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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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これで貴方に

その昔、英雄アルバートは、周囲の過度な期待に押しつぶされそうになったという。というか、押しつぶされた。


「予知などせずとも、ライケットが墓地に来ることはわかっていました。なんでも視えるって、結構面倒臭いんですよね。彼は視るだけで、知ろうとしなかったんですよーー自分の妻が、毎週毎週。あの曜日のあの時間に、墓参りに来ることを」

「……」

「彼が自棄を起こして『ユーフィット医院』の査察を決めたことは、昨日の朝把握していました。尾けたのは医院まで。彼と同じ北東の橋は渡ってません。彼の行き場所はわかっていましたから、別の橋を渡りました」


それと、もしかしたらライケットが私のことを予知しているのかもしれませんし。


予知能力で殺されそうになった男はそう言う。


「でもまさか、殺されているとは思いませんでしたね。いや、殺させた、かな?」


墓には、血のついたナイフがあったきり。しかし遺体はその近くになく、どころか血痕すらなく、奥まったところで静かに眠っていたという。まるで、誰にも見つからないことを祈るように。


その時、ブランは「これは使える」と思ってしまった、らしい。



「と、いうことで、私は死体を遺棄するやばい信者という設定で、『魔女の信徒』に潜り込んだんです」

「君、何やってるの」


ユリズは部下の話に、太眉をどう動かしたらいいかわからなかった。怒ればいいのか困ればいいのか泣けばいいのか。その全部である。


「私が『魔女の信徒』内部から情報を集めて暴くので、貴方は『ユーフィット醫院』のことを告発してください」


目がガチだ。四年という短い間だが、彼とコーヒーくさい執務室や、家で過ごしてきたユリズにはわかる。彼の言ってる言葉は、冗談なんかじゃない。


「そうすれば、私は出世して内務大臣になれると?」

「ええ、そうです!」


彼の目的は、昔から変わっていない。ユリズを出世させること、内務大臣、ゆくゆくは、銀髪の彼が君臨しているところにまで上り詰めさせる気なのだろう。ため息を吐く。


……先王の負の遺産を暴くのは、今の政権に打撃を与えることには違いないが。


「過度な期待をするのはやめてほしいな。たしかに、ガウナ君とリルウ陛下をこてんぱんにするとは言ったけど、こんな過激なやり方でなんて」

「過激なやり方じゃないと、貴方は逃げるでしょう」


静かな声だった。ブランは、縋るような瞳でユリズを見ていた。 


「焼け落ちた王都で私を拾ってくれたのは、他でもない貴方です。どこの誰ともわからない私を、貴方とサリア様が救ってくださった。本当の名前を名乗るのを嫌がる私に、素敵な名前をつけてくださった」

「美化してるようだけど、君の名前、ワイン飲みながら決めたんだよ」


そればかりでない。ブランをどうするかもチェスで決めた。

「成人してるし、見捨てればいいのよ」と言っていた妻は、明らかに手を抜いていた。あれは、儀式のようなものである。


子供のいないクリード夫婦にとって、ブランは息子も同然だ。彼は頭の回転が良く、自身の立場を弁えていた。ユリズは副大臣に就任してすぐ、ブランを秘書に抜擢した。


最初こそ遠慮していたブランだったが、妻サリアのずけずけとした物言いを吸収し、仕事をしたくないユリズの尻を蹴るまでになった。その仕事のさせ方は、ユリズを仕事嫌いにさせたどこかの欲望に塗れた男とは違っていた。


だから、ブランの危うさについて、少し甘く見ていた感がある。


「つまり、私がコーヒーを飲んでたらコーヒーの品種名になったわけで、そういう軽い気持ちで付けたんだよ」

「ワインでほっとしました。ですが、コーヒーの名前であろうと、きっと私は気に入っていたと思います」


ブランは、噛み締めるように言って、自分の胸に手をあてた。


「義父さんのくれた名前だから」

「……」


面と向かって言われる。ブランの瞳は常に冷めているが、そこにはいつでもユリズへの期待が見え隠れしていた。ユリズは、古代の英雄にでもなったかのような気分になった。一人でもこれだ、たくさんの人たちから崇められた英雄は、いったいどんな気分だったんだろう。


「私から言うことは一つ。死なないようにね」

「はい!」


嬉しそうに言う義息子に、ユリズは眉を下げた。敵わないな、そんなことを思い。


「ところで、ジルト・バルフィンのことですが」

「お、なんか新情報がある?」

「ええ。クライス・エドガーと、仲が良いそうですよ。二人で喫茶店にいるところを、度々目撃されているとか。知り合いの新聞記者が言ってました」

「あー、やっぱり? でも、あのことには気付いてない様子か」

「あのこと?」


首を傾げるブラン。彼にはさんざんトウェル王の悪口を吹き込んできた。  


人間を人間のまま家畜にする方法を用い、民衆に褒め称えられた悪魔のような男。実験施設『ユーフィット醫院』を設立し、かの悪名高き『王立総学研究所』を作って、多くの学者を招き入れた。


トウェル王の時代は、戦争という目に見える不穏さは去ったけれど、目に見えない不穏さがそこかしこに蔓延っていた。


そんな男が執着していた娘に、“彼女”はそっくりだった。舞踏会、楽しそうに踊る青年が、熱い視線を送っていた“彼女”は、まさしくシルヴィ・ドラガーゼの生き写しだった。


そして、生き写しといえば、もう一人。


そう。だいたい見当はついている。“彼”の正体は、“彼女”である。ブランは知らないだろうが、彼にさせているのはその補強。


ーーまったく、ガウナ君も節穴だよねえ。


恋は盲目というか。どうせ、違う理由でクライスを監視役に当てているのだろう。いやはや、お可哀想なことである。


「あの?」

「いや、なんでもないよ。引き続き、ジルト君のことを調べてくれ」


腑に落ちない顔をするブランだが、表情を引き締めさっと敬礼。


「はい、義父さんのお役に立てるよう、頑張ります!」

「うん、こちらに手を抜かないなら、何をしても良い。好きにやりなさい」

「ありがとうございます!!」


がばっと頭を下げて、ブランは明るい声を出す。心底嬉しそうに。



「これで貴方に、恩返しができる」



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