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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
見放し見限り、見捨てられ
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番外編 セント・アルバート学園入学式

いつか書こうと思っていた出会い編。

空は明るく晴れているのに、ファニタの心は真反対だった。


父が死んで、そして王都の火災があって三年。田舎に家族を残し、ファニタだけが不安の中、王都ソマリエに舞い戻った。その目的は、セント・アルバート学園への入学。


父の遺した論文『アッカディヤの魔術儀式』の完成を急かしてくるゴート・アゼラ伯爵の声から逃れたかった部分もあるし、それになにより。


『私も、ガイアスさんも、セント・アルバートを卒業したのよ。だから、ガイアスさんが寄贈した書籍が、図書館にはたくさんあるの』


父との馴れ初めを語る母。学者肌な庶民出の父と、元侯爵家でお嬢様だった母は、いわゆる恋愛結婚だ。母は侯爵家から来るお見舞いを蹴って、父と駆け落ちしたらしい。


ーー父様の本が、ここに。


三年前に焼け落ち、敏腕学園長によってあっと言う間に再建された、白亜の建物。驚くべき広さを誇り、王国の知識を結集させたそここそが、ファニタが今日から通うセント・アルバート学園である。




ファニタはまず、門番らしき男に声をかけた。


「おはようございます! 私、今日からセント・アルバートに入学するファニタ・アドレナといいます!!」


その青年は、不審な顔をした。手元の懐中時計とファニタの顔を交互に見て、一言。


「早くないか?」


言われて、ファニタの顔は一気に赤くなった。入学式は、九時から。今は七時なのである。


周りを見れば、人っ子一人もいない。済んだ朝の空気があるだけである。


「一人はいるんだよなあ、緊張して早く来ちゃう子。まあ、追い返すのもなんだし、入ってくれ」

「は、はい! ありがとうございます!!」


苦笑する門番、直立不動のファニタ。そんな空間に、一つの足音が割り込んだ。


「来たか、ファニタ・アドレナ。待っていたぞ」

「は?」


門番の訝しがる声。学園の玄関から出てきたのは、ブラウンの髪に薄青の瞳を持つ男だった。


「何やってんすか、学園長?」


この人が。


ファニタは、学園の入学許可を知らせる書類に書いてあった、几帳面なサインを思い出していた。そのサインを書いた人物らしく、気難しそうな顔をしている。常に眉間に皺を寄せ、人を冷たい瞳で射抜くのは、セント・アルバート学園の学園長、エベック・クレア。


エベックは、「着いてこい」と言って、くるりと背中を向けた。ファニタは門番に頭を下げて、エベックの後を着いていく。


「あ、あの! 入学を許可してくださって、ありがとうございました!!」


本来なら、ファニタのような庶民がここに来ることはないのだ。貴族や、有力商家の子息令嬢が集まるそれはそれは高貴な学園なのである。


「君は優秀な成績を収めた。だからここにいる。礼など言う必要もない」

「でも、奨学金まで払っていただいて……」

「君の家庭事情は把握している」


すたすたと歩くエベックに、一所懸命着いていくファニタ。都会人は足が速いとは本当のことだ。


大理石でできた柱が立ち並ぶ廊下。外には綺麗に刈りそろえられた薔薇庭園がある。

エベックは、そんな美しい光景など見飽きたとばかりに、広い校内をすたすた歩く。


やがてたどり着いたのは、『学園長室』とプレートのかかった部屋の前だった。


「入りたまえ。君の将来についての話をしよう」




ソファに向かい合って座ると、エベックは学園の概要について話し始めた。

その部分は、面接で聞いたのと同じ。ここには学ぶことが無限にある。だから、自分のやりたいことを選んで学ばなければならない。何に手を出してもいいが、きちんと自分の芯を持っていなければ、ここでは大成できない。


「……君は、お父上の遺志を継ごうという目標があるのか?」

「……いえ、わかりません。私なんかが、父の遺志を継げるのかもわからないですし、それが正しいことなのかもわからないんです」


偉大だった父の話をされると、ファニタの中には二つの感情が湧き上がる。一つ目は、比較されるという劣等感。二つ目は、今現在直面している問題。ファニタに才能がなければ論文は完成しないが、劣等感は深まっていく。


ファニタの暗い表情を見たエベックは、ため息を吐くことなく言い放った。


「それなら、君が君を使う場所を見つければいい」

「私が私を使う場所……?」

「そうだ。君の悩みは、私も把握している。だから、これは君の問題だ。君はまず、正しいと思うことを見つけなさい。話はそれからだ」




宙ぶらりんになった、やりたいこと。


入学式が終わり、生徒たちが三々五々になる中、ファニタは踏み出せないでいた。


周りの明るい声、自分のクラスへと向かう生徒たちの流れになんとなく着いていっていた、その時。


どん! と何かにぶつかって、ファニタは尻餅をついた。


「あ、ごめんなさい、ちゃんと見てなくて……」


急いで謝ろうとすると、ぐいっと腕を引かれた。その腕を引いたのは、茶髪で、少し怖そうな少年。彼はニヤニヤしながら、腕を握る手に力を込めた。


「来い、身の程知らず」




ファニタが連れてこられたのは、校舎の影だった。近くには鬱蒼と生い茂る木々。まず人には見つけられないであろう場所だ。


壁に押さえつけられ、ファニタは震えながら、シャゼルと名乗った少年を見上げた。彼の名前を聞いて、ファニタは驚いた。なぜなら、入学テストの結果を知らせる掲示板で、ファニタの名前の下に載っていた名前だったからだ。

