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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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彼のやったこと

ライケットが、妻ネリアに殺されることを選んだと考えると、彼の不審な行動の辻褄が合う。


彼は、ネリアが容疑者にならないように、わざと墓場まで遠回りして行ったのだ。墓場に近い跳ね橋……つまり、ネリアと同じ跳ね橋を渡れば、操作員が事件後に怪しんでしまう。


だから、七つも離れた場所の跳ね橋を使って、目的を有耶無耶にしようとしたのだろう。


しかし、この推理には、腑に落ちないところがある。彼がなぜ、運河に浮いていたか、だ。


葬儀で見たネリアは、か弱い女といった感じで、対してライケットは恰幅のいい男だった。ライケットの死体を担いで運河に投げ捨てるには、ネリアはあまりに非力すぎる。


そもそも、ライケットがネリアに嫌疑をかけさせたくないという説が合っているとすれば、自分の死体を見つからないようにするはずである。わざわざ真っ昼間の運河に落とさせる必要はないわけだ。




「だけど、僕の推理はここで打ち止め。先に進めていないんだ」

「あんた、いつから探偵になったんですか」


今日一日の成果を報告しにきたガウナに、シンスは半眼になる。なにやってんだこの宰相。


「『ユーフィット医院』を調べられて困るのは、君も同じなんだから、探偵ごっこに付き合ってくれよ」

「俺は忙しいんで無理。今から大口の信者()に会うんで」


ひらりと手を振れば、ガウナが無言で右手を掲げ……。


「って、それは洒落にならん!!」

「今ここで生贄になりたくなければ考えるんだ」


据わった目で本気度を知り、シンスは「客が来るまでの間ですよ」と腕を組む。


「ふつーに考えて、第三者の存在が考えられますね。運河に死体を投げ込んだのは、妻じゃなくて屈強な男もしくは複数人とか」 

「なるほど、単独犯と複数犯か」

「妻がたぶらかしたのかもしれませんよ。案外」

「だとしても、どうして妻がオリヴァー監察官を殺せると思ったかの根拠がない。予知でもしない限り」

「じゃ、ダグラス一族の誰かだ。例の告発、その監察官が、予知能力の証明に一役買ったらしいじゃないですか。逆恨みしたダグラスが妻を唆して……とか」

「いや、それはない」


断言するガウナ。こいつ何か知ってるんじゃないか……とシンスは少しだけ思った。


「愛する人に殺されるのに、第三者の無粋な手が入ったら、僕は発狂する」


なんっの根拠もなかった。ただの妄言だった。シンスは頭を抱える。


「推理に私情を入れたら破綻しますよ。ていうかなに、あんたも殺されたい願望あるの?」

「昔彼女が言ってたんだ。激烈な死に方をして、心を閉じ込めたいって」

「やめろローズ様が穢れる」

「自分から聞いてきたくせに」


ガウナは呆れ顔。


「僕は生きたい方だから、殺されたくはないけど。愛する人に殺意を向けられるのは、とてつもなく甘美だよね?」


語尾で同意を求めてくるな。シンスは白けた顔をした。


「あんたのねじくれた恋心を向けられる彼女とやらが可哀想でしょうがないですよ」

「僕もそう思う」


至極真剣な顔をして同意してくるガウナに、変なところで客観視するんだよなこいつ……とシンスは思った。と、壁に掛けてある時計を見て、はたと気付く。


「やっべ、もう約束の時間じゃん。とにかく、ライケット・オリヴァー死体遺棄事件のことは心の片隅で考えておきますから、とっとと帰ってください」

「なんでさっきから僕を追い返そうとするんだ。だいたい、こんな夜中に訪ねてくる人物なんてロクなものじゃないだろ」

「あんたがそれ言う?」


今は夜十時半。“抜け穴”が使えるからといって気軽にここに来るのはやめてほしいものである。今から来る客は、忙しすぎてこの時間しかないという正当な理由があるというのに。


「大口の客って言ってたね、それは城勤め?」

「探りを入れて来るな」

「ここに来るということは、『魔女の信徒』関連だろう? だったら、僕が会っても支障はないはずだけど」

「あんたと会わせたら逆効果な気がするんですよね。主に失望されるという面で」

「君はちょくちょく失礼だよね」


ガウナがさっと右手を掲げる。めんどくさいなこいつ、とシンスは思った。思ったが、ため息をついて手の内を明かす。


「信者の集め方はね、何もローズ様だけじゃないんですよ。カウンセリングってのもあります。悩みを抱えた人の話を聞いて、そこからローズ様を信奉するように導いていくんです。今から来る客はそれ。上司に問題を抱えているそうなんで、その愚痴を聞くんですよ」

「へえ、地道なんだねえ」


興味深そうに言ってくるガウナ。そういえばこいつも地道にアゼラをたぶらかしてたっけ。


「だから、会わせるとしたら、完全にローズ様を崇拝するようになった後。その日をお楽しみにってことで」

「そうか、楽しみか。楽しみはとっておいた方がいいね」


どうやら納得してくれたらしい。ガウナはこんこんと壁をノックし、王城へと帰っていった。


「……ふー」


一息つく。シンスは緩み切った眉に力を入れ、頬をぱしっと叩く。そして入念な準備体操。教祖モードは体と精神に負担がかかるのである。






しばらくして、ドアがノックされた。


「どうぞ」


いかにもな教祖声で、シンスはドアの向こうの人物に返事をした。


「失礼します、教祖様」


部屋に入ってきたのは、ごく普通の男性だ。名前は明かせないらしいが、最近どこかで見たような気がする。話の内容と、渡される金からは、かなりの高官だと見受けられた。


「あの狸、出世する気がないんですよ。せっかく私がお膳立てしてやってるのに」


机一つ隔てて向かい合って座る。彼の怒りは特殊なもので、よくある無能な上司の話ではなく、有能だが仕事をしない上司の話であった。


「早く出世した方が国のためになるし、私も動きやすくなります。あの上司、勘も鋭いですからね、私のやったことなんて、お見通しなのかも」

「貴方のなさったこと、ですか?」

「ええ。しかし後悔はしていません。教祖様への忠誠を証明するのに必要なことですから」


カウンセリングからの依存は上手くいっているようだ。上手くいっているんだろうが、なんだか嫌な予感がする。

耳を塞ぎたいシンスに構わず、男は浮かれ気味に言った。


「ライケット・オリヴァー内務総合監察官の遺体を運河に投げ入れました! これで、『魔女の信徒』に捜査の手が入ることはありません!」


はい、アウト!


心底、あの公爵を追い出しておいてよかったと思った。これを聞かれていたら即魔術発動である。と、同時に男への既視感の理由がわかった。ライケット・オリヴァーに、殺される予定だった男。ダグラスの予知能力について、新聞記事でインタビューに答えていた……。


ーーこいつ、ブラン・ルージュ秘書官じゃねえか!!


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