ようこそ
エリオットによって押しのけられていた牧師は、落ち着きを取り戻して講壇の前に立った。ディアルとフラウに十字を切り、祈りを捧げ始める。
官僚にまで上り詰めた同僚のしたことに顔を青くしながら、警邏官は、その光景に息を呑む。そして、関係者以外立ち入り禁止の葬儀の場にすでに新聞記者達がいることに驚愕した。
一人の新聞記者は言う。
「私たちが到着した時は、ちょうどコレシュ伯爵が殺された時でした」
そもそも、どうしてここに来たのかを聞けば、投書があったからだという。どんな投書かといえば。
「この時間に来れば、新聞の一面を飾るに相応しい、面白いものが見れると」
「どうして我々に連絡しなかったんですか!」
警邏官が詰め寄ると、記者の方も苛々とした様子で反論した。
「するなって言われたからですよ!」
「誰に!」
新聞記者がそっと指さした先にいるのは、おそらく当主になるだろう青年だった。彼は最後の献花を終えたところだった。だが、まだ棺は閉じられない。
警邏官は、居ても立っても居られず、今度は若き次期当主に詰め寄った。
「予告は届いていた。それなのに、隠蔽したんですか?」
「詳しいことは省略しますが、私たちは予知能力を持っています。ですから、そんな予告、取るに足りないと思いました。ですが、二人亡くなってしまいましたね」
ーー予知能力? 何を言っているんだ。
記者の方を見ると、彼は手帳を見せてくれた。『予知能力 魔法使い 魔術』。そんな馬鹿げたメモ書きを。
「魔法使い? 我々を虚仮にするのはいい加減にしていただきたい。我々は、警邏官の身内が起こした事件について、正確な情報を知りたいのです。なぜ、彼はそんなことをしたのか」
必死だった。なぜあんなに優秀な彼が、こんな事件を起こしたのか。止めることはできなかったのか。予告という予兆があったなら、もしも、記者が、レオンが、警邏に話してくれていたのなら。
苦い思いを抱える警邏官。それなのに、レオンは嬉しそうだった。
「この状況で、どうして笑えるんですか」
「いえ、話さなくて良かったと思いまして」
この期に及んで、そんなことを言う。
「貴方達だったら、きっと彼を止めていたでしょうから」
「勿論です! 亡くなった御二方には申し訳ありませんが、正直言って、彼がそんなことをしたという驚きの方が優っています」
事件を未然に防ぎたかった。彼を犯罪者にしたくなかった。
「だから、真実を話してください。お願いします」
警邏官は頭を下げた。だが、レオンは依然として笑みを崩さない。
「今言った通りですよ。我々ダグラス一族は、予知能力を持っている。彼の方が、一歩上手だった。それだけです」
「……信じられないけれど、予知能力は本当にあるようですよ、警邏官さん」
先ほどメモ書きを見せてくれた記者が、落ち着いた様子で言い始める。
「亡くなったアルネルト夫人が話してくれました。それに、あのエリオットとかいう警邏官が、実際に予知をしてしましたよ。ブラン・ルージュ内務副大臣秘書官と、ライケット・オリヴァー内務省総合監察官に話を聞いてみてください。予知能力は存在するんですよ! 不思議な話じゃないでしょう、我々はそれを認めようとしなかっただけだ。不自然に生き残ってる人を見て、運が良かった、事前に知らされていた、そう思おうとしただけなんです!」
最後の方は興奮気味だった。記者は、怒っているはずの警邏官よりも、顔を真っ赤にしていた。
「私は、四年前に妻と子を火事で失いました。職業は、繊維工場の副工場長でした。転職したんです。もっと早く、炊き出しや政府の方針をつかんで、それを困ってる人たちに広めたいと思って。同じような人たちが、新聞社にはうんといますよ。災害に、人は抗いようがない。だからこそ、起こった後の行動が大事なのだと、そう、信じてきました……」
俯く。
「私は記事を書きますよ。予知能力は存在した。けれど、血の繋がった者しか助けることができないから、我々は見捨てられたのだと!」
記者の瞳は混沌としていた。
「それなら、一緒に死んでくれれば良かったのに! 英雄になろうとした王を殺すためだけに、私の妻は、子は……なんて、くだらない」
肩を落とす。警邏官を見る。
「持たざる者の復讐と彼は言いました。そうです、我々は持たざる者だったのです」
同調。エリオットが去り際に残していった言葉を、記者はきちんと覚えていた。
「彼らと違ってね」
記者が投げかけた視線の先では、黒瞳の人々が怯えたような目をしていた。それは、傲慢な彼らが引き摺り下ろされたことを、ありありと物語っていた。視ずともわかる、この先の未来。彼らの不自然な優遇の理由は、世間から冷たい目を向けられる理由へとすげ替えられた。
そんな重苦しい雰囲気の中。
「それで、葬儀は続けるのかな? それとも日を改めて?」
空気をぶち壊すことを言ったのは、銀髪の公爵であった。彼はなぜか、自分の膝を押さえている。
「私としては、日程調整に奔走したから、このまま続けて欲しいんだけど」
そんなことを言っている場合か、と警邏官は言いたくなったが、言わなかった。なにせ、ガウナ・アウグスト公爵は、この会場にいる誰よりも不機嫌そうだったからだ。彼は立ち上がり、氷の公爵の名に相応しく、極寒の視線で会場を一睨みする。
「葬儀に私情を持ち込むのは結構だけれど、全てが終わった後にしてくれないか。ここには私がいて、一部始終を見ている。うやむやにすることはしない」
人望がないだのなんだのと揶揄される公爵だが、この時ばかりは頼りになると警邏官たちは思ってしまった。
「ここは葬儀の場だ。告発をする場でも、自己弁護をする場でもない。故人を弔う気持ちは、無くしてはいけないと思うよ」
ガウナの言葉に揺れる会場。チェルシーは、冷めた目でそれを見ていた。
「すべての原因さんが何かを言ってるよ、ジルト」
「……」
それについては、まったく同感である。なんで第三者顔できるんだアイツは。
「まあ、ここまではエリオット君の予知通りだから、あとは……え?」
「あ」
ジルトも思わず声を上げてしまう。鞭のようにしなる右足が、眼前にあったからだ。
「あ、あぶなかった……」
チェルシーが言うのと同時、会場中の人々が新たにざわついた。見られている。ジルトはそう理解した。
「いきなり蹴りを入れてくるなんて、魔法使いにしては野蛮すぎない?」
「ナイフじゃ無いだけ良いだろう?」
見事な後ろ蹴りを披露した彼は、新聞記者と警邏官のやりとりの間を縫って、こちらに近づいてきていた。
天窓のステンドグラスを通して、彩られた光が差し込んでいた。暖色と寒色両方の光を浴びて、レオン・ダグラスは笑った。
「ようこそ、チェルシー嬢。待っていたよ」




