強い結びつき
かたかたかた。
車輪が平坦な道を進む音を、ソフィアはしばらく聞いていた。終わった。
ふう、と息を吐く。冷たく、物言わぬものになったエリオットの体をどかす。
「……復讐って、するものじゃないなぁ」
呟き、天井を見る。
殺し殺されるというのは、強い結びつきを与えるものだ……因縁深いなら尚更。
きっと、自分は一生忘れないだろう。従兄弟の肉を刺した感触を、温かな体温が失われていくのを、この苦々しさを……頭を撫でてくれた掌を。
ソフィアは自分の掌を見た。頭を撫でてくれたのは三人。社長と、カルキ様と、そして、エリオットである。自分も、誰かを撫でることになるのだろうか? そう、その時はきっとーー。
馬車が止まる。妙に静かな車内を訝しく思いながら、警邏官は馬車の扉を開けた。
ソフィアは説得に成功したようだ。エリオットが馬車から出てくることはなかった。
彼の境遇は知らないが、どうしてそんなことをするに至ったのかを、警邏官は知りたかった。彼の口から、彼の言葉で知りたかった。そんな、我儘を通したが故に。
「うっ……!」
ほとんど密室といえる車内。エリオットは安らかに眠っていた。腹から血を流して、少しだけ微笑みながら。それは、普段見ているエリオット・ノーワンの笑みではなかった。
「ソフィア殿は……」
呆気に取られた警邏官は、車内にいるはずの、彼を止めにきたはずのソフィアを探す。だが、彼女は忽然と消えていた。代わりに、血のついたナイフを残して。
意識を取り戻した牧師が、墓を前に祈りの言葉を捧げる。
嫌味なくらいに晴れた空、ジルトはなぜかいるセブンスの横で、それを見ていた。彼は献花をしなかった。献花をしたのは、墓場で威風堂々と立っている隣国のお姫様である。
「あっちも終わったか」
セブンスが小さく呟くのが聞こえた。そういえば、レオンも“あちら”と言っていた。何かが同時に進行しているのだ、たぶん。
「師匠、葬儀が終わったら、色々聞かせてもらうぞ」
「おう、俺も色々聞かせてもらうぞ? 色々と」
ひっくい声で言われた。ジルトの額に冷や汗が浮かんだ。真っ白な墓標を見る。彼が死ぬ前に言っていた言葉を思い出す。
ーー俺は、リーちゃんを守る。
拳を握り、ガウナの横に立つ彼女を見る。ジルトの気持ちは依然変わらない。リルウが魔女になりたくないのなら魔女になり、姫になりたくないのなら姫になる。それだけだ。
誰かが魔女を守れと言っている。あんなに暗闇に閉じ込められて、あんなにも狂おしく英雄を求めている健気な生き物を。健気? そんなわけあるか。人の父を殺しておいて、忘れていたなんて。それも彼女の奔放さだ、かわいいだろ。まったく可愛くないわ、勝手に人の中で惚気んな。
ーーていうか、あんた誰?
人の決意に水を差してきやがって。
ジルトは頭を振った。またぼんやりしている。こんな調子では、肝心な時に動けなくなりそうだ。
右手で制服の中のナイフに触れる。柄はひんやりとして、思考を冷ましてくれる。
牧師の言葉が止まる。
死は終わりではなく始まり。その言葉はここでも繰り返されたけれど、背筋が凍った意味がやっとわかった。
そう、神の身許など存在せず、アルバートが終わり、アルバートが始まる。逃げることなど許されていない。死は救済だ、しかし、新たな生は苦痛でしかない。そんな堂々巡りを、ジルトの中のアルバートが、本当は恐れているから背筋が凍っている。
ジルトは心の中でため息を吐いた。こればっかりは、本人にしかわからない。保留。
「ジルト」
ハルバがレオンと共に近づいてくる。
「ありがとな。父さんを弔ってくれて」
「こちらこそ、途中参加になっちまったけど」
「父も喜んでくれてると思うよ」
何を考えているかわからない穏やかな笑み。
「本当に、するんですか?」
牧師を憚って濁したが、レオンには伝わったらしい。
「そうだよ。これは脅しでもなんでもない。魔女という個を殺すためには、数の力を使うしかない」
「堂々と僕を殺す話をするのやめてくれない?」
レオンが魔女という単語を言う前に、またしてもクライスに沈められた牧師を跨いで、ガウナがこちらに向かってくる。
あの牧師、何度も気絶させられて、しかも教会を破壊されて可哀想すぎないか? ジルトは憐れんだ。ガウナは不機嫌そうに、
「だから、君はダグラス外務大臣が亡くなった時に僕を責めなかったんだね。初めから、非戦派の御父上とは別のスタンスだったんだ」
「ええ、貴方と同じスタンスです」
「よく言ってくれるよ」
呆れたように言って、ジルトの方を見る。
「夏の海は綺麗だよ。水面が光り輝いて、海鳥が群れをなして飛んでいるんだ。砂浜は焼けそうに熱くて、風が吹くと塩辛い砂が口に入ってくる」
何かを思い出すように、穏やかな顔をしていた。
「君にもそれを見て欲しいんだ」
「レトネアって美味いものありますか?」
飲まれそうで、話を逸らした。純粋な思い出を語るガウナを、これ以上見ていたくなかった。
「魚が美味い。生では食べれたものじゃないけど、揚げたやつとか焼いたやつとかが美味い」
「よし、行きます」
「おい」
ハルバの呆れたような声。頭の中は魚でいっぱいだ。魚でいっぱいにしておかなければやってられない。まだ先延ばしにしておきたい。
そんなジルトを見透かすように、ガウナは「待ってるよ」と笑ったのである。
海、か。
ラテラはそんな会話を聞きながら、傍に立つチェルシーを見上げた。
たくさんの屍の上で、英雄とダンスをするのは魔女だけでじゅうぶん。私の大切な人たちは、一緒に海を見に行くという、相応な幸せがある。
「ねえ、ラテラ」
「?」
「貴女にも、来て欲しいんだ」
彼と同じように真っ直ぐにラテラを見て、チェルシーは言ってくれた。
彼女は知らないだろう、彼女の家族にドラガーゼを裏切らせたのが誰だったのか。誰が圧力をかけたのか。
『あの愚かな王に仕えるのは、あまりにも勿体ない』
今は亡きシリウス先生が、どうして私の家を襲撃したのか。
愛しい人に殺されて、私はとても幸せだった。
死は終わりではなく、始まり。殺し殺される強い結びつきこそ、私が望む終わり方であり、そして始まりなのだ。
さあ、これで。
『アッカディヤの魔術儀式』。その準備は整った。
ーー来世でこそ、幸せになりましょう? アルバート。




