疑心
センサー持ち女王陛下
報告漏れ。そんな一言で済ませることはできなかった。
ジルトがいつの間にか所持していた刃。あれは、おそらくスピレードが死亡するまでのわずかな間、エリオット青年がジルトを見張っている時に手にしたものと見て間違いないだろう。
彼は信用できない。警邏官僚であり、その世論操作能力は重宝する。が、なにせ、彼は英雄信者であるから、本来はガウナの敵なのである。
一時的な利害の一致。それも終わりを迎えるだろうと、ガウナは言っていた。
……ここからは、分かれ道だ。
と、いうようなことを考えていた時、クライスは絶賛ジルトを見失っていた。
早朝。学園から出て、葬儀の会場である教会の門の前にいたところまでは見た。それなのに、彼は忽然と消えたのである。
門の前にいた警備員に、灰色の髪の少年が来なかったかと訊くと、たしかに来たという答えがあった。だが、敷地内に通した覚えはないという。少年も、「まあそうですよね」と呟いて、諦めた様子だったとか。
クライスは立ち止まり、しばらく考えた後、学園へと引き返した、ふりをした。
ジルトに伝言を頼みに来た少女は、「葬儀の日に会いましょう」と言っていた。新聞社社員が言いかけたことからすると、最近ガウナについてなんらかのことを彼らに吹き込んでいるのだと思われる。それも、新聞社の連中が喜ぶ良くない情報を。
貧民街の男たちに金を握らせて調べた情報によれば、ジルトの言った通り、彼女は骨董商を営んでいるらしい。しかし、そこには不思議な部分がある。
第一に、彼女の素顔を見た人物はいないということ。彼女は常にフードを被っており、声と背格好からして少女だと推測できるのだという。
第二に、貧民街という治安の良くない場所で商売を営んでいるにもかかわらず、少女がまだ生き残っていること。襲われているには襲われているのだが、少女に近づいた人物は、いつの間にか死体になって発見されている。第三に。
クライスは、飲んだくれの男が言っていたことを思い出した。
『俺が酔ってたからかもしれんがあ、ひっく、店じまいしてたかと思ったら、消えたように見えたなぁ?』
昨日の新聞でも、エリオット・ノーワンの記事と共に、彼女のことが取り上げられていた。そこには、こう書いてあったーー幽霊のような少女。
新聞社にふらりと現れては消える。それが比喩でないとしたのなら。
『ま、十中八九 魔術師の類だろうね』
彼の主人はそう言っていた。日程調整を終えた彼の顔は清々しさに溢れていた。
『それにしても、刀剣類……骨董商か、なるほどね……同類には同類だ』
何かを思い出すように呟き、彼の主人は静観を選んだ。
『見失うだろうけど、ジルト君のことは尾けておいてくれ。その子を油断させるためにもね』
幽霊のような少女。その記事を見た途端、ジルトの中でも納得がいった。
ナイフを買った後に姿を消した少女。あれは見間違いなんかじゃなかった。やはり彼女は、姿を消す魔法か魔術を持っているのだ。それを使って、葬儀の日にジルトに接触をしようとするに違いない。
「おはよージルト! 良い葬式日和だね!!」
「どっから入ってきたお前ぇ!?」
だからといって、学園の男子寮に突撃訪問してくるとは思わなかったけれど。
そういうわけで、ジルトは姿の見えないチェルシーと共に学園を出て、あたかも一人で来たかのように見せかけた。そして、門前払いを食らった後、チェルシーに言われるがままに手を繋ぎ、姿を消すことに成功したのである。
クライスが学園の方に引き返すのを見届けてから、その後にやってきたフラウの後について入場。あまりにも上手く行き過ぎるので、その理由を聞けば、「協力者がいるんだ」とのことだった。それにしても、クライスはあっさり帰り過ぎではないだろうか?
などという、一抹の不安を抱えつつ。
「えへへ、私の英雄君〜」
続々と弔問客が訪れる受付にて。ジルトの胸に頬擦りするチェルシーは、なんだか危ない声色だった。ジルトはそれをはいはいと受け止める。声色はともかく、頬擦りはリルウで慣れているからだ。
珊瑚色の髪に青緑の瞳、チェルシーという名前しか教えられていないが、その容姿と名前で、ジルトには、あの時の少女だとわかった。そして、彼女が何をしたいかもわかってしまった。痛いほどに。
「ていうか、くっつく必要ないだろ。手を繋ぐだけで姿が消えたんだから」
「あ、気付いた?」
少し残念そうなチェルシーは、それでもなお離れない。
「でも、この音、気になるでしょ? 私が何をしようとしているか、わかってきたんじゃない?」
「……」
そう、互いの心臓の音に混じって聞こえる、微かな金属音。それを伝えるために、チェルシーはわざと密着している。ローブを着たチェルシーが、その中に隠しているものは、きっと。
「四年前の続きって言ってたな。復讐か?」
「さあ?」
ことり、と首を傾げるチェルシー。この期に及んではぐらかすような答えに、ジルトは半眼になった。チェルシーの手を持ったまま、一旦チェルシーから離れ。
「ふえ?」
チェルシーが間抜けな声を出す。チェルシーは小柄だ。だから、こうやって思い切り抱きついて拘束してしまえば、動きを封じられるはず。
「え、え、なにして」
「声を出すとバレるぞ」
ジルトはチェルシーの耳元で囁いた。なぜか顔を赤くするチェルシーを抱きしめたまま、ローブの中に手を伸ばし、それを探り当てようとする。
「……そっちかぁ」
実に器用に、チェルシーはジルトの腕をそっと外して抜け出した。少し残念そうに言う。
「そっちもどっちも無いだろ。ほら、お前の持ってる剣、寄越せ」
「ドキドキしたのに……」
ジルトとチェルシーがあくまでも小声で戦いを繰り広げていた、その時。
「なんだか良い匂いがする……例えるならお兄様のような」
その声は、この国で一番偉い女の子の声である。ジルトとチェルシーは、一瞬にして黙った。
「それといっしょに、発情したメス猫の臭いがするわ」
「ああ、リルウ陛下おいたわしい。後見人が後見人なばっかりに、そんなお言葉遣いをなさるとは……」
わっ、と泣き出すフラウ。
「風評被害甚だしいよ。リルウのこれは父親譲りだと思うよ」
火に油を注ぐガウナ。
……女王陛下と宰相が、受付にやって来たのである。
「ようやくお出ましだ」
それまでのふざけた雰囲気から一変、チェルシーは獰猛な笑みを浮かべた。
「役者は揃った、断罪の時だ」




