていう場所」
今にも崩れそうな家屋が、目の前にあった。
トウェル王が唯一見逃した(それは故意にかもしれない)、聖剣の証人の言葉と、ラデイクが自宅の本棚に所蔵していた戦前の古い王都地図によって、二人はこの場所を突き止めた。
「たぶんこの場所でも、嫌なモン見るんだろうな」
うげえ、とルクレールは嫌そうな顔をした。
「でも、正直どっちもどっちです」
ミュールもまた、半眼になりながらそう言った。住人を虐殺し、聖剣を引き上げ英雄に渡そうとしたであろう魔女の一家と、偽物の聖剣を、住人と、海軍兵士すべての命を使って、あたかも本物であるかのように見せかけたトウェル王は、正直言って、どっちもどっちだ。
だからこそ、この場所を調べる価値はある。どっちもどっちだからこそ……トウェル王は、自分の邪悪さを隠すために、あえて魔女の邪悪さがわかる建物を残したのかもしれない。
取り壊されていない以上、そこを調べる価値はある。
「……」
ミュールはそう考えて、ある可能性に思い当たり……途端に背筋が寒くなった。偽物を聖剣だと偽るために、多くの海軍兵士を投入した王だ。それくらいは、可愛い物だと思えた。
ざかざかと、泥に足がとられるのも構わず、朽ちた家屋へと近づいていく。表札を探す。あった。石造の表札は、思った通り傷をつけられていて読めない。しかし、特徴的な先頭のAだけは、判別できた。
「A……アウグストとか? 奴を運んだ奴隷商の苗字だっけ?」
そばにきて、茶化すように言うルクレール。そう、その可能性を、ミュールは恐れている。
「アウグストでは、ないにしろ」
あの老人は、海軍時代、ここを魔女の家なのだとトウェル王に言われて仲間と共に急襲した。作戦の指揮を取ったのは、トウェル王その人なのだ。だから。
「ここって、本当に、魔女の家なんでしょうか?」
「あー、つまり」
ルクレールは、半笑いで家屋を見上げた。川のそばの小さなお家。王族のいる王都でこんなに穏やかな生活をする魔女が、いていいものだろうか?
「あの爺さん、コレのためにも生かされてたってわけか?」




