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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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医者

『恋愛劇を見て、お互いを意識したような感じで、公園に向かって行く』


台本にはこう書いてあった。ジルトはふむ、と頷き、ファニタに言う。


「手、繋ぐか?」

「えっ!?」


お互いを意識したような感じ。仕草や言葉だけでクライスにアピールするのは無理だろうから、ジルトは手を繋ぐことを選択。


「あ、嫌だったりするか? それなら」

「い、嫌じゃないっ」


ファニタは首を振り、ジルトの手を取ってくれた。柔らかい、温かい。生きている証拠だ。


「うん、これならクライスさんを騙せそうだな」


こそっと言えば、ファニタがジト目を向けてきた。いくら聞こえないとはいえ、余計なことは喋るな。そう言いたいのだろう。



ジルトとファニタは手を繋ぎ、住宅街を散歩する体で目的の公園へと向かって行く。それとなく周りを見回しながら、お互いが記憶に刻み込めるように、「赤い屋根」「アパート」など、目に見えるものを口に出しながら。


公会堂から公園まで、ゆっくりと歩いて十分。住宅街だけあって、人の目が多いように感じられる。実際、近隣住民らしき人たちとすれ違った。彼ら彼女らはジルトとファニタを見て微笑ましい顔をしたり、悔しそうな顔をしたり。至って普通の反応で、怪しむ様子はない。『魔女の信徒』本拠地はこの近くにあるはずだが。


「あ、あそこで休んでいきましょ」

「そうだな」


右手に小さな公園が見えた。ジルトとファニタは公園に入り、設置してあるベンチに並んで座った。


「『リディヤ・ポールマンの一生』だっけ」


先ほど見てきた劇のタイトルを口にする。


「すごいよな、最後まで生まれを隠したまま死ぬなんて」


物語の主人公、リディヤ・ポールマンは、王国の中でも劣等とされる民族の出身である。そのリディヤが、とあることがきっかけで王国の王子と恋に落ち、自分の出生を隠したままに命を絶つ。王子は彼女のことを忘れられず、王になった晩年も抜け殻のように過ごす、という話。


「少し王子が可哀想だったけど」

「たしかに。でも、全部話して受け入れられるなんて保証はないから、そこは現実的かも」


ファニタの言葉に、ジルトは頷いた。実際、全てを焼いた大火の後で、少なからず、何かを隠しながら生活している人は多いことだろう。たぶん、そんな王都民の共通認識による共感が、あの恋愛劇を人気にしているのだ。


ジルトもまた、あの王宮での大虐殺を経験し、生まれを隠して復讐を選んだ。復讐をしようとしている自分を、ファニタ達に知られたくなかった、のに。


「……そう考えると、すごい恵まれてるな」

「なにが?」


ジルトは微笑んで首を振った。気持ちが大きくなって、この任務を完遂させるぞという決心が強まった。


ーー俺は、『魔女の信徒』を殺させない。


ガウナ・アウグストに、人を殺させない。魔女であるからなどではない。これは意地だ、復讐だ。俺の家族を殺しておいて、それを忘れていたような男を殺すために。


ジルトは立ち上がろうとして、ファニタと手を繋いでいるのだと思い出した。だから、代わりにファニタの手を、もう片方の手でも握った。


「えっ、な、なに!?」


ファニタはこれでもかと青い目を見開いて動揺している。ジルトはファニタを真っ直ぐ見つめた。 


「ファニタ、今日はありがとな」

「……こちらこそ」


柔らかく笑ったファニタ。彼女がいなければ、こんなことできなかった。復讐のことを考えながら、心はこんなに澄んでいる。


「あの、ね、ジルト」

「なんだ?」


清々しい気持ちになっていたジルトに、ファニタは一転、赤面したように言う。


「貴方が何を考えているか、大体わかっているから言うんだけど……つ、次は、こんなことなしに」

「あーっ! カップルだぁ!!」

「なんでもないっ!!」


繋いでいた手を同時に振り解く。声がした方を見れば、そこには少年がいた。ジルト達よりも遥かに年下で、気の強そうな表情の少年が、公園の入り口に立っている。


「カップルじゃねーよ、同級生」

「うっそだあ、手繋いでたもん。誰もいない公園でラブラブだったもん」

「ラブラブじゃねえわ」

「……」


ファニタが押し黙ってしまった。囃し立てられて恥ずかしかったのだろう。


「こらっ、クレイ! ごめんなさい、まったく、やんちゃなものでして」


後から走ってきた男は、クレイと呼ばれた少年の父親らしい。クレイの頭を下げさせて、自身も頭を下げてくれる。


「いや、気にしないでください。俺らも紛らわしいことしてたので」

「紛らわしい……」


ファニタがぼそりと呟く。「うん、そうよね、うん」とひたすら呟いている。クレイの父親もまた「紛らわしい?」と首を傾げ、ジルトとファニタの顔を見比べて、ぽんと手を打つ。


「ああ、そうか。そういうことか、お嬢さん、頑張ってくださいね、なに、男なんて」

「あああ、あの、その白衣、お医者さんなんですか!?」


ファニタが父親の言葉を遮るように声を上げる。父親はそれに気分を害した様子もなく、「ええ、小さな医院ですがね」と微笑んだ。


「父ちゃんはめーいなんだぜ! あっという間に患者を治しちゃうから人気なんだ!」

「ふーん、そりゃすごいな」


父親のことを自慢する微笑ましい面を見て、ジルトはクレイ少年への見解を改めた。クレイは腰に手を当て、胸を張る。それに父親は困ったような顔をして笑った。


「子供の言うことです。実際は泣かず飛ばずですよ」


謙遜しているが、その瞳は弱々しいものではなく、プライドが感じられた。


「この近くでやってるから、兄ちゃんとお姉ちゃんも具合悪くなったら来てくれよな!」


そんな言葉を残して、クレイ少年と父親は帰っていった。


「医者か、いつから始めたんだろうな」


ジルトはぽつりと呟いた。公園に植えられている木は、気難しい学園長の話からすると耐火性の高い木なんだろうか。それとも、この地区は災禍を免れたのだろうか……クレイ少年と、その父親は、あの大火を経験したのだろうか。


経験していたのなら、救えない命がたくさんあったのだろうと思う。大火後、ノイローゼ気味になり、医師を辞めた者は少なくない。逆に、大火後に医師になった者も。


あの父親は歳をとってそうだから、辞めずに続けてきた人物なのだろうか。そんなことを思っていると。


「白い、小さな建物……」


それまで虚無の顔をしていたファニタが、ぽつりと呟いた。


「もしかしなくても、そうかも。ジルト、早くケーキ屋さんに行きましょ?」


何かを確かめたい。そんな顔をして、ファニタはすくっと立ち上がった。

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