街中の男
そんなわけで、ジルトは公爵邸で、いつかのように銀髪の公爵と向かい合っていた。
いや、今日は、ジルトの隣にはリルウが座っていて、尋常じゃない甘い雰囲気で腕に擦り寄っている。
「お招きありがとうございます、公爵。まさか、王都に降りてるときに拉致られるとは思いませんでしたが」
ジルトの頬はひくついていた。
この前みたいに辻馬車でも手配してくれればいいものを、ジルトは街中で強引に馬車に引っ張り込まれ、目を白黒させている内に公爵邸にご案内されたのである。
「こんな手荒な真似をして、目撃者がいたらどうするんですか?」
「そのための辻馬車だよ」
にっこり。
公爵は憎らしいほど完璧な笑みを浮かべていた。そして、何か言いたげにジルトの横に座るリルウへと視線を向ける。
「まあ、許容範囲内ということで、セーフです」
お兄様に会えたことだし、とか言いながら、リルウが謎の判定を下す。ガウナの表情が、笑顔のまま固まった。気がした。
「良い評価が貰えて何よりだよ……ジルト君には、私の仕事を手伝って欲しくてね。
なに、薔薇の魔女を信奉する一団を一掃するだけの、簡単なお仕事さ」
麗しの教祖様は、公爵の横暴に怒り、アゼラを慰めてくれた。
「アゼラ、貴方は何も悪くありません。たしかに、貴方の親友は勿体なかったと思いますが……我々を理解できない人間に未来はありません。彼は一足早く、神の身許に発ったのです」
黒曜石のような瞳を憂いに沈ませ、教祖……シンス・ゲイナーは言う。
地下組織、『魔女の信徒』本拠地で、アゼラは公爵との話の一部始終を報告した。
ハルバを引き抜くことに失敗したと言ったときに公爵が言ったこと。
ファニタの思い人の名前を口に出すや否や、公爵が自分が関わることを宣言したこと。
アゼラは、『魔女の信徒』の一員である。薔薇の魔女を崇拝し、彼女の復活を目標としている。今は公爵の犬の状態だが、言うなれば貸し犬である。
『魔女の信徒』と公爵側は、薔薇の魔女の復活を目論む点で利害が一致しているが、その根本的なスタンスが違う。
『魔女の信徒』は、薔薇の魔女を崇め、主と崇めている。
だが、公爵は違う。薔薇の魔女を、自らの覇道の踏み台にしか思っていないのだ。
アゼラはそのことが歯痒くてならない。
そして、あのことに触れられたことも。アゼラは脳裏に、丸眼鏡の親友を思い浮かべ、そして、打ち消した。
従順な犬がする報告を、シンスは思慮深く聞いていた。
「その学生が気になりますね。公爵直々に関わるとは」
「ええ。見たところ、普通の学生のようですが……」
アゼラが困惑したようにして、報告書を渡してくる。だが、その報告書に印刷されている写真を見た途端、シンスは目を見開く。
「彼は……」
「ジルト・バルフィン。王立セント・アルバート学園二年一組の男子生徒です。……シンス様?」
ぐしゃり。
報告書を両手で握りつぶすようにしたシンスに、アゼラは訝しんだ表情を見せるが、今のシンスがそのことを慮ることはなかった。
ーーそういうことか。
謎が氷解した。
なぜ、公爵と示し合わせて立てた計画がーー英雄式典の合間にリルウ陛下を攫う計画が、見事に瓦解したのか。
灰色の髪の少年、ジルト・バルフィン。
彼は、シンスと街中でぶつかった少年である。
「どうやら、彼とはここまでのようですね」
ところ変わって。
愛弟子からの手紙を読んで、稀代の魔術師は、赤色の髪を掻きむしる。
「だーかーら! お前には真実を教えなかったのにさあ! 土下座するくらいなら、学園なんか辞めて帰ってこい!!」
ひとしきり喚いた後、ボサボサの髪を整えながら、セブンスはため息をついた。
「でもまあ、そういう思し召しなのかも知れねえなあ……」
手紙を封筒にしまい、鍵付きの引き出しに入れる。
「俺がいくら守ろうと思っても、弟子ってなァ守らせてくれないもんだよな。なあ、トウェル」
かつての親友の名前を呟き、セブンスは、柄にもなく祈る。
「あいつを守ってやってくれよ。だって、あいつは……」
突然壮大な勘違いをし始める教祖