そんな優秀な彼が、なぜ。


「な、なんで、こんなこと」

「こんなことぉ? お前が一番わかっているだろう。なぁ?」


シャゼルは振り返って、とりまきたちに同意を求めた。とりまきたちもまた、悪意のある笑みを浮かべて頷いていた。


「教えてやるよ、お前は没落貴族のくせに、この高貴な学園に入学した。それだけで不快なのに、伯爵家の俺より成績が良い!? ふざけんなよ」

「そんなの、八つ当たりじゃ……!」

「八つ当たりも結構。本音はと言えば、こんな寮生活で自由もねえ学園に入学させたクソ親に鬱憤溜まってるだけだよ」


制服のリボンに手をかけられ、ファニタの目尻には涙が浮かんだ。


「だから、友達いなさそうで、手っ取り早く食えそうなお前に目をつけたってわけ」

「そうそう」

「シャゼルさんに着いてけば、俺たち安泰だもんな」

「結構な上玉だし?」


ファニタは悔しくなって、歯を食いしばった。あの素晴らしい学園長がいるこの学園にすら、こういう輩はいるのだ。


ーー没落貴族だからって、何だっていうの。私がこの学園に入学するために、どれだけ努力をしたかわかっているの。


そう怒鳴ってやりたいのに、声が出てこない。膝が震えて、これから起こることに最悪な想像を巡らしてしまう。

こんなことなら……


「でも」

「あ?」

「私には図書館があるから」

「なんだそれ? まあいいや、せいぜい可愛い声でぇ」


ブレザーのボタンが弾け飛び、地面に捨てられる。シャツを乱暴に破かれ、ファニタはぎゅっと目を瞑り。


次の瞬間。


「ぐえっ!?」


シャゼルの上に何かが落ちてきて、彼は地面にめり込んだ。人だ、制服を着た人が落ちてきた。


「な、なんだお前!?」

「てか、どっから落ちてきた!?」

「なんでここが!?」


混乱するとりまきたちの攻撃を鮮やかに避け、少年は次々と、とりまきたちを伸していく。ものの数分。ようやく起き上がったシャゼルの上に座り、少年はなぜかファニタに呆れた目を向けた。


「お前って、面倒くさい性格してるよな」

「え?」

「なんだ? 私には図書館があるからって? 遺言?」

「ゆ、遺言じゃないわよ!? だって、本当のことだもの! あそこでひどいことされたって、私には、まだやりたいことがあるもの!!」

「ふーん、退学しないんだ」

「しないもん!!」


言って、ファニタは自分の言葉に驚いた。そうだったのか、私には、やりたいことがあったのか。

少年は黙っていたが、徐に自分のブレザーを脱ぎ始めた。ネクタイの色からすると、自分と同じ一年生である。シャゼルという椅子から腰を上げ、ファニタの肩にかけた。


挑発するような言動に反して優しい仕草に、ファニタは、「そういえばこの人は、恩人だった」と初めて気付いた。


「あの、ありがとう。助けてくれて……」


大声を出してしまった恥ずかしさで、ぼそぼそと言うと、「いいよ」と面倒くさそうな返答。


「やっぱり師匠の言ってた通り、学園はクソだな。それがわかっただけでも良かった」

「え?」

「こんな救いようのないところ、とっとと辞めるに限る」


その瞳には、失望の色があった。ファニタはなぜか、歩き出す少年の腕を掴んでいた。


「なに?」

「あ、えっと。その、辞めないで」

「はあ?」


少年は立ち止まって、訝しげな顔をファニタに向けた。灰色の髪、草色の瞳。たくさんの人種が集まるこの王国にあっても、彼の色はとても珍しかった。


「学園は、く、クソじゃない。学園長は、私が早く来るのを見越して私より早く来て待っててくれるお人好しだし、門番の人は、早く来すぎた私のことを追い払わなかったし、入学式で、皆とってもキラキラした目をしてた。それに」


