雨の日
リベンジ
連日降り続いた雨は、しとしとと、優しく降る雨になっていた。
ネリアはぬかるんだ道を歩き、一心に墓を目指した。せめてもの“良心”で置いてきたそれは、未だに見つけられていない。罪の意識が、彼女を苛んでいた。
前髪が額に張り付く。それを鬱陶しげに払って、ネリアは墓を見た。
「……ない」
たしかに置いたはずの、ナイフがない。ネリアの婚約者を殺すのに、使われたナイフがーー。あの人から、抜き取ったナイフが。
『これで、アイツを殺したんだ』
そう言われた時、ネリアの視界は真っ赤になって、握ったナイフでライケットの腹を刺していた。ライケットはそれを抜くことなく、まるでネリアを庇うかのように、墓地の奥へと消えた。ネリアはしばらく呆然とし、彼の跡を追った。そして、彼が息を引き取る瞬間、聞いてしまったのだ。
『あの時と同じ、もう、助からないな』
なあ、キース。
ライケットは、虚ろな目で笑って、何かを見ていた。その名前を聞いて、ネリアの体は固まり。その間に、彼は息を引き取った。
糸にも似た雨は、細く細く降り続き、学園の庭にいくつもの水溜りを作っていた。
ライケット・オリヴァーが亡くなってから一週間。犯人は未だに見つかっていない。それどころか、夫人が置いていったナイフさえも。
「死体を運河に投げ込んだのは誰なのか」
とぽとぽと紅茶をティーカップに注ぎ、ジルトは呟く。こうして呟けば、何か新しいものが見つかる。そんな期待をこめて。
さしものファニタも、ノーヒントでは厳しいらしい。怪しいのは、『ユーフィット医院』を空白にした王都地図を発行している内務省行政局、もとい内務省全体だと言っていた。
確かに、内務省でありながら軍事機密(これも推測だ。一週間経っても『ユーフィット医院』は手付かずで、北東方面ばかり調べられている)を暴こうとした彼を同じ内務省の役人が殺したというのは納得できる。しかし、内務省に勤める人々は大勢いるし、話を聞こうにも接点がない。リルウを頼るか? いや、それだとガウナにも伝わってしまう。
「かと言って、俺があそこに行くわけにもいかないしなぁ」
有能なストーカー(クライス)を撒くことは難しい。それこそ、あんな格好をしない限り……。
椅子に座って紅茶を飲む。今日は少し肌寒いのでちょうどいい。帝国にいるセブンスが送ってきてくれたクッキーを摘みながら、ジルトは渋い顔をしながら考える。もぐもぐと口を動かし、その美味さに目を丸くしたところでーー。
「そんな貴方にとっておきの朗報があるよ!!」
「うわぁ!?」
人はこれをデジャヴという。ジルトが椅子ごとひっくり返りそうになったことで、ティーカップが揺れてかたかたと音を立てたが、ギリギリセーフ。
突然姿を現したのは、なぜかこの学園の制服を着たチェルシーだった。彼女はジルトの飲みかけの紅茶をごく自然な動作でゴキュゴキュと飲み干し、息を吐く。
「これが間接キスの味ってやつだね!」
アンドサムズアップ。ご丁寧にウインク付きである。
「私の“結界”だったら、誰にも見つからずに『魔女の信徒』でもどこでも、デ、偵察に行けると思うよ! あだっ!?」
「思うよじゃねーよ。欲望ダダ漏れじゃねーか」
そんなチェルシーの頭に手刀を入れるのは、赤茶けた髪の青年アントニーである。それを無表情で見守るのは、ラテラもといパフェちゃん。
チェルシーは「お邪魔虫が……」と恨みがましそうにアントニーを見た。
「誰がお邪魔虫だ、お前を一人にしたら絶対に暴走するだろ」
「それがお邪魔虫って言ってるんだよ。ね、ラテラ?」
「……」
ラテラはどちらに味方するべきか迷っているようだった。迷った後に、小さく頷く。
「ていうか、お前、その制服……」
椅子に座り直したジルトがチェルシーを指差せば、彼女はふふんと胸に手を当てた。
「そう! このたび私ことチェルシー・ディーチェルは、セント・アルバートに編入することになったんだよ! といっても、夏休み明けだけど!」
短めのスカートをひらひらさせて、チェルシーはくるりと一回転。悪戯っぽく笑う。
「ディーチェル、って」
「まあ、どっかの誰かに言われた裏切り者の汚名を雪ぐのも良いかなって思って。ディーチェル家はすっごく良い家なんだって、後世に伝えられるように」
「チェルシー……」
自分とは違う選択をした彼女に、ジルトの胸は熱くなる。頑張れよ、そう言おうとした途端。
「だから、骨董商で稼いだ金と、暴漢から剥ぎ取った金で爵位を買ったんだ!」
「……」
あまりにもあっけらかんとした言い方に、ジルトは黙り込んだ。
「もちろん公爵位ね! あの魔女、すごく渋ってたけど、『貴方が公爵である時点で公爵家に価値はない』って言ったら、快く爵位をくれたよ!」
「それでいいのか爵位授与」
ダグラスも公爵家なのだが。ジルトがそう思っていると、チェルシーはその心を読んだようで、「ダグラスも今は評判が地に落ちてるでしょ?」と残酷なことを言う。ジルトはちらっと隣の壁を見た。
「領地は無いけどね、まあお情けの公爵ってこと。でもこれで、身元は保証されたわけで、ここの学園長も、快く頷いてくれたよ!」
一応セント・アルバートは名門なので、得体の知れない人物は入れないようになっている。ジルトもそうにはそうなのだが、そこはセブンスがこの学園の卒業生であること、誰もセブンスに逆らえなかったことで入学を許された。
ディーチェル家とはいえ、大火の後に貧民街で育ったチェルシーは、再度公爵位を手に入れることで、学園への編入権を得たというわけだ。
「それはそうとジルト、憂い顔もかっこいいね! 学校から帰ってきて紅茶入れて呟くのも、サマになってたよ!」
「見られてた!!」
ジルトは顔を覆いたくなった。すごく恥ずかしい。
「流石は私の未来の旦那さ、きゃうんっ」
「こんなんでも、編入できるだけの力はあるんだぜ。世の中って不公平だよな」
アントニーが再度頭に手刀を入れながら、虚無顔で呟く。
「雨が降ってる今がチャンスだ。とっとと行くぞ」
セント・アルバート学園校門前にて。
とある生徒を訪ねてきたブラン・ルージュ秘書官は、怪訝な顔をした。
「……いない?」
なぜかこめかみに青筋を浮かべた門番は、「どこ行ったんですかねえ!?」と逆に訊いてくる始末である。仕方ない。ブランは出直そうとして、考え直す。ここには、彼女もいるはずだ。
「あ、門番さん、それならーー」




