臆病者
無駄に広い会議室から帰ってきて、嗅ぎ慣れた執務室の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
ブラン秘書官は甘ったるいコーヒーを飲み、ふうと一息吐いた。
「いやあ、やられましたね。まさかリルウ女王陛下が、閣議に口出ししてくるとは」
「あのドヤ顔、ゲロ糞シャブ男に似てたねぇ。さいっあくだ」
ユリズは明らかにコーヒーの苦さだけでない顔で答える。それにブランは微笑む。
「頼もしい限りですね。貴方の仕事嫌いを見抜くとは。お前に兼任させても良いんだぞという圧を感じました」
「私より仕事できそうなの、他にいるじゃん」
「貴方が一番噛み付いていたからでは?」
白目を向けられる。ブランは心の中で「まあ、兼任させようとするならこの人を選ぶよな」と付け加えた。
投げられた仕事を断って行き着く先は、誰もやりたがらない難易度の高い仕事である。それをこなしてしまうのだから、能力の高さは、あの場の誰もがわかっていたのだが……本人には言わないでおく。言ったら手を抜かれてしまうし。
「それにしても、不思議なことがあります。ダグラス外務大臣……この場合はレオン殿ですけど、が、戦争の話をされた時、アウグスト宰相が少し困惑していたような顔をされていたんですよね」
「“これは貴方のためでもあるのよ”。口出ししなければ、宰相のあの顔が見られるから黙ってろ、ということなんだろうね」
肩をすくめるユリズはわかっているのだろうが、ブランにはわからない。なので付け加える。
「そもそも、最近の人事からして、アウグスト宰相は戦争をする気だったんでしょう? それならば、戦争を掲げたレオン殿に拍手のひとつでも送ろうものですが?」
「あの男は各官僚とチキンレースしてるだけだからね。実際に戦争するぞという雰囲気になってドン引きしてたんだよ。つまり、本当は戦争をやりたくない。実は戦争推進派だった若獅子殿の人事も、彼にとっては不本意なのかもね」
あ、若獅子ってレオン殿のことなんだ、今更ながらにブランは気付いた。ユリズから与えられた情報を整理してみる。
「えーと、つまり。女王陛下と宰相で、意見が別れているということですか?」
ユリズは頷く。
「レオン殿と結託した女王陛下は戦争推進派、ガウナ君はチキンという考え方で良いだろうね」
非戦派どころか臆病者扱いである。誰にどう見られるかということは重要で、舐められたら終わりみたいな風潮があるから、宰相のやり方も有りなのだが、なにせ上司は宰相がお嫌いである。宰相というか、擬態するやり方が彼に似ているから嫌いなのだ。
「むふふ、とうとう決裂したか、あのコンビ」
何か悪いことを考えてそうなユリズは、しかし次に難しい顔をしていた。
「どうしたんです?」
「……こういう場合って、どちらかに味方してどちらかをこてんぱんにするべきだと思うんだよね。でも、私はどっちも嫌いなんだけど、どうすればいいと思う?」
「そうですねー」
顎に手をあてて、ブランは考えた。この人は、ガウナとリルウどちらを上司にすれば仕事をしてくれるのかを。答えは自ずとして。
「どちらもこてんぱんにしてはいかがでしょう?」
「よし、そうしよう。燃えてきたぞ!」
不純な燃え方だが、まあ良いだろう。この上司は、気に入らない上を蹴落とす時にこそ輝くのである。
一方、こちらも閣議終わりの宰相様の執務室。は、もはや一人だけお通夜状態であった。
「約束通り、私を外務大臣にしてくださったので、貴方の正体は明かさないことにしますね」
「ウン、アリガトウ」
堂々と脅しをかけてくるレオンに、ガウナは折れたのである。その折れた結果がこれだ。戦争万歳とヤケクソに叫びたくなろうものだ。
「君は、前大臣の方針を転換してまで戦争をする気なのかい?」
「はい」
とりつく島もない。困ったような顔をするガウナを、リルウがせせら笑う。
「よかったじゃない、戦争したかったんでしょ?」
「……」
レオンがいる以上余計なことは言えないので、ガウナはノーコメント。たぶんバレているのだろうが。
「と、いうか、どうしていきなりレオン殿と結託しはじめたわけ?」
「貴方がお兄様を殺そうとしたからよ」
「貴方がハルバを殺そうとしたからです」
ブラコンども二人の返答に、ガウナはため息を吐いた。露骨に。
「戦争で君たちの大切な人が傷つくかもしれないよ。それでもいいの?」
「お兄様は私と結婚するから戦争に行かないし」
「他のダグラスはともかく、ハルバは戦争に参加させません。それはそうとアウグスト宰相には戦犯になっていただきます」
負ける気満々じゃないか。しかもガウナを隠れ蓑にする気だ。
「戦争と休みはなる前が一番楽しいんだよ。終わったら虚無感だ」
「貴方の休日ルーティンはどうでもいいわ」
「……」
すっぱり切るリルウと、可哀想なものを見るような目をするレオン。レオンの視線が一番堪えた。
増えてしまった敵を前にして、ガウナは記憶の中の彼女に助けを求めた。
真っ白な公会堂から、人が吐き出されて行く。ジルトはファニタと一緒に階段を降りながら、腕を上にあげて伸びをした。
「恋愛劇ってなかなか面白いんだな」
「そうでしょそうでしょ? この劇って原作があるのね、図書館で探してみよっと」
ファニタの青色の目は輝いている。出会った頃から変わらない目だ。ジルトにはそれが好ましい。思えば、ファニタがいなければ『アッカディヤの魔術儀式』を止めることはできなかった。なぜかそれを知っていたガウナが、儀式をするのを……。
「リディヤの知られたくないって気持ち、わかるかも。好きな人には、綺麗なところだけ見てもらいたいから」
ファニタの言葉が、妙に心に残った。
「全部曝け出すのって、勇気が要るものね」
レオン君の聖剣論は間違っているとはいえないのです。