ファニタは、少年の目を真っ直ぐに見た。


「貴方みたいな人もいる」

「……くだらね。勘違いすんなよ。俺はお前を助けたんじゃねーぞ。お前より頭悪そうな奴らにムカついただけだ」

「それでも、私にとっては恩人よ」


ファニタは微笑んだ。そっと腕を放す。


「貴方がいれば、私、正しいことを見つけられそうな気がするの。だからお願い、ここに残って、それで」


つまり、要は、それである。その気持ちを押し隠して、ファニタは言った。


「友達になって」

「用心棒とか? 言っとくが、俺は強くねーぞ」

「うぐぐ、そうじゃなくて」


馬鹿にしたような目で見る少年の瞳は、どこまでも冷たい。けれどその瞳は、どこかの学園長に似ていた。だから、ファニタは勇気を出せた。


「貴方と一緒に、たくさん勉強して、たくさん遊んで、たくさん美味しいものを食べたいの!」


ぴくり、と少年の体が動いた。何に反応したのかはわからない。いける! ファニタはそう思った。


「学園がクソって言うなら、貴方が変えれば良いじゃない」

「俺はそんな面倒くせーことする気は」

「襲われてる女の子を助けるのって、けっこう面倒くさいことだと思うけど?」


したり顔で言ってみるファニタに、少年はため息を吐いた。


「お前、わかんねーな。さっきまでのこと、口に出せるか普通?」

「勿論」


口に出すことは辛い。けれど、この少年を繋ぎ止めたい一心で、ファニタは頷いた。


冷たい目をした少年の草色の瞳が、いつか柔らかな光を灯すのを見てみたい。できれば、私の力で。


少年は俯いていたが、やがてぶっきらぼうに一言。


「ジルト」

「え?」

「ジルト・バルフィンだ。よろしく」


その名前を聞いた途端、ファニタの胸には喜びが湧き上がった。ファニタはジルトの手を取り、ぴょんぴょん跳ねた。


「うわっ!? おまっ、あぶなっ」

「ファニタ・アドレナよ! よろしく、ジルト!!」

「ばか! シャツも破けてるんだよ! さっさと保健室行ってこい!!」

「あ……」






そうして、同じクラスだと発覚したジルトとファニタは、二年生になってからも腐れ縁が続いている。


ちなみにあの時、ジルトは入学式でやる気を失い、誰にも見つからなさそうな木の上で昼寝をしていたらしい。サボり癖は問題だが、あの時偶然そこで昼寝をしてくれてよかった……。




ちなみに。


「ぐぬぬ……ジルト・バルフィン、この俺を椅子がわりに使いやがって、見てろよ、いつかお前を」

「ぎったんぎったんにする前に、俺がお前らをぎったんぎったんにしてやるからな〜? あはは、お前どうしてくれんの? なんでジルトが学園に残ることになってんの? ふざけてんの? 殺されたいの?」


今現在、シャゼルは赤髪の幼女の椅子になっている。その幼女は頻繁に舌打ちをしていた。


「せっかく学園辞めさせて帝国に連れてこうと思ってたのに、はー、使えない奴ら。せっかくお前らの親を買収したってのに、これじゃ金の払い損だよ」

「は?」

「なんだ、気付いてなかったのか? お前らは親に期待されて学園に入れられたんじゃない。どうせ鬱憤溜まって粗相をしでかすから、それを見越して学園に入れられたんだよ。つ・ま・り。お前らは、退学前提で入れられたってわけ」


幼女はシャゼルの上からぴょん、と飛び降りた。


「おめでとう、学園の真の異物は、お前らだってわかったわけだな。さて、ご両親から勘当秒読みのシャゼル君、ご感想は?」


幼女は綺麗な笑顔を浮かべていた。シャゼルは土を握りしめた。


「ふざ、ふざけんな!! なんで俺が、元はと言えば、あの女が悪いんだ!」

()()()()()()()()()()()。だけど、それはまた別の話だ。今はお前の話をしてんだよ、役立たずが」


幼女の声は、だんだん低くなっていった。気のせいか、周りの温度がどんどん低くなっているような。シャゼルはぶるりと震えた。


「シャゼルさん」

「これ、謝ったほうがいいんじゃ……」

「いや、何に謝るんだこの場合」


律儀にシャゼルについてきたとりまきたちが、地面に伏しながらそんなことを言ってくる。


「ご、ごめんなさい……?」

「誠意がこもってねえ」


強烈な踵落としが顔面に降ってくる。理不尽な踵落としに、シャゼルは泣きたくなった。


「ま、いいや。学園をクソだと思わせる作戦は失敗。となりゃ、次の手があるからな……」


幼女は歩き出す。ようやく解放されることに安堵しながら、しかしシャゼルは周りを見渡す。


……そこは、木が鬱蒼と生い茂るどこかの山であった。シャゼル達は、突然赤髪の幼女に攫われ、ここに連れてこられていた。

時刻は夕暮れ。烏が不気味に鳴き、どこからか、獣の咆哮も聞こえてくる。


「あの、すみません、家に帰らせてくれませんか?」


幸い、今の季節は春。凍死することはないだろうが、あらゆる動物が活発に動き始める時である。シャゼルがもはや敬語で下手に出て言うと、幼女はとびっきりの笑顔で嘲笑った。



「知るか、自分達で帰れ」




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