擬態の目的
ジルトはただ口を開けているしかなかった。
いきなり変な少女が入ってきたかと思いきや、それは帝国の姫様で、レオンと知り合いらしく、その上見たことのある幼女が空から降ってきた。
キャパシティーオーバーだ。
「あんときまじで生き埋めにしてやりゃ良かったな? ああん?」
凄む幼女は、赤髪を上の方で二つに結び、ひらっひらのドレスを着ている。十字架の上で足を組み、王者のように君臨している。かと思いきや、ジルトに目線を合わせ。
「ジルトぉっ、会いたかったぞこの野郎ーーっ!!」
「ぐふぅーーっ!?」
本日二度目のタックル。ちなみに一度目はリルウである。
「元気だったか!?」
「たった今元気じゃなくなったわ!!」
「よーしよーし、偉いぞ〜」
駄目だ、会話が通じない。というかこの師匠、本当に本物か? 会うなりタックルは師匠っぽいが、ジルトの記憶の中の師匠は、もっとこう厳しくて、ジルトが何か言おうものならすぐに拳が飛んでくるタイプだったはず。
頬擦りしだすセブンスを引き剥がしながら、ジルトはこそこそ耳打ちする。
「ていうか、人前に出ていいの? 正体隠してたんじゃ……?」
「いーのいーの。お前を守るためなら、正体の一つや二つ 明かしてやるよ」
「師匠……」
「ところで」
妙に笑顔だ。セブンスは、ジルトの首元と、痛みを持ち始めた両手を指差す。
「それ、誰にやられた?」
「クライスさんです!」
即答だった。チェルシーの名前を出したらやばいと思った。
「嘘をつくな、首の方はチェルシーだろうが」
「いでっ」
頭に手刀が降ってくる。じゃあなんで訊いたんだよ、と突っ込もうものなら、たぶんもう一回きついのが降ってくるだろう。彼はゴーイングマイウェイなのである。
「セブンス様、お会いできて光栄です」
「やあやあガウナ君、俺も光栄だよ。まさかあんとき見逃した羽虫が、害虫にまで進化するとはなあ?」
たっぷりと蔑みの感情を込めて言うセブンス。ジルトを立たせ、自身の背後に庇い腕組み。なんだこの絵面……とジルトは再び疑問に思う。幼女に庇われる図は少し情けなくないか。
そんなことをのんびりと考えるジルトに鋭い視線が突き刺さる。クライスである。彼は投擲用の小刀を用意しながら、セブンスの隙をうかがっていた。あれ。
「師匠、公爵とお知り合いなんですか?」
「ん、まあな。だがお前には関係ないことだよ。気にすんな」
心なしか優しい口調に不気味さしか感じない。
「生き埋めにしようとしたのと、されそうになった仲だよ」
恨みたっぷりに、ガウナが呟いた。その呟きを拾って、セブンスはちっ、と舌打ち。
「殺されそうになったくらいでガタガタ喚くんじゃねーよ鬱陶しい」
理不尽すぎない?
