似たもの同士と嫌な予感
人には根拠というものが必要だ。
人が、自分が何者かを考える時は、少なからずルーツってやつが重要になってくる。どこの誰かの、「どこ」の部分だな。
俺もルーツは大事にしたい派だ。ローズ様を蘇らせて、先祖の悲願を叶えたい。
だから、血筋に縛られた奴らを笑えないんだな、これが。
つい先日死んだ英雄信者のことは、陰湿で嫌いだったが、やりたいことはわからないでもなかった。死んだ奴のことを根掘り葉掘りする新聞のせいで、奴の可哀想な生まれとやらも理解したわけだし。
奴もまた、血筋に縛られた人間だったんだろう。ノーワン家から、当時の陸軍参謀の元に売り飛ばされて親兄弟を失い、大火で本当に喪った。その喪ったものに引きずられて、引きずられて、行き着いた果てが英雄なんだろうな。
皮肉な話だ。親が“芽摘み”をすることもできずに生かしていた無能。その無能は奴と同じように劣等感を拗らせて卑屈になり、“一番可愛くない子供”をフラウ・アルネルトのお気に召すように生贄に捧げたのである。
だからお話は簡単で、英雄信者君の無能な家族は、大火を予知することもできずに死んで、反対に売り飛ばされた英雄信者君は能力に目覚め、大火を予知して生き残ったわけである。
だから、たぶんーー。
シンスは、机の上に広げた新聞の、とある部分をなぞった。
元同僚の警邏官がゲロった“亡霊”の名前。嘘をつくのが上手いソフィア・アルネルトは、エリオットが逃亡することを予知して警邏官を丸め込み、護送車に乗り込んだ。その時にした話が笑える。
『私は公爵に殺されそうになるところを、従兄さまに助けられたんです。だから、今度は私が恩返しをする番なんです』と言ってたらしいが。
とんだ嘘である。それとともに、実は形を変えた真実であったりする。
親兄弟を喪って、誰でもないエリオット・ノーワンを救ったのは、誰でもない、ソフィア・アルネルトである。
たぶん、エリオットは、ソフィアが思い出してくれたことよりも、ソフィアが生きていたことが嬉しかったのだ。血筋に囚われた母親の非をつきつけて家出をした少女。ダグラスという血筋から自らを切り離した少女もまた、誰でもない人間だったから。
望んで血筋を手放した少女を、エリオットは嫌っていたし好いていた。嫌ってたから殺して、好いていたからその刃を受け入れた。
これもまた、“理解者”の形なんだろう。
ああ、そうそう、理解者といえば。
「やあシンス。今日面白い子に会ってね」
部屋の扉をノック無しで開けてきたのは、血筋は同じでも、理解者にはなりそうもない同族である。眼鏡越しにその邪悪さが滲み出ている男の名前は、レイデス・ユーフィット。シンスと同じ、アッカディヤ一族の生まれ。シンスはレイデスのことを手で追い払う仕草をした。
「しっしっ。狂信者は帰れ。そして死ね」
「君、鏡って知ってる?」
呆れたように言うレイデス。
「知ってる。左右が反転する奴だろ」
「右手に持ったリンゴは右手にあるままだよ」
「俺は鏡の中の奴に感情移入するんだよ。お前と違ってな」
「はは、死んでくれ。それじゃまるで、私が自己中心的な人物みたいじゃないか」
みたいもなにも、それが真実なのだが。
「実験とやらのために公爵と組んで、俺ごと殺そうとした奴を自己中心的と言わずになんと呼ぶんだ?」
そう、たぶんこいつは絵画のことを知ってた。知ってた上で、二百年周期説のために多くの金蔓たちを見殺しにしようとしているのだ。
「二百年周期説なんて、やべえご先祖さまの手で、もう実証されたも同然だろ。お前の奥さんは、あと百九十四年後に生まれ変わるよ」
「データが足りない」
深刻な顔をして、レイデスは言った。
「ティリアナの生まれ変わりを、完全に救うための」
こいつもこいつで拗らせているんだよな。シンスは半眼でレイデスを見た。ははーん。
