わるいみほん
フラウは、毅然として言い放った。それを言わせない為に。
「私たちに、罪はありません」
「……へえ」
エリオットの低い声が聞こえた。講壇の上で握った両拳は、汗をかいていた。
「一族皆に罪があるなんて、極論も良いところです。たしかに、ディアルのような愚者もいます。“才能”を偏重する風習もあります。そして、“才能”が無い人物を軽んじる風潮も。ですがーー」
「心がこもっていませんね」
左肩に手が置かれる。「僕のことを覚えてもないくせに」
皮肉げに囁かれる言葉。喉に突きつけられる切先に、ごくりと喉が鳴る。だが、フラウが本当に恐れているのは、そんな凶器などではなかった。
「もっと、自分の行ないを省みてくださいーー貴女の娘は、どうして死んだのですか?」
「私の娘は、ソフィア、は」
その言葉を聞いた途端、フラウに未来は視えなくなる。
真っ暗だ。後ろにしか道がない。だからフラウは、悔恨とともに、振り返ることのなかった……見ないようにしていた道を、辿り始めた。
「ソフィアは、“才能”を強要する私に、私、に」
『ほら、才能が無い子は、ああやって家を追い出されるの。でも、貴女は大丈夫、私の子だもの』
遠い昔の、誰かの声が、フラウの脳裏に甦った。
「貴方は……」
「やっと、思い出してくれましたか? フラウ伯母さん」
馬車に詰められて、どこかへ連れて行かれたのは誰だったか。
私が“わるいみほん”として示したあの子の名前は。
「罪を、話します」
フラウは、まっすぐ前を向いた。怒号が飛んでくる。好奇心の視線がフラウを突き刺す。
「私は、くだらない幻想で娘を殺し、そして。ダグラスは、魔法使いの一族は、英雄と、罪なき人々を殺しました。そして……これからも、その幻想は、人々を殺し続けるでしょう……」
声が震えた。口に出してしまえば、認めてしまったも同然だ。
「私たちは、王さえ殺したのですから」
ある者は怒り、ある者はさめざめと泣き、ある者は笑い出した。そして、ある者は……フラウと、同じ表情をしていた。
やっと話せる、やっと向き直ることができる……それは、少しの安堵。楽になりたいという感情を突き詰めた先の笑み。
「……なぜ、さきの大火で、ダグラスだけが生き残ったかをご存知ですか?」
罪を最大限にするために。もっとも酷い罰を受けるために。フラウは、最大の秘密を、最悪の形で明かす。
「それは、大火を予知できていたからです。私たちは、たくさんの人たちが死ぬとわかっていました。けれど、見殺しにしたんです……愚かな王を殺すために」
幼い女王陛下を見れば、彼女は隣に座る機嫌の悪そうな公爵に半眼をくれていた。興味なし。そう言いたげだ。
彼と彼女の反応こそが異常。フラウが明かした言葉に、傍聴人と書記係の間の空気は揺れた。
「事前に知らされていたというわけではないのか」
「予知!? そんなもの、あるわけがない」
「けれど、彼らは何度も不自然な生還をしている。考えられない話でもない」
やがて、群衆の視線はフラウと、種々様々な反応を示すダグラスの元へ。
「ふん、馬鹿らしい」
一人の男が、体裁を取り繕うように言う。彼はフラウのことを指さした。
「そこの女が言っていることは出鱈目だ。予知なんて、あるわけが無いだろう」
彼がしていることは、まさしく悪あがきだった。エリオットの笑う声が聞こえた。フラウの眼前に、紙の束が置かれた。
「読んでください。彼のことが書いてあります」
「……ライケット・オリヴァー、六十歳。爵位は子爵。地方監察官として王国各地を転々とし、その最中に戦争に徴収される。現在内務省総合監察官。殺した人数は、十二名。うち四名は戦死。二名は自殺。六名は、不審死」
遠い位置にいるフラウにすら、ライケットの顔色が悪くなるのが見えた。
「貴方、どうして黙っているの?」
ライケットのそばにいた妻らしき女が、不安そうに、彼の袖を掴んだ。「続けて」
「……妻、ネリアには、恋人がいたが、戦死。上述四名のうちに入る。しかし、関係者の話によれば、その死には疑問がつきまとうーー彼が死んだ時、ライケット以外の目撃者がいなかったからだ。彼らは、偶然二人きりの時に敵兵の襲撃を受けた」
「貴方」
縋るような声を出すネリア夫人。ライケットはもはや色を失った顔で言う。
「証拠は、どこにもないはずだ」
「そうですね。いくら貴方が邪魔者を排除しようと、それは過去の話。ですが、これから起こる話ならばどうでしょう?」
「なにを」
エリオットは、ナイフを持ちながら器用にピースをする。いやちがう、これは、ある日付を表している。
「予言しましょう。近く殺されるのは、内務副大臣付きの秘書官、ブラン・ルージュ氏。彼は二日後、グランテ地方査察に同行した際に殺されます。死因は大量出血によるショック死。地元民によって、ナイフで三十四箇所を滅多刺しにされます。ナイフの出所は、ラグル商会。そして、犯人は正確には地元民ではなく、グランテ領主の子飼いの暗殺者です。ルージュ氏は現在、グランテの穀物生産量について調べられていますから、生産量を誤魔化して王都に納める分を減らそうとする領主と、ルージュ氏を殺して監察官を卒業したいオリヴァー氏が手を組んだというわけですね。さて、ここまで言えばおわかりでしょう、ブラン・ルージュ秘書官」
エリオットはとある人物を指さした。そこには、淡い金髪に褐色の目を持つ男性が座っていた。彼は、ライケットと同様、顔を蒼くしながら言う。
「なぜ、なぜ査察の目的を知っている? 提出した書類には、ただ定例の査察だと」
我が意を得たりと、エリオットは頷いた。
「そう、いくら私が警邏官僚とはいえ、書類に記されていないことを知る術はありません。ましてや、今回の査察の目的は、貴方以外には知りうるはずもない」
「そうだ、それならなぜ、君は、いや、オリヴァー監察官は、私の目的を知っている?」
「予知をしたからですよ。一週間前、貴方が自室で、各領地の穀物生産量を調べ、『グランテはもしや、量を誤魔化しているのか?』と呟くのを」
たぶん、一言一句正しかったのだろう。ブランが、がくがくと震え始める。
「……と、このようにして予知を悪用するのも、ダグラスの罪に数えられるかもしれませんね。さあ、フラウ伯母さん、続けてください」
王を見捨てたという最悪な暴露。それに最悪を上塗し、罪人は、罪人の声を封じた。
新聞記者達は、手帳にそれを綴っていた。彼らが暴かなくとも、エリオットの言葉はいずれ真実だと証明されるだろう。「調べてくれ」と言わんばかりに、わざわざ事細かに、客席にいる官僚達に情報を与えたのだから。
目を閉じる。息を吐く。教会は、静まりかえっていた。
「さあ、原初の罪に立ち返って」




