医者
『恋愛劇を見て、お互いを意識したような感じで、公園に向かって行く』
台本にはこう書いてあった。ジルトはふむ、と頷き、ファニタに言う。
「手、繋ぐか?」
「えっ!?」
お互いを意識したような感じ。仕草や言葉だけでクライスにアピールするのは無理だろうから、ジルトは手を繋ぐことを選択。
「あ、嫌だったりするか? それなら」
「い、嫌じゃないっ」
ファニタは首を振り、ジルトの手を取ってくれた。柔らかい、温かい。生きている証拠だ。
「うん、これならクライスさんを騙せそうだな」
こそっと言えば、ファニタがジト目を向けてきた。いくら聞こえないとはいえ、余計なことは喋るな。そう言いたいのだろう。
ジルトとファニタは手を繋ぎ、住宅街を散歩する体で目的の公園へと向かって行く。それとなく周りを見回しながら、お互いが記憶に刻み込めるように、「赤い屋根」「アパート」など、目に見えるものを口に出しながら。
公会堂から公園まで、ゆっくりと歩いて十分。住宅街だけあって、人の目が多いように感じられる。実際、近隣住民らしき人たちとすれ違った。彼ら彼女らはジルトとファニタを見て微笑ましい顔をしたり、悔しそうな顔をしたり。至って普通の反応で、怪しむ様子はない。『魔女の信徒』本拠地はこの近くにあるはずだが。
「あ、あそこで休んでいきましょ」
「そうだな」
右手に小さな公園が見えた。ジルトとファニタは公園に入り、設置してあるベンチに並んで座った。
「『リディヤ・ポールマンの一生』だっけ」
先ほど見てきた劇のタイトルを口にする。
「すごいよな、最後まで生まれを隠したまま死ぬなんて」
物語の主人公、リディヤ・ポールマンは、王国の中でも劣等とされる民族の出身である。そのリディヤが、とあることがきっかけで王国の王子と恋に落ち、自分の出生を隠したままに命を絶つ。王子は彼女のことを忘れられず、王になった晩年も抜け殻のように過ごす、という話。
「少し王子が可哀想だったけど」
「たしかに。でも、全部話して受け入れられるなんて保証はないから、そこは現実的かも」
ファニタの言葉に、ジルトは頷いた。実際、全てを焼いた大火の後で、少なからず、何かを隠しながら生活している人は多いことだろう。たぶん、そんな王都民の共通認識による共感が、あの恋愛劇を人気にしているのだ。
ジルトもまた、あの王宮での大虐殺を経験し、生まれを隠して復讐を選んだ。復讐をしようとしている自分を、ファニタ達に知られたくなかった、のに。
「……そう考えると、すごい恵まれてるな」
「なにが?」
ジルトは微笑んで首を振った。気持ちが大きくなって、この任務を完遂させるぞという決心が強まった。
ーー俺は、『魔女の信徒』を殺させない。
ガウナ・アウグストに、人を殺させない。魔女であるからなどではない。これは意地だ、復讐だ。俺の家族を殺しておいて、それを忘れていたような男を殺すために。
ジルトは立ち上がろうとして、ファニタと手を繋いでいるのだと思い出した。だから、代わりにファニタの手を、もう片方の手でも握った。
「えっ、な、なに!?」
ファニタはこれでもかと青い目を見開いて動揺している。ジルトはファニタを真っ直ぐ見つめた。
「ファニタ、今日はありがとな」
「……こちらこそ」
柔らかく笑ったファニタ。彼女がいなければ、こんなことできなかった。復讐のことを考えながら、心はこんなに澄んでいる。
「あの、ね、ジルト」
「なんだ?」
清々しい気持ちになっていたジルトに、ファニタは一転、赤面したように言う。
「貴方が何を考えているか、大体わかっているから言うんだけど……つ、次は、こんなことなしに」
「あーっ! カップルだぁ!!」
「なんでもないっ!!」
繋いでいた手を同時に振り解く。声がした方を見れば、そこには少年がいた。ジルト達よりも遥かに年下で、気の強そうな表情の少年が、公園の入り口に立っている。
「カップルじゃねーよ、同級生」
「うっそだあ、手繋いでたもん。誰もいない公園でラブラブだったもん」
「ラブラブじゃねえわ」
「……」
ファニタが押し黙ってしまった。囃し立てられて恥ずかしかったのだろう。
「こらっ、クレイ! ごめんなさい、まったく、やんちゃなものでして」
後から走ってきた男は、クレイと呼ばれた少年の父親らしい。クレイの頭を下げさせて、自身も頭を下げてくれる。
「いや、気にしないでください。俺らも紛らわしいことしてたので」
「紛らわしい……」
ファニタがぼそりと呟く。「うん、そうよね、うん」とひたすら呟いている。クレイの父親もまた「紛らわしい?」と首を傾げ、ジルトとファニタの顔を見比べて、ぽんと手を打つ。
「ああ、そうか。そういうことか、お嬢さん、頑張ってくださいね、なに、男なんて」
「あああ、あの、その白衣、お医者さんなんですか!?」
ファニタが父親の言葉を遮るように声を上げる。父親はそれに気分を害した様子もなく、「ええ、小さな医院ですがね」と微笑んだ。
「父ちゃんはめーいなんだぜ! あっという間に患者を治しちゃうから人気なんだ!」
「ふーん、そりゃすごいな」
父親のことを自慢する微笑ましい面を見て、ジルトはクレイ少年への見解を改めた。クレイは腰に手を当て、胸を張る。それに父親は困ったような顔をして笑った。
「子供の言うことです。実際は泣かず飛ばずですよ」
謙遜しているが、その瞳は弱々しいものではなく、プライドが感じられた。
「この近くでやってるから、兄ちゃんとお姉ちゃんも具合悪くなったら来てくれよな!」
そんな言葉を残して、クレイ少年と父親は帰っていった。
「医者か、いつから始めたんだろうな」
ジルトはぽつりと呟いた。公園に植えられている木は、気難しい学園長の話からすると耐火性の高い木なんだろうか。それとも、この地区は災禍を免れたのだろうか……クレイ少年と、その父親は、あの大火を経験したのだろうか。
経験していたのなら、救えない命がたくさんあったのだろうと思う。大火後、ノイローゼ気味になり、医師を辞めた者は少なくない。逆に、大火後に医師になった者も。
あの父親は歳をとってそうだから、辞めずに続けてきた人物なのだろうか。そんなことを思っていると。
「白い、小さな建物……」
それまで虚無の顔をしていたファニタが、ぽつりと呟いた。
「もしかしなくても、そうかも。ジルト、早くケーキ屋さんに行きましょ?」
何かを確かめたい。そんな顔をして、ファニタはすくっと立ち上がった。