ジルトは少しだけガウナに同情しそうになった。強大な力を持つガウナもまた、セブンスの被害者だというのか。
「それで、何でここに介入してきたんですか?」
「お前を脅すため。今ここで殺してやってもいいが、それだとつまんねーからな。だから、今日のところはこれを言いに来た」
セブンスが、ラミュエルと名乗った少女に視線を向ければ、ラミュエルはこくんと頷き、剣を空に掲げる。
「帝国第三皇女、ラミュエル=レグナム・リオーネは、シーリフ王国に宣戦布告を言い渡しまする。一年後の今日、我ら帝国は王国に侵攻します故、お覚悟を」
朗々と言い放つラミュエルの頬は、蒸気していた。対して王国側は、レオンを除いて皆背筋を凍らせた、少なくともジルトにはそう見えた。
「……これが、君のやりたかったこと?」
ガウナが問うたのはレオンである。レオンはラミュエルの横で、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「ええ、そうです。私は、戦争を起こしたいのです。くだらない御伽噺なんて、現実の暴力には敵いません」
「僕には魔法がある……と言っても、偉大なる魔術師様が帝国側にいるということは、そういうことなんだろうね」
「然り!!」
ラミュエルが剣を掲げれば、その剣先に炎が宿った。現実ではあり得ないその光景。あっという間に炎に包まれ、氷に包まれ、風を纏う剣身。
「まだ修行中の身ではありますが……私は、魔法を使えるようになったのです!!」
嬉しそうにはしゃぐラミュエルは、ぶんぶんと剣を振り回す。鬼に金棒、そんな言葉が頭に浮かぶ。
「魔法って、そんな簡単に使えるもんなの?」
「……まあな。アイツは適性があっただけだ」
セブンスが頬を掻いて、言いにくそうに言う。ジルトの灰色の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、セブンスは「それはともかく」とガウナに挑発的な視線を送る。
「これで、帝国側も魔法を使えるようになったってことだよ。お前の数少ないアドバンテージが破壊されたわけだ」
「……どうして今殺さない?」
「さっきも言ったろ。今殺したら、俺の人生の楽しみがなくなっちまうからだよ。しょーじき、レオン君が何考えてようがどーでもいい。お前を国ごと生き埋めにするのって、楽しそうじゃね?」
嗜虐的な笑みを浮かべるセブンス。
「国ごと、って」
「ああ、お前はちゃーんと戦争前に助けてやるから安心しろよ? なんなら、そこのお坊ちゃんも友人特典で助けてやる」
そういうことじゃない。ジルトは、母国に刃を向けるセブンスの言い方に困惑していた。
「戦争、本当に起こす気なのか? 師匠の友達の…………トウェル王が、治めてた国だ。その娘のリルウもいる。それなのに」
「君主が変われば別の国だよ。それに、俺はあくまでもトウェルの味方であったのであって、魔女と結託したお姫様の味方じゃない」
「全部、知ってたんだ……」
リルウのことをお姫様と呼んだセブンスに、ジルトは呆然と呟く。セブンスは、ジルトの方を見た。何か言いたげにして口が動く、が、声になることはなかった。
「そ。ぜーんぶ知ってるんだ。そして、全部視てる」
極悪に笑うセブンスは、自分の目元を指で叩いた。
「まさか、予知……!?」
「そのまさかだよ。俺って天才だからさ、予知能力もあるわけよ。だから、次のお前の行動は知ってる」
「……わかった。負けたよ。こうも脅されたら、今日のところは退くしかない」
ガウナは小刀を、聖剣を床に落として両手を上に挙げた。降伏のポーズ。
「ジルト君に手を出したら、即戦争になるんだろうね」
「勿論。わざわざ自分から導火線に火をつけるような真似はしないよな?」
ーーなんか、俺ダシに使われてね?
ジルトは漠然とそう思った。師匠が妙に優しいと思ったら、楽しいゲームをするためのルール作りの一環だった。そんな気がする。
それにしても、スピレードの時には戦争に乗り気なように見えたのに、そして実際そのような人事を行なっているのに、今のガウナは戦争に消極的なように見える。やはり、魔法を見せられた点が大きいんだろうか。
ーー実は戦争をしたくなかったり?
ファニタの言葉を思い浮かべる。
『彼は、擬態しているのよ』
擬態。もしも、戦争を推し進める姿勢が擬態であるとしたなら、セブンスの脅しが効いた事も納得がいく。しかし、なぜ表面上戦争をしようとするのかはわからない。
「ところで」
「あ?」
「声がひっくいところは師弟揃って同じなんだね……貴方は、この子のことを知っていますか?」
ガウナがポケットから取り出したのは、画質の荒い写真。制服を着た女の子……その正体に気付き、ジルトは思わず声を上げる。
「うわっ気持ち悪っ」
そこに写っていたのは、孤児院を訪ねた時の自分だった。
転んでもただでは起きない精神




