四度の裏切り
チェルシーちゃんすまん
ジルトの脳裏には、明るい笑顔が浮かんでいた。
『はじめまして、ジルト様! 私、チェルシー・ディーチェルと申します!』
四年前、チェルシーに瓜二つな少女は、ドレスのスカートの端を摘んで優雅にお辞儀した。
そして、次に告解をしに来た男の顔が浮かんだ。
『親友をも殺そうとした王は、見るに耐えなかった。あの男は、非道に身を堕とし、何もかもを利用しようとしていた。君のお父さんを殺した犯人としてのシリウス翁、そこで何があったかを、利害と打算で口を噤むだろう会場の客……あの場所は、用意された悍ましい悲劇の舞台だ』
ーー利害と打算で口を噤むだろう会場の客。
……たぶん、彼女が復讐を遂げたとして、ロクな事実が待っていない。
かつての三大公爵家。その本家があった跡地。現在の貧民街に暮らす彼女が考えていること。
ジルトは、チェルシーが復讐できたとして、彼女に起こりうることを恐れていた。ダグラスのことを暴露させた彼女が、今度はダグラスによって事実を知らされるのを。
だから、投げた。
チェルシーから渡されたナイフを、ガウナめがけて。
ガウナが席を動かないでいてくれて助かった。おかげで目標はぶれない。火花が散って、金属音がした。
「……どういうつもりかな?」
聖剣、というには短すぎる小刀でナイフを弾いたガウナは、ジルトのことを見る。その刃はチェルシーに向けられてはいるものの、届いていなかった。ジルトはほっとする。
「どうもこうも、あんたの命を救ってやったんですよ」
「恩着せがましいね。チェルシーの方を救ったくせに」
「ガチ聖剣持ち出してくるあんたが悪い」
チェルシーがジルトを踏み台にして復讐をしたいことはわかっていた。だからジルトは自分からそれを降りた。
チェルシーが持っているのが偽物なら、結果的に止めて良かったりするのか? ジルトはそんなことを考える。
「それ、聖剣だったんですね。だからクライスさんを動かさなかった?」
「ご名答。どうせ勝つのは僕だとわかっていたからね。のこのこと殺しにくるお嬢さんの方も、結界持ちだから、下手に介入させたらクライスが死ぬし」
「……私のこと、わかってたの?」
床に座り込むチェルシーが呆然として呟く。短剣は投げ出されていた。ガウナが頷く。
「もちろん、君も僕と同じ血を引く者だからね。消えたり殺したりする結界、すぐにピンと来たよ。僕のご先祖さまの結界だと」
流石に僕よりも広範囲だけどね、とガウナは小刀を向けたまま、器用に肩をすくめる。
「そんなこと、彼は一言も」
「契約をしたときにそれも条件に入っていたから」
「けいやく……?」
「そう、君のご先祖さまはね……」
ガウナは不快な冗談を交えながら話しはじめた。ディーチェルの成り立ちを、三度の裏切りを。
およそ八百年前。死にたくなかったチェルシーのご先祖さまは、魔法使いの一族と契約をし、英雄を裏切った。そうしてディーチェルは結界の魔術を手に入れたが、その代償はあまりにも大きく、死者の呪いに苛まれた彼はなにもかも捨てて逃げ出した。
旅の果てに出会ったのが、ガウナの先祖。信じられないことに、ガウナは魔女の血を引いているのだと言う。同時に、アルバートの血を。
「君にも同じ血が混じってるわけだよ、ジルト君」
わざわざこちらを見て、嬉々として言うのはやめて欲しい。
それはともかく、魔女の血を引く女に唆されたディーチェルのご先祖さまは、今度は彼女と契約をした。その契約というのが。
「結婚。正確には子供を作ること。魔法というのは、最も血が重要視されるからね。ああ、この場合は魔術かな」
何にしても、今度は魔法使いを裏切り、そして、王都にいる妻子を裏切ったのだと、ガウナは言う。
「どちらが不義の子かは神のみぞ知るってね、あはは」
全然笑えない。
「そこまでして手に入れたかった能力が何かといえば、それは」
「結界」
それまで黙っていたチェルシーが、口を開いた。
「聖剣を海から取り出すための、安全な方法」
「その通り! 深海という、人が踏み入れられない場所に聖剣を投げたギリア王は賢明だった。人の醜さを考慮に入れなければね。ようやくご先祖さまが教えてくれたのかな?」
チェルシーは、蒼白な顔をしていた。
「“どうして、英雄は私に微笑んでくれないのかな”。それは資格がないからに決まっているだろう?」
先程のチェルシーの口調を真似て、ガウナは蔑むような視線を彼女に向けた。
「裏切り続けた一族に、救ってもらう資格があると本気で思っているのかい?」
「……あ」
「英雄を裏切り、魔法使いを裏切り、そして家族さえ裏切った。君のご先祖さまの力があったから、魔女の子孫は鄙びた漁村の村人を生贄にしたし、僕は王宮でたくさんの人を殺した」
「……あ、ああっ」
「ジルト君のお父さんも、この聖剣で殺したんだよ。彼はとても強かった。一歩間違えば僕が死んでいた。けれど、この聖剣のおかげで僕は彼を殺すことができた」
「……ディーチェルの、せい、で」
「そう。君のご先祖さまのせいで、たくさんの人が死んだんだよ。そして、君のご先祖さまのみならず、君の家族も裏切りをしていたみたいだね」
ガウナは、ジルトの方を見た。
「調べさせてもらったよ。タリウス・ドラガーゼ王国陸軍中将。四年前、君のお父さんと、君を殺す計画が立てられていたらしいね?」
ジルトの内心の不安を突く言い方だった。
「黙れ。それ以上、しゃべるな」
ジルトが地獄の底から響くような声を出しても、ガウナはそれをむしろ面白がっていた。
「ああ、君は知ってるんだ。そう、トウェル王の誕生パーティー。そこに招かれていたのは、とある条件のもと、集められた人々だった」
ジルトは立ち上がって走り出す。クライスが眼前に現れる。鳩尾を両手で庇う。ごきり、と嫌な音がした。だが、意識は飛んでいない。ガウナに弾かれたナイフを拾って、鞘から抜く。後ろからクライスが羽交い締めにしてくる、ので、ナイフを投擲しようとしーー。
「王サマに都合良いメンバーで固められたパーティーの参加客。ディーチェル家もそこにいたってことは、ジルトとその親父を殺すのを是としていたってことだろ? これが四度目の裏切りだ」
意外な人物が毒気なしに言った言葉。ジルトの手から力が抜け、ナイフがからんと音を立てた。
「なんで、言っちゃうんですか……」
クライスに取り押さえられて、ジルトは額を床に擦り付けながらその人物を見る。入り口に立っていたのは、赤茶けた髪の青年と、亜麻色の髪の少女だった。
「クソムカつくアホ公爵に真実を知らされるよりはマシだと思ってな」
やる気のない目で、アントニーはそう言い放ったのである。
ガウナ君の短剣は次回。




