陰謀
空はよく晴れていた。
教会の屋根は磨き上げられたかのようにぴかぴかと光っていて、ハルバの心の慰めになった。
今日は、父の葬儀である。
喪服に身を包んだハルバは、レオンと共に、教会の受付へと向かった。
「おはようございます、フラウさん」
レオンとハルバが挨拶をしたのは、茶髪に黒い瞳を持つ女性。頬がこけて不健康そうな彼女の名前は、フラウ・アルネルト。ハルバも今回初めて知ったが、あのソフィア・アルネルトの母親である。
「おはよう、レオン君、ハルバ君。今日はよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
三人の間には、穏やかな空気が流れていた。基本的にダグラスの傍流は、今の呑気な本家を嫌っているのだが、家出した自身の娘が亡くなった(正確には国外逃亡とされているが、それは公爵の仕業であると見て違いない)彼女は、考えを改めたらしく、ハルバたちを好意的な目で見てくれている。
「家族を亡くした悲しみは、亡くした人にしかわからないわ。たくさん嫌なことを言われるかもしれないけど、そんな時は私に言ってね。とっちめてやるんだから!」
力こぶを作ってアピール。ハルバとレオンは「ありがとうございます」とお礼を言った。
「あと」
フラウは躊躇いがちに言った。
「私が、何か馬鹿なことをしそうになったら止めてほしいの。今日は、純粋に、カルキ様を弔いたいから……」
彼女の黒色の瞳には、少しだけ憎悪がのぞいていた。娘を殺したかもしれない男が、今日の葬儀に出席をするからだ。
レオンとハルバが頷こうとした、その時。
「作戦会議か? 女狐が、今度は本家の男どもを誑かそうというわけか?」
「……ディアル」
現れたのは、ハルバたちの叔父である。レオンとハルバが挨拶をすると、ディアルは嫌な笑みを浮かべた。
「こんな女に騙されるでないぞ、お前たち。娘を亡くしたからといって、すぐに心変わりをするわけがない。この女は、本家下ろしの急先鋒だった女だからな」
「それは貴方もそうでしょう? 予知能力においてはカルキ様より優れていたのに、ディモンド様に認められなかったからって、惨めったらしく本家に執着して」
「ああ!?」
ばちばちと火花が散っている。レオンが昨日教えてくれたことだが、フラウとディアルは元は本家下ろしの急先鋒であり、同盟を結んでいたが、フラウがソフィアの件で心変わりをしてその同盟は決裂。二人の仲は、最悪なものになったらしい。
「ちっ、ほらよ献花料だ」
雑に机の上に投げ出されるそれに、フラウは眉をひくつかせた。
「もっと寄こしなさいよ、器の小ささが見え見えよ。貴方が今日のために払った額くらいは欲しいわね?」
「このクソアマが!」
ずんずんと葬儀場へと進んでいく背中を見送って、ハルバは心配そうにフラウを見た。
「だ、大丈夫なんですか、フラウさん。あんまり刺激しない方が……」
「あら、あの男にはあれくらい言わないと。ね、レオン君」
フラウがレオンの方を見る。レオンは頷いていた。
「そうそう。ディアル叔父さんは、僕たちのことを殺そうとしているからね」
「!?!?!?」
ハルバがぎょっとしてレオンを見ると、フラウは「あら、言ってないの?」とレオンを見た。
「あまり心配をかけたくなかったんです。ハルバは出席者の顔と名前を覚えるのに必死だったし」
「だからって、そんな重要なことを隠しておくかよ?」
「貴方には他の役割があるでしょう?」
フラウは優しくハルバの肩に触れた。
「ダグラス同士の足の引っ張り合いなんて、前座に過ぎないわ。内輪揉めというのは最も不毛な行為よ。そんなことをしている間に、あの男に全部持ってかれてしまうかもしれないし」
「あの男って、もしかして」
「そう、アウグスト宰相。貴方がしなければならないことは、彼の監視。その目でしっかり視ておいてね」
フラウにウインクされ、ハルバはレオンとフラウ、両方をジト目で見た。
「どうしてわかったんですか?」
「お前が帰ってくるのが早過ぎたからだよ。これは目覚めてるな、と思った」
「使者を送ってからの対応が早過ぎよ。あと、私が視ようとしても視えなかったから、もしかしてと思ったのよ」
二人に言われて、ハルバは肩を落とした。
「それなら、ディアル叔父さんにも」
「バレてる。だから、あの男はそれが明るみに出ないうちに、貴方を殺そうとしてるってわけ」
俺のせいじゃん、と蒼白になるハルバの頭を、フラウはよしよしと撫でた。
「どちらにせよ、あの男は傲慢だから、貴方が目覚めようと目覚めまいと殺しにかかってきたはずよ。それに、あの男の手の内はわかってるってアピールもしておいたし」
「あれってそういう意味だったんですか」
“貴方が今日のために払った額”。どういうことだろうと密かに思っていたが、あれは殺し屋を雇った時に払った金を指していたのである。
「さて、ディアルに釘も刺したし、あとはアイツが罠にかかってくれるのを待つだけね」
「え?」
「貴方たちを死なせはしないわよ。でも、それだけじゃ足りないから、ちょっと一工夫加えさせてもらったわ」
フラウは、ふふっと笑って、小声で言った。
「倍の金額を払って、殺し屋さん、買収しちゃった」
などという会話を聞きながら、ジルトはそのやりとりに寒気を覚えざるを得なかった。
ーー怖え! ダグラス怖え!
ジルトが今いるのは受付。だが、その場の誰もジルトには気付いていなかった。なぜなら。
「えへへ、こうしてくっついてると、恋に落ちる予感がしてこないかい?」
「まったくしてこない」
ぴったりとくっついてくるのは、通行人Dことチェルシーちゃんである。
ジルトが身をよじると、「私とくっついてないと、貴方の姿見えちゃうよ? そうしたら、せっかくの作戦がパーだ」などと言って脅してくる。
「いや、俺としたら見えても別にいいんだけど」
「私を止めたいんでしょ?」
「……」
「それなら、ずっとこうしてて」
甘えるように言うチェルシーに、ジルトはため息を吐く。こうして密着していると、互いの心臓の音が聞こえて、そして。
かしゃん。
チェルシーが身じろぐたびに、その微かな音が、ジルトの耳に届いた。




