二日前。情報収集
ハルバの部屋から追い出されたジルトは、自分の部屋に帰り、今度はぼうっとしないように気を引き締めた。
ハルバは、強くなるからと言ってくれた。公爵に誰も殺させたくないと言ったジルトの意思を汲んで、ファニタと共に、『魔女の信徒』の場所を予知で突き止めてくれた。
死ぬ前に自分に会いにきて、リルウの味方になることを頼んできたカルキ。父の死を受け止め、次の行動に移ろうとしているハルバ。ジルトが呆気に取られている間に、事態はどんどん進んでいく。こんなところで立ち止まっている場合ではない。
ジルトには、全体像がわからない。けれど、様々な人物の思惑が重なっていることだけはわかる。
『四年前の続きをしよう』
そう言って、ジルトにナイフを売った骨董商の少女もまた、何かを企んでいるに違いない。
ここで、ジルトは考える。
ーー俺にこのナイフを渡したことは、きっと意味があるんだろうな。
ナイフを買ったのは、貧民街の近くだった。そこは四年前に焼けてできた場所である。そこは、ドラガーゼ公爵家もあった。かつての王宮に近く、貴族の邸宅が並んでいた場所は、今は皮肉にも、今日を生きるのに精一杯な人間が暮らしている場所だ。
故に、闇市が発展しており、大通りで買えないようなものも売っているのである。だからジルトはそこに赴き、対クライス用もとい護身用の武器を買いに行ったわけだが。
ジルトは、机の引き出しからナイフを取り出した。なんの変哲もないナイフだ。絵の具を削っただけで、幸いにもまだ人の肉は切っていない。この先切ることがないように祈るばかりだ。
「でも、アイツは、俺にこれを使わせたいのかな」
四年前。むせ返るような血の臭い。父の背中に深々と刺さった銀色。炎と、あの男の銀髪。
かたかたとナイフが震えた。いや違う、震えているのは、ジルトの手である。その手を押さえつけて、ジルトは息を大きく吐いた。ナイフを鞘に収めて、引き出しにしまう。
四年前の続きというのが、そのことを指すのなら、ジルトは少女のことを止めなくてはいけない。これ以上、あの男の被害者を増やすわけにはいかないからだ。
認めよう。スピレードの時も思ったが、誰もアイツに勝てるビジョンが浮かばない。アイツはやたらと余裕そうな顔をして、あのふざけた魔法だか魔術だかで、平気で人を殺していくのだ。
だから、門番のフレッドが教えてくれたことは、ジルトにとっては天啓だった。
それは、例の喫茶店に出掛ける時のことである。
「あー、伝えるだけなら良いよな? 接触はしてないし? 先輩は死なせる気だろうけど、そんなの後味悪いし」
何か言い訳がましく言って、フレッドは誰かからの伝言を伝えてくれた。
「葬儀の日に会いましょう、だってさ。怪しい女の子が、そんなことを言ってたぜ」
「葬儀……」
それはきっと、カルキの葬儀を指すのだろう。だが、まだ情報が足りない。
「だから、教えて欲しいんです」
神妙な顔をして、ジルトは黒髪の青年に訴えた。
「それは答えかねます」
撃沈。呼び出したクライスに、「公爵は何をしようとしてるんですか?」と馬鹿正直に訊けば、「何言ってんだこの人」という顔で返された(無表情)。
「ケチ。腹パンした代わりに教えてくれてもいいじゃないですか」
作戦とはいえ、三度目の攻撃は腹に堪えた。ジルトはコーヒーを飲みながら、恨めしそうにクライスを見た。クライスはカフェオレを飲んで済まし顔をしている。
ジルトはそれとなく周囲の会話に耳を傾けた。ざわつく店内。クライスは気付いていないだろうが、公爵の従者である彼は、それなりに有名人なのである。
スピレードの時は“教え子”によって人払いをされていた。アントニーに接触した時は、人の少ない時間帯を選び、彼の耳にジルトたちの会話が入るようにした。そして今日は、仕事終わりの彼らがいる時間帯を選んで入店した。
彼らとは、他でもない。
「おい、アイツって」
「従者ですよね? 公爵の」
「こんなところにいていいのかな。外務大臣が死んだばっかりっていうのに」
「だからじゃないか? 公爵の天敵が一気に死んだんだ。余裕があるんだろ?」
そう。ここは、新聞社が集まる通りに面した喫茶店。仕事終わりの彼らはクライスに気付き、勝手に噂話を流してくれている。
つまり今度は逆。誰かに情報を流すのではなく、新聞社社員に、クライスもとい公爵の噂を流させるわけである。
クライスが何かを喋ることなど期待してはいない。それなら存分に餌になってもらうまで。
「しかし、ようやく公爵は戦争に舵を切ったか。いいことだ」
「どこが? あんなのパフォーマンスに過ぎないだろ? 金と支持率目当てに決まってんだろ」
「でも、あの天敵のダグラス外務大臣を排除したんだぞ。並大抵の覚悟じゃできないよ」
「マルクス財務大臣がかわいそうになってきた……」
クライスは、真っ黒な瞳でジルトを見た。
「アドレナ様の入れ知恵ですか」
「さあ?」
流石に気付いたらしい。まさにその通りだったが、ジルトはさっと視線を逸らしてコーヒーを飲んだ。
「あの少年、この前もいたような気がする」
「従者と一緒にいるのか。公爵派だったり?」
「あの制服ってセント・アルバートのだよな? 調べてみるか」
ファニタが言っていた。この手は一長一短だ。クライスを晒すことにもなるが、必然、そのクライスと一緒にいるジルト自身も晒すことになるのだと。
だが、それは好都合だった。周りに聞こえるように言う。
「ところでクライスさん、俺に伝言を残した子って、誰だと思います? 今のところわかってるのは、貧民街にいた骨董商っぽい子なんですよね」
「それは、こちらもわかりません」
今度はクライスも本当にわからないようだった。
「貴方が釣り上げた変人なのでは」
「どう言う意味ですかコラ。じゃ、エリオットって人は? 俺がカルキさんと話してる時に、カルキさんを逮捕しにきた警邏官なんですけど」
空気が張り詰めた。ジルトたちの会話に耳を傾けていた社員たちが、一気にざわついた。
「あの少年、逮捕現場にいたのか!?」
「たしかに、セント・アルバートでの逮捕劇だったとは聞いたが……」
「エリオット? なんか、どっかで聞いたことがあるなぁ」
「それより骨董商の少女って、もしかしてあの子じゃないか? ほら、よく情報提供をしてくれるあの子」
「あー、あの子! 最近公爵についてげふんげふん」
最後はクライスをはばかってであろう。だが、クライスの耳にはしっかり届いていたようで、ピクリと眉が動いた。そんな間にも、彼らの会話は続いていく。
「どうやら、その骨董商の少女を調べる必要があるようですね」
「大いに調べてください。そんで、俺に還元してください」
ドヤ顔で言って、ジルトは残りのコーヒーを啜る。
「良い結果を待ってます」
それは、別にクライスに向けた言葉ではないのである。
裏を返せばガウナ君は新聞社の人間を…




