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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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証拠品

王立総学研究所。通称・王総研は、学者たちにとっては、天国であり地獄であった。


戦後まもなく作られたそこには、国でも指折りの学者たちが集められ、様々な研究が行われていた。


彼女の父、ガイアス・アドレナもその一人。セント・アルバート学園にいた時から、その名声を轟かせていたガイアスは、引き止める教授たちを振り切って、卒業後に田舎に帰り、結婚。二人の子供を設ける。


農作業をしながら、細々と趣味の民俗学研究をしていたが、ある日トウェル王に見出されて男爵位を与えられ、王総研に勤めることになった。まさに、物語の主人公のような人物だ。


さて、ガイアスにとってそこが天国だったか、地獄だったかは、本人にしかわからない。


「君は、どう思う?」


忘れ形見の一人に問えば、彼によく似た色を持った彼女は、首を傾げたが、やがて答えを導き出したようだ。


「父から伝え聞いた限りだと、天国だったんだと思います。同じ民俗学の研究仲間とも出会えて」


あの人の娘らしい答えだ。その研究仲間は、あの人に嫉妬して殺してしまったのだが。


わかっているのかいないのか、いや、その聡明さを鑑みればわかっているのだろうが、彼女はそこを天国と言い切った。


ブランは微笑んだ。彼はろくでもない施設のことが嫌いだったが、その中にいる人たちのことは好きだったからだ。


「ウェイン所長も、良くしてくださったと聞いています」


唐突にその名前を出されたブランは、目を見開いた。


「当時は戦争の影響で、民俗学などの学問は、役に立たないものとされていました。しかし、ウェイン所長はじめ、王総研の皆様は、父の研究を有用のものとして扱ってくださいました」


体が冷えてきた。雨が降っているからだろうか。彼女の青い瞳は、あの人そっくりだ。一歩間違えば、王に殺されるとわかっていながら、研究をやめられなかったあの人に。


「ですから、父の代わりにお礼を申し上げます。父を拾ってくれて、ありがとうございました」


その瞳は、確信に満ちている。しらばっくれようとしても無駄か。


「……よく、わかりましたね?」

「父に聞いたことがありましたから。所長さんのお孫さんは、とっても優秀だと言ってました。淡い金髪に褐色の瞳。所長さんの色を受け継いでますね」

「まいったな、一発で見抜かれていたとは」


ブランは降参の証として、両手を挙げた。


「私の上司でさえ気付かなかったのに」


祖父は、王総研の所長になってから、そこを出ることはなかった。だから、王宮で祖父の顔を知る者は少なく、悪名高き王総研の所長の身内であるブランにとっては、都合が良かったのだが。


「欲を出して、王総研の話を出したのがいけなかった」

「亡くなった身内の評判が気になるのは、私も同じです」


くすくすと笑うファニタ。あ、そうだ、とわざとらしく手を打つ。


「私も聞かせていただいて良いですか? 父の、研究所時代の話を」


綺麗なはずの彼女の瞳には、疑心と期待が半分ずつ浮かんでいた。






認識阻害といっても、誤魔化せるのは視界だけ。土の上を歩けば足跡が残るし、声を出せば人に聞こえる。だから、足跡が消えて、音で声がかき消される雨の日はちょうどいいのだと、アントニーが説明してくれた。


学園から出る時に姿を消し、そのまま西へ。大通りへと出て、そこから『ユーフィット医院』へと歩く。


『ユーフィット医院』は、この前見た時と同じように、雨の中、静かに佇んでいた。ちらほらと新聞記者らしき人影は見かけるが、この雨だ。出歩く人は少なく、所在なさげにしている。


「残念、定休日だ」


アントニーが看板を見て言う。ふと思いついて、ジルトはあの時のように上を見上げた。二階の窓からは、やはり院長がこちらを見ていた。


あの時と違って、目を逸らす必要もない。ジルトはじっくりと彼のことを観察することができた。半身しか見えないが、あの白衣を着ている。うっすら笑みを浮かべていて、視線が忙しなく移動していた。


「……」

『品定めだな、まるで』


夢の中で会った、彼の声が聞こえた。


『ろくでもない術を使う一族がいてな、たしかそいつは、妻を蘇らせようとしていたんだ。あいつ、惜しいな』


惜しいとは、どういう意味なのか。ジルトが訊いても、英雄は沈黙するだけ。ジルトは諦めて、院長から目を逸らした。


「それで、次はどこに行く?」


その様子を見ていたであろうチェルシーに訊かれ、ジルトは少し考え。


「次はーー」




雨は勢いを増していた。運河に船は通っておらず、跳ね橋はずっと下がったまま。操作員も、暇そうに欠伸をしていた。


そんな操作員の横を通り抜け、跳ね橋を渡る。戦没者墓地へと続く跳ね橋を。


ジルトは、いくつもの墓が並ぶ中、迷わずに目的の場所を目指した。ハルバが教えてくれた墓……キース・グレイの墓だ。


「……ない」


その墓の前で、ジルトは呆然と立ち尽くす。


夫人がそこに置いた証拠品が、なくなっている。遺体を遺棄した犯人が持っていったのか? それとも……。


普通に考えれば、遺棄した犯人だろう。犯人は、ライケットを追ってこの墓地へと足を踏み入れ、遺体を発見。何かに使えると思い、遺体を運河に投げ込んだ。その際に、墓地を犯行場所と特定されないように、ナイフを回収した?


ーーでも、なんで回収する必要があるんだ。


墓地を犯行場所とすれば、夫人に罪を被せる(この場合は、遺体を投げ込んだことだ)ことができる。それなのに、わざわざナイフを回収したのは、もしかして、夫人が犯人だとわかった上でだろうか。つまり、庇うために回収した?


「もしかして、死体を投げ込んだ犯人は、意外と良い奴だったりするかもな」


アントニーもまた、腑に落ちなさそうな顔でそう言った。






雨滴が窓に打ちつけ、滝となって流れ落ちる。


週一の定例会議を終えて、ガウナは執務室に帰り、資料を読み込んでいた。これが今回の鍵、彼女こそが、全てを出し抜く鍵なのだ。


「エリオット君は、人の悪性を信じすぎなんだよ」


楽しそうに呟き、資料を炎で燃やす。


()が思い出す様子はなし……だけど、()の魔力は高まりつつある。あまり時間はないね、と、いうことは」


この時こそ、性悪説を信じるべきである。


「シンスと取引でもしてこようかな」

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