彼女の憂鬱
なんかこのテンションで行けば乗り切れるって時ありますよね
アドレナ家の繁栄は、一代に始まり一代に終わる。
ファニタの記憶に遺る父は、丸眼鏡をかけていて、優しい表情をしている。趣味の民俗学研究が功を奏し、八年前、領地はないが男爵の位を賜った。
少し研究にのめり込んでしまうところもあるが、家族を蔑ろにしない、良き父であったのである。
父の棺の前で、幼いファニタは泣いていた。
そのファニタに、そっとハンカチを差し出した男が発した言葉が、全ての始まりだ。
『お父様のご遺志を継いでください』
その時のファニタは、涙ながらに頷いた。
父は誰のものかわからない馬車に轢かれた。発見されたのは、すでに事切れた後だった。
馬車による轢死自体は、昨今珍しくない。雨の降る日は、視界不良によって、よく引き起こされる。だが、父が死んだのは、太陽が燦々と照る日だった。
こんな良い天気なのに死ぬのは、本当に不幸だと。
父が懇意にしていた同僚……、ファニタにハンカチを差し出してくれた男が、そう嘆いていた。
父が死んでから、アドレナ家は没落した。ちょうど父が死んだのが、あの王都の火災直前だった。奇跡的に、ファニタと、その家族は助かった。
トウェル王……今は亡きリルウの父の命により、爵位剥奪に遭い、火災の前に、地方の親戚の家に追われるようにして逃れたからである。
父の非業の死。そして、残された研究。元同僚による発破の言葉。
ファニタを奮い立たせるには十分だった、はずだった。
はずだったのに、ファニタは違和感を拭えないでいる。論文を読むたびに、その違和感は強くなっていく。
父の研究は、あまりに寸止まりだった。まるで、意図したみたいに。
学園に入学したのは、冷却期間が欲しかったからだ。父の研究を継ぐか否か。今でも父の元同僚からは、遺志を継ぐようにと手紙が送られてくる。その度にファニタは、憂鬱な気持ちになってしまう。
そんな憂鬱な気持ちをひっくり返してくれるカンフル剤こそ、あの少年なのだ。
灰色の髪に草色の瞳を持つ少年。いつもいつも面倒臭そうな顔をしているが、この学園で押しつぶされそうだったファニタを一番に助けてくれた恩人。そしてーー
「あぁああっ、私の馬鹿ぁ! うううーっ!!」
寮部屋のベッドで、ファニタは悶えていた。制服を着たまま、枕に頭をつけ、足をバタバタ動かす。
「なにが、官僚になって私と結婚よ! 絶対ヒかれた!」
実際ジルトには結婚のくだりは聞かれていないのだが、ファニタは羞恥心に塗れていた。
「レネもレネよ! 脈アリかもって! 〜〜ッ!!」
レネとは、ファニタの親友のレネ・フロワージュのことである。ジルトにモゴモゴ言った後席に戻ったファニタをからかってきた。彼女は生粋の侯爵令嬢でお高くとまっているところもあるが、根は素直でゴシップ好き。
からかいながらもファニタを応援しているのだが、その思いが彼女に届く気配はない。
「よしっ!! これなら明日は大丈夫ね!!」
一通り悶えた後、ファニタはばっ! と顔を上げる。
「この能天気さを引きずれば、明日アイツにも勝てるはずだわ!!」
明日は休日。手紙の主との決戦の日だ。ご遺志なんて知るものかと突っぱねてやればいい!
ーー翌日。
夕暮れの王都を、とぼとぼと歩く彼女がいた。
ーー翌々日。
ファニタは真剣な顔をして、ジルトに懇願した。
「私、ダグラス様のことが好きだったの! ジルト、取り次いでくれない?」
「いやダグラス様って誰だっけ」




