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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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擲った先

滅多な気は起こすものじゃない。

ケーキが美味かった。


『偵察デート大作戦』は、大きな戦果を持って幕を閉じた。


「ほら、土産」


寮の自室にて。ジルトはハルバに持ち手付きの小箱をずいっと突きつけた。


「あそこの店、持ち帰りもやってるらしいぞ。すごい美味かったからお前にも買ってきた」

「お、おう……ありがとう。なんで二個?」

「俺のおすすめとファニタのおすすめが見事に分かれたからだ。このチョコレートが俺のおすすめで、チーズがファニタのおすすめ」

「たしかに揉めてたもんな、お前ら……」

「? 知ってるのか?」


たしか、ハルバの予知に音声は含まれていないはずだが。


首を傾げるジルトに、ハルバは「うわあ、このケーキ美味そうだな! 後で食べるわ!」となぜかやけくそ気味に叫んだ。


「そ、そんなことよりジルト君、ケーキ以外の戦果はあったのか?」

「もちろん」


それが本命だ。ジルトは偵察の成果をハルバに伝えた。公園で出会った医者親子のこと、その親子が住んでいるのが『ユーフィット医院』で、おそらくそこの地下に『魔女の信徒』の本拠地があるということ。


「問題は、そのユーフィット医院だ。ファニタが言ってた。医院は地図に記載義務があるのに、書いてないのはおかしいって」

「うーん、確かに。怪しさ満点だな」


ハルバも首を捻る。


王都内務省行政局により発行されている地図。それがこの国の地図の大元だ。ジルトたちの通うセント・アルバートの教科書に載っている地図も、これを元にして作られている。


ハルバが天井を見て唸りながら言う。


「考えられるとしたら、軍事機密とか? それ関係のは載ってないっていうし」

「あー、他国に見られてもいいようにってやつか。『魔女の信徒』じゃなくて、医院それ自体がやばいってことだな」


つまり、『魔女の信徒』は後付け説が考えられるわけである。ジルトは二度目にガウナに会った時のことを思い出した。


「そういえば、あの公爵、『魔女の信徒』は四年前につけられた名前だって言ってたな。自分が教祖に接触して、あとで一掃しやすいように纏めさせたって」


結局それは嘘だったのだが。いや、あの恐ろしい魔法か魔術で殺すつもりなら、ある意味嘘とは言えないだろう。


ジルトの言葉に、ハルバは満足そうに笑った。


「じゃあ、調べる価値はあるってことだな。ユーフィット医院が、一体何の役割を担っていたのかを」

「あてがあるのか?」

「あるよ。なんたって」


ハルバは黒瞳を光らせた。


「ライケット・オリヴァーの名前と姿はわかってるからな」






坂を転がり落ちるように、ライケットの人生は転落していた。


今日もまた、暗い夜道を一人で帰る。なるべく人に顔を見られないように、黒い瞳と黒髪を見られないように、帽子を目深に被り。


灯のついていない屋敷、そのドアを開ける。


「……ただいま」


声が虚しく暗闇に吸い込まれる。妻ネリアと子供たちは、あの事件の直後に家を出て行った。ライケットは視てしまった……彼が陥れた婚約者の墓の前で、泣き喚くネリアを。


戦争による倫理観と、ダグラスの瞳は、ライケットに多くのことをもたらして、最終的に多くのものを奪って行ってしまった。


じき、ブラン・ルージュ秘書官を殺そうとした証拠も揃い、自分は逮捕されるのだろう。まったく、エリオット・ノーワンはとんでもないことをやってくれた。


「いや」


とんでもないことをしたのは自分である。戦友を殺した重みが、今更になって肩にのしかかってきた。


「先祖を笑えないな」


愚かなのは、子孫も変わっていないということだ。ライケットは苦笑して、五杯目のワインを注いだ。もうすっかりできあがってしまっている。酒と仕事だけが、彼を癒してくれていた。


あんなに嫌だった総合監察官の仕事に、未練を持ち始めている。地図を片手に王都を渡り歩く体力を使う仕事だが、何も考えなくて済む。秘書なんてクソ喰らえだ。


たぶん、明日の仕事で最後になるだろう。明後日は、アレリア監獄か、王城の地下。


ライケットはベッドに潜り込み、目を閉じた。カチ、カチ……静かな部屋に、時計が針を刻む音だけが聞こえた。ライケットを労る妻の声も、子供たちの寝息も聞こえない。妙に神経が研ぎ澄まされて、ライケットは目を開けた。



ベッドから降りて、書斎に向かう。書斎には、これまでにライケットが監査を行った場所の地図が貼られている。

今まで自分が積み上げてきた仕事の成果が、ここにあった。そこには、“正しさ”があった。あるタブーに触れないための。


『君は、“正しい”判断ができるはずだからね』


ライケットよりも若く、聡明だった王の言葉が蘇る。総合監察官は、実は据え置きだ。現宰相が任命するよりも前に、ライケットはトウェル王からこの地位を賜るはずだった。


「……」


地図には、いくつものばつ印が書いてある。「済」の意味と、もう一つ「調査してはならない」の意味のばつ印だ。

四年間曲がりなりにも仕事をしてきたライケットには、その区別がつく。


「七つ傘通り、南、四丁目、三番地……」


一際大きくばつの描かれたそこは、「調査してはならない」の筆頭である。


「うん、そこがいい。そこにしよう……」


ライケットは、虚ろな目で呟いた。くだらない地位を手に入れるための条件。立ち入り禁止の場所。


これまでライケットがやってきたことに、自分で非をつきつけるのなら、そこがうってつけだ。作られた“正しさ”を投げ捨てるのには。











ーー翌日。


跳ね橋が上がり、船が通る。並々と水をたたえた運河は、昼の陽光を反射して、きらきらと光っていた。とても、アレリア監獄のある地区とは思えない。


その運河の岸辺に、人垣ができている。船が通った後の水面に、赤い何かが尾を引くように漂っていた。新しくやってきた男は、元からいた男に尋ねた。


「一体どうしたんだ?」

「あれだよ」


簡潔な言葉で、男は水面を指さした。赤は濃くなっている。しばらく見ていると、ぷかりと膨張した腹が浮かび出た。


「死体だよ、運河に死体が投げ込まれてたんだ」

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