二日前。恩人殺し
夜でも鮮烈な赤色の瞳を煌めかせ、幼女はソフィアに問うた。
「お前のおかげで戦争の準備が整った。ありがとな」
「いえ……でも、本当に戦争をするんですか? わざわざ戦争反対派の人たちまで殺して」
「もちろん」
その続きは言葉に出さずに、セブンスは微笑んだ。ソフィアはその唇の動きを読んだ。
「そうですか。それはそうですよね」
ソフィアもまた笑って言った。
「それで、お前はどうなんだ? 明後日の葬儀、きっとあの男も出張ってくる。復讐するなら絶好の機会だぞ」
「そうですね。そうしたら、社長のお墓に、素敵な報告ができますね」
ソフィアの気持ちは変わらない。まずは第一歩。この手に握った刃で、あの男を殺すのだ。
葬儀は二日後。
昨日早速使者からの手紙を受け取ったガウナは、関係閣僚の日程調整に奔走していた。
亡くなったカルキ・ダグラス外務大臣は、ガウナと違って人望がある。穏健派だが、戦争に関すること以外では柔軟に動き、後輩の面倒見が良い。
実際ガウナというどこの馬の骨かわからない人物のことも、一応は宰相と祭り上げてこき使い、こき使われてくれた。ひよっこリルウ政権が今日まで存続できたのは、カルキのおかげでもあるのだ。
つまり、ガウナにとって、カルキは恩人であるということだ。
ーーまあ、それとこれとは関係ないんだけど。
窓から見える、満点の星空を見上げた。あの星々の中に、彼も仲間入りしたというわけである。
ガウナは伸びをして、窓枠に置いてあるコーヒーカップを取った。机の上に置くとうっかり書類に零してしまいそうだからだ。もうすっかり冷めきったそれを一気に飲む。砂糖も何も入れていない、あと少し、ラストスパート。
「終わった……!」
書類に連ねられている名前たちと苦労を分かち合いながら、ガウナは思わずガッツポーズ。
裁判の書類、人事の書類、嘆願書に、雑事に関する訴え。数多くをこなしてきたガウナだが、今回は骨が折れた。なにせ、カルキと関わってきた人物は多数にわたる。
中立派のマルクス財務大臣をはじめ、ガウナと敵対している内務副大臣でさえ、良い関係を築いていたのである。
葬儀の日であれど、政治は回る。それに、王城を空にするわけにはいかないので、今回の采配は慎重に慎重を期した。
ガウナに表面上は味方してくれている軍部は、快く王城の警備を担ってくれた。彼らとしても、非戦派であるダグラス外務大臣に反発を持っていたので、出席しない言い訳ができて都合が良かったのだろう。
この調整の仕方も、カルキが教えてくれたことである。(ちなみにスピレードからは人を言いくるめる方法を教わった)
まったく、良い人材に恵まれたものである。
暗闇に閉じ込められていた自分がここまで成り上がることができたのは、彼らの教えがあったからだろう。
ガウナは、静かに祈りを捧げた。天国と地獄両方に。
その時だ。
「なに感傷に浸ってるのよ」
寝ていたはずのリルウが、目を擦りながら部屋に入ってきた。
「お子様は寝る時間だよ」
「すごくたっぷり寝たから」
そう言って、リルウはガウナが完成させた書類を見た。
「よくできてるじゃない。流石宰相様ね」
「ありがとう。寝ずに頑張った甲斐があった……」
「あんまり無理しないでね」
「うわ、やさし。きもちわる」
気が抜けて眠いからか、本音が口をついて出た。このお兄様至上主義な少女の口から、ガウナを労る言葉が出てくるとは。リルウはむっとしていたが、次には紅い瞳をすっと細めた。
「ここと、ここ。入れ替えた方がいいわ」
とんとんと書類を指差して言う。ガウナは書類を覗き込んだ。衛兵と近衛兵を全ての時間帯で王城に割り振るのはもちろんのこと、内務副大臣派はばらけさせた。それを踏まえた上で、リルウはマルクス財務大臣率いる中立派の人間をもばらけさせようとしている。
「どうして中立派を?」
「マルクス財務大臣は、信用ならないから」
紅い瞳は冷めていた。その瞳は、四年前、または十五年前に見た彼の瞳そっくりだ。
「どっちつかずの蝙蝠も、そろそろ覚悟を決める頃だわ」
「僕を裏切る覚悟を?」
「そう。だから、貴方も覚悟を決めなければならない」
リルウはガウナに書類を渡した。その容姿にそぐわぬ傲岸不遜な笑い方。けれど、あの男の娘としてはこれ以上ないくらいに似合っている。
「次の恩人を、殺す覚悟を」
「覚悟はできてるよ。とっくの昔に」
ガウナは微笑んだ。窓の外を指さす。
「恩人だろうがなんだろうが、全ては“あの子”に捧げる屍なんだから」
魔女は愛を謳う。その真っ直ぐさを見て、リルウはそれをちょっぴり羨ましく思った。
誰が去って行っても、彼には“彼女”がいる。殺す大義名分がある。“彼女”が望むと望むまいと、愛という理由のもとにどんなに残忍なことでもやってのける。
恩人殺しの覚悟がないのは、リルウ自身だ。
頭を撫でてくれる手は、大きくて優しかった。
十一年前、一族の集まりにて。六歳だったエリオットは、カルキと出会った。レオンの演説が受け入れられているのを聞いて、才能がなくても生きていけるのだと思い知った。
でもそれは本家の話。傍流であり、ダグラスの血が薄いノーワン家は、誰よりも魔法使いであることに執着し、誰よりも才能を重んじた。
だから、少しだけ前を向いたエリオットに待っていたのは、勘当からの身売りである。そこで、彼の人生は完全に狂ってしまった。少しの希望が、絶望をより深くへ導いたのである。
八つ当たりなことはわかっている。けれど、持たざるものの恨みは大きい。
特にあの次男坊。才能を眠らせ、本家というだけで無能を許される。近頃前を向き始めたようだが、そのきっかけというのが、またエリオットの癪に障る。つまりはまあ英雄の生まれ変わりが近くにいることが気に入らない。というか親友ポジションであることが気に入らない。
シリウス・スピレードという変人の元に売り飛ばされ、そしてチェルシー・ディーチェルに唆され、エリオットの劣等感やもろもろはねじ曲がってしまったが。一言で言えば、本家が嫌い。これに尽きる。
あの逮捕劇で、ジルトの中のエリオットの株は急降下しているだろうが、自己満足と割り切ってしまえば別に傷つくことも……。
『甘えるのも大概にしろよ。あの少年に何を背負わせる気だ?』
そんなことを言えるのは、人を慮ったことを言えるのは、お前達が持ちすぎているからだ。
足りないものを人に求める、それこそがダグラスの、魔法使いの本質なのに。
「ぜんぶ足りないんだ、だって、お前達がぜんぶ持って行ったから」
子供のような恨みごと。それを吐き続ければ、真実になると信じているかのように、エリオットは、遠い昔の感触を忘れるように、頭を振った。




