御伽噺の終わり
もちろん、現実主義者であるレオンは、トウェルの提案には頷かなかった。
「そうか……それは残念」
本当に残念そうに言って、トウェルは部屋の入り口へと歩き出した。「帰ろうか」
「秘密を知った僕を、殺さないんですか?」
「君の口は堅いと信じているからね。あとはそうだな……君はもったいないから、弟のハルバ君に聖剣の糧となってもらおうかな?」
「……」
「いつか、私の言ったことが君にもわかるようになる。この国は弱い。だから、このような手段を取るしかない。ダグラスの領民は、何人傷ついた?」
トウェルは、レオンが今思っていることを探り当てた。王国南東にあるダグラス領は、帝国に近いという理由で、多く兵を徴収されていた。
「百万人ならば、帝国への近さに関係なく、平等に徴収できるんだ。どうせ聖剣に吸わせる命なのだから、一人一人にかけるコストも削減できる」
「そうして、ドラガーゼ陸軍中将も投入する気なんですか? シルヴィ様も手に入れるために」
「……いいや? シルヴィは、別の方法で手に入れる」
この王は、自分の劣情を、子供に隠す気はないらしい。怒ってくれればいいものをと、レオンは心の中でため息をついた。
「ジルト君は、どうするんですか?」
英雄と同じ瞳の色の娘から生まれた子供は、同じ色を受け継いでいた。
王弟の子孫であるドラガーゼ公爵家に、英雄の瞳と同じ色を持つ者が生まれたのである。
それがどんな意味を持つのか……知らぬのは、王弟の子孫だけである。
「せっかく釣れた英雄だ、有効活用させてもらうよ。そうだな、セリアーナでも娶らせて、この聖剣を使わせるか」
自分の子供さえ、この男には。
「僕は貴方とは違う。自分の家族を道具としてしか扱わない貴方とは」
「言ってくれるじゃないか。それなら一つ、予言をしよう。君は将来、戦争を望むようになる。なぜなら君は、聖剣以外の理由を見つけるからだ」
「ダグラス家の人間に予言ですか」
「未来予知はダグラスの専売特許ではない。思い上がらないことだよ」
優しい口調。それは、レオンを格下だと認めている証拠だった。爪が食い込む痛みで、レオンは、自分が拳を握りしめていたのだと気付いた。
「魔法使いの一族は脚本家気取り。神から奪った借り物の力を振りかざし、常に自分が傷つかない道を選択している。だから、君は戦争を望む」
ーー本当に、その通りでしたよトウェル陛下。
これは、一種の敗北宣言である。
十一年前、あの傲慢な王様がした予言は、ぴったりと当たってしまった。
聖剣というメリットだけでは、レオンは動かない。けれど、弟と、その親友が、ずっと友達でいられますようにという願いのもとでは、レオンは容易く動いてしまう。
綺麗な死に顔の父。そのそばに真白の花を入れ、レオンは密かに誓った。
ーー僕は、戦争を起こして、御伽噺を終わらせる。
魔法使いの役割も、英雄の役割も、魔女の役割も、なにもなくなるまで。
弟とその親友を、魔法使いと英雄という悲しい関係にさせないために。
呪われた因縁は、圧倒的な戦争で薙ぎ倒す。
かつて、魔女が英雄に手向けた屍の山。当代の魔女が、英雄のために屍を築く前に。
ーー僕が、魔女の生贄を戦場で殺す。
厳かな祈りの言葉に、ガウナは唇を引き結んで神妙な顔をしていた。気を抜くと、笑ってしまいそうになるからである。
どうして人の死は、生は、神と結びつけられるのだろうか。現実の神といったら、あんなに軽い性格をしているというのに。いや、あんなに軽い性格をしている神と結び付けられる人の生死こそ軽いのだとも言えるだろう。
実際、四年前に奪った命はほとんどが軽かった。重みがあったのは、あの小さな英雄の父と、そして。
『ありがとう。これでやり直せる』
そんな言葉を遺して死んだ、あの紅い瞳の男の命だけだ。
彼は、初めてガウナと会った時からおかしい男だった。王の立場ながら、ガウナ達の住んでいた辺境にわざわざ赴き、村人諸共ガウナの家族が虐殺されるのを、幼いガウナの横で見ていた変わり者である。
家族と村人を殺された感想を聞かれた時は、「この人狂ってるな」と思い、そして、「こちらの手がバレたのかな」とも思ったものである。
つまり教訓としては、上には上があり、下には下があるということである。身から出た錆、自業自得、因果応報。そんな言葉が浮かんだが、とりあえず黙っておいた。沈黙は金なのだ。
そんなガウナの頭を撫でた男の手は、当たり前だが、一切汚れていなかった。汚れていたのは、ギリア海に駐屯していた海軍の手だけで、その手も体ごと“抜け穴”の中に消えた。たくさんの軍人たちの魂を吸って、“抜け穴”は誤作動を起こした。いやもしかしたら。と思うところはあるが、そういうことにしておこう。
何百人もの海軍兵士たちを犠牲にした末に、短剣を手に入れたあの男は、あのゴミみたいな短剣を大切そうに懐にしまった。『これは聖剣だ』。嬉しそうにそう言ったのを、覚えている。
「これは、聖剣だよ」
珊瑚色の髪に、青緑の瞳。気の強そうなお嬢さんは、あの男と全く同じことを言ったけれど、あの男の言ったこととは違う意味だ。
「貴方は、英雄になんかならなくていい。英雄なんてろくでもないんだから。だから」
照明に煌めく刃。その煌めきを青緑の瞳に灯して、少女は、床に座り込む英雄の生まれ変わりに言い放った。
「私がなってあげる。魔女を倒して、一緒に海を見に行こう?」
「チェルシー、違うんだ。俺は……」
何かを言おうとする少年を振り切り、チェルシーと呼ばれた少女はガウナへと肉薄する。
「海なんて」
ガウナは、微笑む。少女は、その瞳を見開いた。
「きっと、ろくなものじゃないよ」




