大好き
大人気ない師匠
おーい、おーいアントニーさん。
アントニーさぁん!!
「うるっせえ今かわい子ちゃんとデートしてんだよ!!」
がばっ! と起き上がり、アントニーは目をパチクリ。
「あれ? かわい子ちゃんは? ていうかここどこ?」
「かわい子ちゃんなんていないし、ここは教会。あんたはラミュエル姫に踏まれて気絶したんですよ」
「ラミュエル姫……ああーっ! あの猪女!」
思い出した! 後ろから蹴っ倒されて、ついでに頭を踏まれてブラックアウト。
「そ、葬儀は!?」
「もう終わりました。すみません、教会に置き去りにして」
「すごく良い夢見れたからいいよ。できるならもっと気絶しておきたかったかな」
「そーですか」
半眼のジルト。
「冗談だよ。そうか、終わったのか」
「引き伸ばしですけどね」
ジルトが話してくれたことは、アントニーにとっては都合の良いものだった。
「あのクソ公爵が、本当は戦争をやりたくないんじゃないか、か。なるほどね」
それなら、自分が名誉貴族として戦地に赴くことはなさそうだが。
「だけど、レオン・ダグラスは戦争をする気満々なんだな。面倒くせぇな」
「はい。御伽噺を終わらせるって、数の力で魔女を討つって……」
「それ、本人の前で言ったのか?」
「? はい」
「ふーん。それはやばいな」
「え?」
不安そうな顔になったジルトに、アントニーは「なんでもねえ」と首を振った。
猶予を設けたのは、軽々しく戦争をするものではないという良識からとも考えられる。
しかし、もう一つ考えられることがある。脅しは、脅しでしかない。とっとと戦争をやればいいものを、わざわざガウナに宣戦布告したのは、その脅しによる効果を期待してのものだ。
つまり、本当に戦争したとして、数が個に勝てる見込みがないとも考えられる。わざわざ隣国と繋がっているというカードを晒す意味は。
「まあ、脅しになってるなら良いんじゃね? あの公爵、意外と自己評価低いから」
その自己評価の低さに漬け込んで、脅しを成立させたんだろうが。
どんどん暗くなっていくジルトの表情を見て、アントニーは話を変えることにする。
「それで、皆帰っただろうに、わざわざ俺のことを迎えに来てくれたわけだな、お前は」
「……言いたいことがあって。あの時、チェルシーに、彼女の家族のことを教えてくれて、ありがとうございました」
頭を下げるジルト。
「俺は、チェルシーの“知る権利”を蔑ろにしてたんだと思いました。アントニーさんが話してくれたおかげで、レオンさんがひとつの可能性を話すことにも繋がった」
「あー、あのこじつけね」
王宮に飾られていたという偽物の聖剣。曲がりなりにもスピレードの元にいて、トウェル王のことを見てきたアントニーとしては、王が聖剣の在り処を教えるわけないだろ、という意見なのだが。まあいいか。もしかしたら、王様は聖剣を偽物とわかっていたのかもしれないし。
「ひとつの可能性の方が真実であることを願うよ。お前もそうだろ?」
「……はい!」
嬉しそうに笑うジルトを見て、アントニーも少しだけ笑う。渋る父親に、情報をくれとせびった甲斐があるものだ。
と、そんなことを話すジルトに、セブンスは終止不機嫌だった。
「それで、お前はただでさえ腫れてる両手を放置して、アントニー君に会いに行ったわけだが」
からん。
ジルトがスプーンを取り落とすのを半眼で見る。葬儀が終わり、久々に師弟で夕食を食べようと王都の高級店に赴いたわけだが、さっきからこの弟子、スプーンを落としてばかりいて、何も掬えていない。
「お前馬鹿なの? 俺言ったよな? すぐ冷やそうって」
「俺を凍死させようとしてたんじゃないの!?」
「半分そう思ってたけどさ」
なにせ、この無謀な弟子はクライスに気絶させられるのを防ぐために、鳩尾の代わりに両手を犠牲にしたのである。もっとこう、聖書を犠牲にするとかあっただろうに。
すぐに冷やそうと氷魔法を全身に浴びせたことは悪かったと思うが、それをしてればもっとましになっていたとセブンスは思う。
まあなってしまったものは仕方ない。悪戯心が湧いてくる。
「しゃーないな、はい、あーん」
「恥ずかしいからやめてください」
グラタンを掬って口元に持っていけば、ジルトは真顔。それでも粘る。
「何を恥ずかしがる必要があるんだ冷めるぞ。はいあーん?」
基本的に素直なので、セブンスが大好きな弟子は覚悟を決めてぱくり。
「美味い……」
「そうだろそうだろ」
「これが、高級店の味……!」
元公爵家のお坊ちゃんの口から出てくる言葉とは思えない。セブンスはチーズを多めに掬って、ジルトの口に運ぶ。ジルトは幸せそうにグラタンを咀嚼した。ちょろい。
「ま、いいか……」
安上がりなのは、自分も同じだと自嘲する。久々の師弟水入らずの時間。それがこんなに楽しいなんて……
「お兄様! この冷製パスタも美味しいですよ!?」
「じ、ジルト! このビーフシチューもなかなか……!」
「どっから湧いてきたこの雌猫どもが!?」
セブンスとしては許さざるべき雌猫どもが、フォークとスプーンで「あーん」を愛弟子に強要してくる。その愛弟子は少し嬉しそうだ、なにせ食い意地が張っているから。
「ありがとな。でもそれ、間接キスになるからいいよ」
まさにそれを期待してなのだが。断られた二人はすごすごと自分の席に戻る。そこにはガウナ、クライス、それにラテラとアントニーがいた。
「尾けてきちゃった」
じゃ、ねーんだよ。師弟水入らずだぞ空気読め。
「リルウ、あともうちょっとだったよ」
「チェルシー、もう少しで落ちるぞ」
やめろ不穏なアドバイスするの。
「師匠、魔法使ってる? なんか寒いんだけど……」
もぐもぐとグラタンを咀嚼しながら、ジルトが体をさする。それは魔法ではなく水面下での戦いのせいなのだが。
「それはそうと。ジルト、デザート食うだろ? なんでも好きなもの選んでいいぜ」
「やったー!! さっすが師匠、大好き!!」
ちらりと雌猫どもを見る。セブンスは表情を確認し、ふふんと笑ってやった。
…………勝った。




