閉廷、そして。
ダグラスの誰しもが、やり直しを望んでいた。
待ちぼうけ。魔法使いは、自分達の命だけを守りながら、彼を待ち続けた。他以外はどうでもいい。
今度こそ死なせない。そのために、神から予知能力も得た。
今度こそ、魔法使いは英雄に救ってもらうのだ。唯一無二の彼ならば、魔法使いの鬱屈した感情を晴らしてくれる。
それ自体も歪んでいたが、時が経つにつれて、ダグラスは、更に歪んでしまった。
死なない一族は、枝葉をぐんぐんと伸ばしていった。そして、競争が始まった。
誰が魔法使いを継ぐか。誰が、救ってもらうか。
そんなくだらない競争の下、才能偏重が始まったのである。
かつ、かつかつかつ。
「ですから、予知の才能がない子供は、早めに養子に出すか、売られたりしました……貰い手や買い手がなかったら、最悪」
言葉にこそされなかった。だが、フラウの暗い表情で、きっと誰もが悟ってしまっただろう。
「生き残る特性により、我々は、命を軽んじてしまった。どうせまた新しい芽が成長するからと、若葉をいとも容易く摘んでしまった」
生き残ることを当たり前と捉えた故の悲劇といったところか。
「そうすれば、優秀な芽が成長すると信じていたんです」
結果、他の芽に栄養が行くことはなく、平均的に小さくまとまってしまった、と。ダグラスは大樹だ、間引きならともかく、芽摘みをしたところで意味はないだろうに。
とんとんとん。
「私は、そんな幻想を信じていました。私自身、芽摘みされそうだったのを、才能を開花させて生き残ったのです。それが当然だと思っていました。強い者は生き、弱い者は死ぬ。まるで自然界の掟のように、我が一族には、その考えが染み付いていました」
まったくもって。
まったくもって、思い上がり甚だしい。人間社会の枠に収まっていればいいものを、自分たちを特別だと信じきり、勝手にルールを作った。そのルールに縛られているのだから、お笑い草だ。
こつこつこつ。
「貧乏ゆすりはやめなさい」
「おっと、ごめん」
リルウの冷たい視線を浴びて、ガウナは靴を鳴らすのをやめた。苛立ちが足に出ていた。
頬杖をつき、ダグラス暴露大会に耳を傾ける。これは一体何の意味があるのだろう。ただ彼が、私怨を晴らしているだけではないか。
たしかに彼の境遇には同情する。くだらない妄執に囚われた一族に生まれてしまったこと。フラウ伯母さんという言い方からして、親戚なのだろう、親しい人に存在を認めてもらえず、スピレードの元に売り飛ばされたこと。
だが、逆境は人を成長させる。確かにハンデは存在するが、人間というのは、ただ打ちひしがれるだけの存在ではないことを、ガウナは一番よくわかっている。
エリオットもそうだ。売り飛ばされた先で才能に開花し、スピレードの元で戦闘技術も手に入れた。
マイナス面と言えば、スピレードの異様なまでの愛国精神というか戦争志向というか、“教えたがり”なのだが、そんな洗脳からも脱却しているから良いことづくめだ。
警邏官僚にまで上り詰め、一族が知らない英雄の生まれ変わりとやらにも接触してあんなに嬉しそうだったのに、今更一族への復讐とは、やることが小さくないか?
なんだか可哀想に思えてきた。復讐に囚われた人間は哀れだ。
一応エリオットの心に寄り添ってやれば、彼の動力源は復讐をすることだったのだろう。英雄と復讐。全く関係ないように思えるが、彼の至上命題二つは不思議な科学変化を起こして、彼自身をも断罪する運びとなった。
ーーやっぱり、運命に囚われるのは生産的ではないな。
脱却した今だからこそ思う。運命に囚われた人間は哀れだ。復讐を果たしている彼は、恍惚とした表情を浮かべている。だが、この先のことをこれっぽっちも考えていない。
復讐というのは一時的だ。ざまあみろという気持ちは長続きしない。後に残るのは、虚無だけである。だから極論、復讐は果たさないのが一番いい。
ガウナは予知に対してはからっきりだが、エリオットの行く末に関しては予知に近い想像ができた。
彼は燃え尽きる。英雄に手が届く前に。
緩やかな自殺と表現していた。けれど、復讐を果たした途端に、それは緩やかではなくなる。火だるまになった彼は、あっという間に死に至る。
だからこそ、ガウナは溜飲を下げることができるのだが。
「ありがとうございました、フラウ伯母さん。もう結構です。ああ、それと」
心底楽しそうに、エリオットはフラウの耳元で何事かを囁いた。フラウは目を見開き、大粒の涙を目に浮かべた。
「許さない」
フラウは肩を震わせていた。
「あの子に、何も罪はなかったのに」
「無能であることが罪。それがルールでしょう?」
悪戯が成功した子供のような顔。
「ルール違反は許さない」
「自分だけが不幸だと思ってるの?」
「思ってますよ」
再び噴出する血。フラウの体は、人形のように投げ出された。エリオットは、今度は自分が講壇に立った。
「さて、これで裁判は閉廷。皆様お疲れ様でした」
ハルバは、何もできなかった。視えていたのに、何もできなかった。それが覆される未来が怖くて、自分の力を信じられなくて。
手錠をかけられて連行されるエリオットは、ハルバの前で立ち止まる。
「最低だ、あんた」
「はじめましてというのに、随分手厳しいですね。本当は、君も殺したかったところを、見逃してあげたのに」
殺意。初めて浴びるそれに、ハルバの背筋は怖気立った。そんなハルバの肩に、手が置かれる。それは、兄の手だった。
「久しぶりだね、エリオット君」
「ええ、いかがでしたか? 持たざる者の裁判は? 被告人になった気分は?」
「うん、助けてあげられなくてごめんね」
「……は?」
レオンは、同じことを繰り返した。
「父さんは、君を養子にする手続きをしていたんだけど、ノーワン家に反対に遭ってね。あと一歩のところで、スピレード内務大臣の元に君が売り飛ばされたんだ」
「……そんなこと、今更」
「うん。でも、これを言うのと言わないのでは、違ってくるから」
レオンは、優しく微笑んだ。
「父さんは、君のことを愛していたんだよ」
手渡されるのは、白い花。
「ね?」
エリオットは俯いた。手錠をガチャガチャと鳴らしながら、棺桶に花を投げ入れた。
「くそ、やっぱり嫌いだ本家は!」
「ありがとう。さて」
レオンは、教会の隅を見た。ハルバも釣られてそちらを見るが、何もなかった。エリオットの顔が、蒼白になる。
「復讐も済んだことだし、葬儀を壊してくれたお礼をしようか」




