偽物と本物
傍点が多いけど察してください。やっとここまでいけた…。
不審。その一言に尽きる。
「これでどうだ!?」
「ダメだな」
何かを話し合っていた後、ジルトとハルバは二人で神妙な顔をしながら、そんなやりとりを続けていた。
「これは!?」
「お前が死ぬ」
主に「これ」と言って質問するのはジルトで、冷静にノーをつき返すのがハルバである。
「くっ、お兄様、楽しそう……」
隣に座るリルウが謎の対抗心を燃やしている。別に燃やさなくても良いと思う。
それにしても、ジルトは楽しそうだ。たぶん本人は至って真剣なのだろうが、あそこだけ学校の休み時間に見える。
「これは!?」
「ギリギリいけるか?」
ジルトが「おお!」と感嘆の声を上げる。
「じゃあこれは!」
「それで行こう!」
決まったらしい。二人で頷き合って、ガッ、と腕を交差させる。
「さすがハルバだ!」
「ふっ、そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ……」
ーー何してるんだろう。
ガウナは、思わず遠い目になった。
「何してるの?」
ガウナが訊きたくても訊けなかったことを口にするチェルシー。彼女もまた、不審なものを見るような目をしていた。
「えーと、シミュレーション」
「しみゅれーしょん」
ジルトが答えるのを復唱するチェルシー。そうそう、と頷くジルトに、首を捻る。
「もしかして、私のやろうとしてることを邪魔しようとしている?」
「当たり!」
元気に答えるジルトとハルバ。ジルトは親指を立て、ハルバは腕を組み、歴戦の軍師のように頷いていた。
チェルシーは困っているようだった。
「なんで邪魔するの? 貴方だって、四年前の続きをしたいでしょ?」
「いや、四年前の続きって何だ? 火事のこと?」
しらばっくれるジルト。若干棒読み気味である。
「とぼけないでよ」
ーー仕方ない。
ガウナは指を鳴らした。隠れ控えていたクライスが、チェルシーが決定的なことを言う前に牧師を気絶させて引きずっていく。そのままドアの外に放り投げた。
「あそこにいる公爵を、殺したいでしょ?」
指さされて、ガウナはやっぱりとため息。やっぱりチェルシーは自分を殺したいらしい。
しかも、ドラガーゼ公爵家唯一の生き残りであるジルトをけしかけて。ジルトは、静かな瞳でチェルシーを見ていた。
「殺したいよ」
ぽつりと言った。短い言葉には、重みがあった。
「俺は公爵を殺したい。でもダメなんだ。ぶっちゃけあの人地位も高ければ、頭もよく回るし、運動神経は……わかんないけど、魔法なんていう規格外の力を使ってくるし」
本人を前にして言うのか。ガウナは驚きとともに、少し嬉しく思ってしまった。出会った頃の探り合いよりもよっぽど、彼の本音を聞けていることに。
「知ってるか? 公爵は魔法を使うんだ。何か変な魔法陣を展開して、魔法陣の中に入った人を殺すんだぜ」
「そんなの、エリオットが言ってたから知ってる」
あの英雄信者、やっぱり話してたか。ガウナは教会で好き勝手暴れた男を恨んだ。
「あと、たぶん強い。すごく強い」
「運動神経はわからないのに?」
「前に小刀を構えてるの見たことがある。あれはプロの持ち方だ」
我流だったのに褒めてもらえた。陸軍中将の子息に褒めてもらえるとは、恐悦至極。エリオットやクライスのように、一発で首をかき切ることはできないが、ガウナも補正があれば何百人と殺すことはできる。
「お兄様に褒められてる……」
リルウが殺意のこもった視線でこちらを見てくる。途端に嬉しくなくなった。
「それと、あの男はリーちゃんの後見人だ」
リルウの顔がぱっと明るくなった。駆け出してジャンプ、アンドダイブ。押し倒されたジルトは強かに床で頭を打つ、前にリルウの小さな手によって救い出された。
「お兄様お兄様お兄様ぁっ、好きですっ!! 墓地に行って故人を弔った後は、そのままここに帰って結婚式を挙げましょう!! 私、今すぐお兄様に似合うタキシードと、不肖私めのウェディングドレスを見繕ってきますわ!!」
「落ち着けリーちゃん、俺も好きだよ」
「ふああああ……」
よしよしと頭を撫でるジルトに、リルウは溶けそうな声を出していた。おそらくリルウの好きとジルトの好きは平行線であり交わらないのだが、そこを指摘するのは酷なことだろう。
「……結局、姫に優しいんだ、貴方は」
その様子を見て呟くチェルシー。瞳には、勝手な失望が混じっていた。
「どうして、英雄は私に微笑んでくれないのかな? 決まってる。英雄はいないからだ」
裏切りの一族の末裔が、何かを言っている。
「でも、英雄はいるよ。いなきゃ、ディーチェルが報われない」
希うかのような青緑の瞳。彼女は気づかない。魔女の紅色の瞳に、海の色を足したのは誰なのか。
「……俺は、お前に復讐してほしくない」
ジルトが呟く。チェルシーは、傷ついたような顔をした。
「どうして、貴方までそんなこと言うの?」
ふらりと歩き出す。
「私には、貴方しかいないのに」
「後悔するからだ」
何かを思い出すように。
「だから、俺はこれを使わない」
ジルトはリルウの体を優しくどかして、床に座り込んだ。制服のジャケットをめくり、鞘のついたナイフの柄を握り込む。おそらく、ずっと隠していたそれ。チェルシーの代わりにガウナに向けられる予定だったであろうもの。それを晒したのだ。
「ごめんなチェルシー。俺は、英雄とやらにはなれないよ」
「……そう、なら、いいや」
低い声で言って、チェルシーはふらりと歩き出した。短剣を引き抜く。
「これは、聖剣だよ」
チェルシーは、ジルトを振り返る。
「貴方は、英雄になんかならなくていい。英雄なんてろくでもないんだから。だから」
鞘から取り出して、その眩いばかりの白銀を、照明に煌めかせた。
「私がなってあげる。魔女を倒して、一緒に海を見に行こう?」
「チェルシー、違うんだ。俺は……」
何かを言おうとするジルトを振り切り、チェルシーはこちらに駆け出した。速い、流石は器用貧乏な家のお嬢さんだ。
青緑の瞳は、晴れの日の故郷の海に似ている。海底に沈むいくつもの骸をなかったことにするような、そんな綺麗な海に。
だから、ガウナは微笑んだ。少女に現実を教えてやるために。
「海なんて」
少女は、その瞳を見開いた。ガウナが引き抜いた白刃に。その、真の価値に。
「きっと、ろくなものじゃないよ」
それでも、少女は肉薄しながら体を回転させる。あれは剣舞だ。結界構築と攻撃術を同時にやってのける離れ業。ガウナもまた、チェルシーが間合いに入ったと同時、指を鳴らす。
力は拮抗し、無意味になる。同じものだから当然だ。だから、これからは聖剣同士の勝負になる。
だが、チェルシーはもうわかっているはずだ。海を思わせる瞳が、絶望に染まっている。
「ご先祖さまは教えてくれなかったのかい?」
裏切って裏切って裏切った一族は、英雄のみならず、最後に子孫さえも裏切った。
「これが、本物の聖剣だよ」
ーー金属音。火花が弾ける。




