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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
恩人殺し(前)
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魔女を愛せよ

鳥が、甲高い声で鳴いていた。


曇天の空の下、波はうねり、灰色の海は荒れ狂っていた。


海が割れる。剥き出しの海底には、同心円状の死体が広がっていた。軍服を着ていて、皆一様に円の中心に手を伸ばしている。鳥達が降り立ち、白骨を突く。骨を割り開き、髄液を啜る。


「っ……」

「あれが、君の“知りたい”と願ったことだよ」


口を押さえるジルトの横に立つ彼は、妙に優しい口調だった。輝くような銀髪は、今は空の色を反映した銀鼠色。なぜだかそれは、彼の本当の色のように思えた。


「それでも君は、“知りたい”と願うの?」


ジルトは静かに頷いた。彼は肩をすくめた。「理解できないな」


「王様が、君と君の父親を殺そうとしていた。そう聞いた時、君は少なからず動揺したんだ。だからーー俺が出てきたのに」


気づけば、彼の姿は消えていた。代わりに、ジルトと同じ目の色をした青年が立っていた。冷え冷えとした瞳、なにもかもを見捨てて……なにもかもから逃げた瞳だ。


「君は、君が思ってるより弱い人間なんだよ」


言われて、ジルトは気付いた。雨など降っていないのに、砂浜には水滴が染みていた。


「期待されるのは疲れる。だから、終わらせるんだ」

「なにを?」

「“運命”をだ。殺し合う運命、殺し合わされる運命を、愛の力で」


青年の、アルバートの瞳もまた、海と同じように混沌が渦を巻いていた。


「魔女を愛せよ」


その言葉は、虚しく地に落ちた。






あんなことがあった葬儀の後でも、政治は回る。


ブラン・ルージュ秘書官が登城すれば、彼の上司は先に来て、机の上で新聞を広げていた。その上にはケトルとマグカップ。ケトルからコーヒーをどばどば注いでは、美味そうに飲んでいる。びちゃびちゃと新聞の上に飛沫が降り注ぐ。プランは眉を顰めた。


「君も飲む?」


ブランがじっと見ていることを勘違いしてか、ケトルを掲げる上司。ブランは自分のマグカップを持ってきて、机の上に置いた。がさつな上司は、「君も素直だねえ」とのんびり言って、今度はコーヒーをゆっくり注ぐ。どうやら視線の意味には気付いていたらしい。


「豪快に注ぐとコーヒーは美味くなるんだ」

「フィーリングでしょう」


バッサリ切り捨てるブランに、「今日も秘書は冷たい」と呟き、新聞を指さす。


「なにやら面白いことになってるねえ」


実を言うと、上司は献花だけしてとっとと帰ってしまったので、その後の顛末を知らない。


「ガウナ君め、私を途中退場組に入れてとっとと追い返しやがって、お陰で面白いものを見逃したじゃないか」


太めの眉を顰めて言う上司の口元は笑っている。


「君も君だよ、ブラン君。どうしてグランテ査察の目的を私に話してくれなかったのかな?」

「貴方が手柄を立てるのを嫌がるからです。くそっ、エリオット・ノーワンめ、あと少しでこいつを昇進させられたというのに」

「そのおかげで、君の命は助かったわけだけどね。というか、上司にこいつって言う、普通?」

「能力があるくせに、副大臣の方が楽だからと仕事をしない上司など、こいつで十分です」


そう、ブランの上司である内務副大臣ユリズ・クリードは、現宰相ガウナ・アウグストの政敵であり天敵と言われている。

しかし、その実態は仕事をしたくないダメ人間。コーヒー臭い執務室で人生を終える気満々の万年ナンバーツー。

降りかかる仕事を嫌だと突っぱねていたら、勝手に反宰相派に担ぎ上げられた可哀想な人である。


いや、可哀想とは言えないか。


「楽だから副大臣にいるんじゃないよ。ガウナ君に噛みついても許されるから副大臣にいるんだ。大臣職になったら時間的にも、立場的にも噛みつき辛くなるからね」


実に素晴らしい笑顔で、ユリズは言う。


「確か明日、閣議があるんだっけ? 外務大臣の後釜決めだ。楽しみだね」


その「楽しみだね」からは、若き宰相を虐める気が大いに感じられた。


「あんまり虐めすぎると、元内務大臣や元外務大臣の二の舞になりますよ。獄死させられてしまいます」

「あらぬ罪でって奴だね。しかし、本当の死神は別にいるかもしれないよ?」

「は?」


目を瞬くブランに、ユリズは意味深に笑う。コーヒーの染みがかかったその部分、そこには、突如会場に現れた少年のことが小さく書かれていた。


「灰色の髪に草色の瞳。まるで亡霊だ」

「は?」

「実にあの男が嫌いそうな容姿、と同時に、好きそうな容姿だ」


そう言うユリズは、少し渋そうな表情をしていた。彼がそんな表情をするとは珍しい。


「ガウナ君はあのゲロ糞シャブ男と似ているから、ついつい虐めたくなるんだ。要は嫌いということだね」

「あ、嫌いだったんですか」


てっきり好きなのかと思っていた。宰相に突っかかるユリズは、それはそれは楽しそうだから。


「今のところはまあまあ好きだよ。あの男のように、気持ち悪い恋心のために暴走することがない限り、ね」


それを聞いて、ブランは察した。


「あー、それってトウェ」

「それ以上言ったら、君の顔面にこの熱々のコーヒーをぶち撒ける」


低い声で言われて、ブランはぎゅっと口を噤んだ。


「自分で話していてイラついてきた。これはいわば弔い合戦なんだよ」

「おそらく意味が違いますけど」

「あの男の弔いじゃないよ、あの男の前に散って行った戦友たちのためだ」

「逆恨みすぎる」


げんなりするブランの前に、とある書類が突きつけられた。


「ジルト・バルフィン。セント・アルバート学園二年一組。バルフィンはセブンス・レイクの母方の姓だ。だから、本当の姓は不明……まあ見当はついてるがね。学園の式典やイベントは大体サボる問題児。それ以外はわからない」

「彼を、調べるんですね?」

「よろしく頼むよ。まあ、このぐらい調べたところで、おっかない若獅子は怒らないだろう」

「若獅子……?」

「そう。おそらく次の外務大臣に指名される彼のことだよ。父親に似て実直、しかし苛烈な思想持ちのね」


ユリズはコーヒーのケトルを傾け、眉を顰める。






コーヒーがない。


ジルトは空のカップをソーサーに戻した。目の前にはうきうきした顔のファニタ。彼女はジルトの一挙手一投足をにこにこ見守っている。やりにくい。


「それで、次はどこに行く? 私は劇を見に行きたいな? 今流行ってるっていう恋愛劇。ジルトは知ってる?」


小首を傾げて言うファニタ。その動きには、若干の照れが見られた。それに少し安心する。


「ああ、あの劇ね。良いんじゃね?」


ジルトは()()()()()ファニタの言葉に追随した。若干棒読み気味で。



「それじゃあ行くか、サリフェ公会堂に」


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