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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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ブランの悲願

どう声をかけていいかわからなかったジルトは、とりあえず感想を聞くことにした。


「チョコレートとチーズ、どっちが美味かった?」

「……チーズ」


ハルバが悄然としているのは、運河で死体が上がった彼が原因だろう。ライケット・オリヴァー内務総合監察官。近々逮捕予定だったらしい彼は、何者かに殺されて運河に投げ入れられていた。その何者かというのが、ライケットの妻ネリアだというのは、今ハルバから聞いたばかり。


ハルバは、紅茶の液面に視線を落としながら言う。


「殺されることを選んだのはオリヴァー監察官だ。予知能力を持つダグラスが、自分で死を選ぶ。それは本人以外には止められない。だから、これは、しょうがないんだ、しょうがない……」

「うん、しょうがないな」


ジルトは本心からそう言った。予知能力のことはわからない。けれど、あまりにも多くを背負ってしまった親友の重荷を、少しでも軽くしてやりたかった。


「でも、半日あった!!」


ハルバが叫ぶ。ここが彼の部屋で良かった。机が叩かれ、ティーカップが揺れた。


「俺には、半日あったんだ……その間に、止めることだって」

「できたのか?」


ハルバは力なく首を横に振った。


「できなかった。父さんの時と、同じだから。真っ黒に塗り潰されているのは、あちら側に“決定権”みたいなのがあるからで」

「じゃ、やっぱりしょうがなかったわけだ」


ハルバが目を見開く。ジルトは微笑んだ。


「あんまり背負うなって言ったのはお前だぞ。たまたま視た人物が、たまたま死んだだけ。そう思わないと、お前が潰れる」

「お前、いつの間にそんな強くなったんだ?」


ジルトは胸が痛むのを感じた。

強いんじゃない、切り捨てているだけだ。ジルトは別に、誰も彼も救おうと思っているわけじゃない。アントニーの時も、スピレードの時も、チェルシーの時もそう。救おうとしたのは、あの公爵への意地からだ。だから、本当に強いのは、今こうして救えなかった命を嘆いている彼なのだ。


「葬儀の前に、強くなるって言ったのにな」


大丈夫、お前は強いよ。そう思いながら、ジルトは紅茶を飲んだ。ハルバの話の中で気になった点を挙げる。


「そしたら、その墓地の中から遺体を持ってきて、わざわざ運河に投げ込んだ奴がいるってことだな」


今朝読んだ新聞を思い出す。

昨日の昼、運河で見つかった成人男性の遺体。ライケットが最後に目撃されたのが北東の跳ね橋であるから、殺害現場はその近くであると考えられている。奇跡的に運河の閘門(こうもん)に引っ掛からず、船と一緒に流れてきたという説だ。


ハルバに教えられなければ、ジルトもそれを信じていただろう。墓地へ行くなら、墓地に近い跳ね橋を渡るのが筋だからだ。


「一応聞くけど、ネリア夫人は、犯人じゃないのか?」


ジルトの問いに、ハルバは首を振る。


「彼女は墓に血のついたナイフを置いて帰ったよ」

「じゃ、遺体を動かしたのは、その後に来た人物ってことになるな」


どうしてライケットの遺体がそこにあるとわかったのだろう。ジルトは腕を組んで考える。そして頷く。


「ここは、うちの頭脳担当の出番だな」


彼女なら、犯人までたどり着けるかもしれない。






薔薇の魔女ローズ様の生まれ変わりである、いけすかないクソ公爵が探している人物がここにいた。


ブラン・ルージュ秘書官。ガウナの天敵、ユリズ・クリード内務副大臣直属の部下。と、いうことは、有能なのに仕事をしない上司というのは、誰あろう、ユリズということになる。新聞で報じられるいかにも足を引っ張ってますという嫌味ったらしい人物像とは結びつかないが。いやはや、変なことになってきた。


ブランはその褐色の瞳を輝かせて、両手を組んでうっとりしている。


「私は昨日(さくじつ)、愚かにも、ライケットがこの場所に視察に来ることを知ったのです。かつてトウェル王が作った施設ーー『ユーフィット醫院』がある場所に」


さすが内務省にお勤めのお役人だ。この上の施設の成り立ちをご存知でいらっしゃる。


「ライケットは『魔女の信徒』ではなく、『ユーフィット醫院』に興味があったようですが、余計なことをしたのに変わりはありません」


ですから、とブランは続ける。


「どこかで殺せはしないかと跡を尾けていきました。そうしたら、なんと驚いたことに、彼はすでに殺された後だったのです……私はその遺体を運河に投げ入れました。アレリア監獄ならともかく、墓地の方の岸は木が生い茂っていますから、誰にも見つからずに投げ入れるのは簡単でした」


ーー簡単でした、じゃねーわ!


得意げに話すブランに、シンスは恐慌を隠せない。


ーーなにコイツ、怖っ! さらっと死体遺棄してんだけど!


「仮にライケットの死体が見つからないとして。最後に立ち寄った『ユーフィット医院』のことを調べられるのは間違いありません。もしかしたら監禁しているかもしれない、そこに遺体があるのかもしれないという理由で。ですから、遺体の場所をはっきりさせるために運河に投げ入れました」


曇りなき眼で嬉しそうに話すブラン。やべえやつ引き入れちゃったよ、とシンスは内心思った。


「運河には閘門があるので、運良くその船といっしょにやってきて、墓地の前にたどり着いたと思われているようですが……ライケットが殺されたのは、間違いなく墓場です」


と、すると、あのクソ公爵が披露していった推理は合っているわけだ。すなわち、妻が殺害した説。


まあ確かに、死体が見つからないとなると、こちらに嫌疑がかかることはわかる。ライケットだって、こちらに罪を被せるつもりで立ち寄った可能性があるし。そういう意味ではファインプレー。しかし公爵の怒り的にはスタンドプレー。


よって、シンスは、


「貴方はそれを、誰かに話しましたか?」

「いえ、教祖様以外には話していません」


それを聞いて安心する。誰かに話していたら、折角の金蔓を逃してしまうところだった。


「貴方の信心に感謝いたします。これからも、その信心を忘れずに励んでくれますか?」

「ええ、教祖様の為なら! ……そうだ、報告に夢中で忘れていた。少しばかりですが、お納めください」


ずっしりと重い袋を渡され、シンスの頬は緩みそうになった。全然少しばかりじゃない。

ブランは、健気にも眉を下げて、縋るようにシンスに訊いてきた。


「教祖様、()()()()は、達成されますでしょうか?」

「こんなにも信心深い貴方ならば、近いうちに達成されるでしょう」


訳:こんなにも金があったらできないことなんて無いです。


それを聞いて、ブランは微笑んだ。


「良かった。ありがとうございます」











『ユーフィット医院』から出て、ブランは顔に張り付けていた笑みを剥がし、その褐色の瞳を半眼にした。ぽつりと呟く。



()()、経費で落ちるかな」




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