「だから、保険を掛けておくってわけ?」
「そうだ。いくら私の頭脳があっても、寿命という制限がある。二百年後に上手くいくとは限らない。だから、そのまた二百年後のためにデータをとっておく。失敗なんて考えたくもないが、もしも失敗した時、私の生まれ変わりがより確実な方法を見つけられるように」
まったく冒涜的である。人間は死んだら神の身許に行って安らぎを得る。生まれ変わりなんてないというのが、世の人が信じている説だというのに。
「まあ、保険を掛けておくってのは、良い案かもな。ローズ様でさえ、英雄と巡り会うのに四千年かかったわけだから」
「そう、その英雄だ!」
途端に目を輝かせるレイデス。せっかく忘れそうになっていたのに、シンスは「うげっ」と声を出した。レイデスがずんずん近づいてきて、シンスの机をばんばん叩く。
「どうして教えてくれなかったんだシンス! 英雄の生まれ変わりが生きてることを!」
「そんなこと教えたら絶対ちょっかいかけにいくからだよ! 俺はまだ死にたくねー」
「ああ、クライス君のことを恐れているのか? 彼はやたらとジルト君を庇っているからね」
まあそれもあるが。頭の後ろで手を組む。なんとはなしに言う。
「お前さあ、本当にあの公爵と組むつもり?」
「利用できるのなら利用するさ」
「やめた方がいいと思うぞ。ありゃお前の手に負えないバケモンだ」
「なんだ、心配してくれてるのか?」
冗談めかした言い方に、シンスは首を振る。
「ばーか。あとで瀕死のお前にドヤ顔するためだよ。お前らは似たもの同士だから」
「似たもの同士?」
目を瞬くレイデスに、シンスは頷く。
「血筋に縛られない、圧倒的な個。お前はイカれたご先祖さまが提唱した“二百年説”を信じながら、自分は自分であると強く信じている。そんな矛盾が、お前を殺すんだ」
英雄信者は、ねじくれた劣等感もあったが、概ねシンスと同じ。殊勝にも、ご先祖さまのできなかったことを叶えようとしていた。
対してレイデスとガウナは違う。血筋に縛られることなく、むしろ利用しようとしている。ご先祖さまの願いなど知ったことか、である。
そして、シンスとしてもレイデスの生死など知ったことか、であるので、ガウナが懸想している少女のことは言わないでおく。
「真実、私は私だよ。そして、妻も妻だ」
傲慢なところもそっくり。あの公爵も、自分の好きな少女を唯一無二だと信じている節がある。やばいフィルターが装備されているのである。
「あっそ、後で泣面晒しても知らねーぞ」
「はいはい」
なんやかんやで英雄の生まれ変わり君については、情報を与えることなくやり過ごせた。
「論文が、おかしいんだよ……」
シンスは呟いた。頬杖をつき、鳶色の目の愚かな伯爵を思い出した。今更『アッカディヤの魔術儀式』についての情報はいらないが、スケープゴートに使うために、亡き親友とやらの論文が重要であるかのように装った。シンスが読んだのは未完成稿だが、明らかに、一族に伝わるものと違う部分があった。
それは、ガイアス・アドレナが民俗学研究の集大成として書いた論文だ。シンスに一部の情報しか教えられなかったゴート・アゼラが、その一部の情報を教えた結果、執筆された論文。
魔術師でない一般人が書いた論文だ、気にすることはないはず。なぜか儀式を知っていたガウナも無価値と思ったからこそ、アゼラを切ったのだ。
ーーでも、それ自体がブラフだったら?
本当のことが書いてある論文からシンスを遠ざけるために、わざとガイアス・アドレナの娘の手元に預けたのだとしたら?
嫌な予感が拭えない。シンスは自分を洗脳するように呟いた。
「あの論文は、無価値で、無意味なんだ、そうだ、そうに違いない……」
脳裏には、なぜか式典会場で“書き換え”られた魔法陣が浮かんでいた。




