生家
先輩登場回。
時は、少し遡る。
鳥が空を舞っていた。時折低く飛んでは、海面にいる魚を捕まえていく。
王国南西部、レトネア地方。軍人を退役し、質素な暮らしをするラデイク・ツァネルは、今日も魚を釣っていた。
五年前までは、魚釣りは趣味でしかなかったが、レトネアに住むにあたって極めてみようと思った。釣った魚は、自分で捌いたり、近くの都市で金に変えたりする。たまにあたることがあるが、それもまた一興。戦場と違ってのんびりと用をたせるので苦ではない。
「だから、釣りはいいぞヘッジ上等兵。お前も余生をここで過ごすんだ」
「変わりましたね先輩」
くすんだ金髪の後輩は、生意気にも遠い目をして海を見ている。さっきから彼の釣竿がぴちぴち跳ねているが、無視を貫いている。
「規律正しい先輩はどこに行ったんですか、もはやただの釣り好きおじさんじゃないですか」
「私とお前がやっていたことよりも、よっぽど益があるとは思わないか?」
「……たしかに」
苦そうな顔をするルクレール。彼は、王宮に閉じ込められていたあれを解き放ち、宰相兼公爵であるところのあれに刃を向けたので、指名手配をされている。
彼らがここに来たのは五日前。どこで嗅ぎつけたかはわからない。おそらく以前同僚に「魚釣りでもして生計を立てていく」と豪語していたからとは思うのだが。
ラデイクとしては、あれに関わりたくなかったが、見つけられてしまったものは仕方ない。そもそも、彼に全てを押し付けて消えたのは自分である。その責任はとらねばならないだろう。
だから、ラデイクはルクレールと、同伴のミュールという女性に自分の知りうる限りのことを話した。ガウナ・アウグストが何者であるか、なぜ地下に閉じ込められていたのかを。
……奇しくもここは、あの化け物が生まれた土地である。
彼は、この風光明媚な土地で育ち、幼い頃に家族と引き離された。家族の行方はわからないが、ただひとつ言えることは、ろくでもない結末であったことは確かだ。
海から少し離れたところにある漁村。都市から少し離れたそこは、寂しい村である。
「またあそこに行くのかい、懲りないねえあんたも」
「祟られても知らないよ」
すれ違う隣村の村人が、不穏な言葉を発していくのは、いつものことだ。
ラデイクは、ちらりと後ろの二人を見た。
「なんだか寒い。おかしいな」
「やっぱり、何かに見られているような気がするんですよね〜」
ルクレールは腕をさすり、ミュールは言いながら腰の細剣を抜こうとしていた。さすがにそれは笑えないので止めたが、ラデイクはアテが外れていなかったことを喜んだ。
そこは、ラデイクが行ってもただの廃墟であり、地元民が言うような不思議なことは起こらなかった。だが、後ろの二人は明らかに何かを感じている。霊感があるという奴だろうか。いや、この場合は。
「あのドブネズミを見た時と同じような、そんな感覚です。汚らわしい」
ドブネズミがあれを指すのなら正解だ。なぜなら眼前に見えてきた、柵で覆われ鉄線が張り巡らされた異様な村が、彼の生まれ故郷であるからだ。
「何ですか、これ」
ルクレールが息を呑む。自分が初めて見た時もそうだったな、とラデイクは苦笑。
「ここには、公爵の生家がある。着いてきたまえ」
そう言って、一部切断された場所から村へと足を踏み入れた。ルクレールとミュールも同じようにして入る。
「私も、あの仕事は先輩から紹介してもらったクチでね。その先輩が話してくれたのが、君たちに話したことだ」
木造の民家は、多少潮風で傷んでいるが、人が住んでいた時そのままに残っている。跡形もなく消えたのは、人だけである。
「かつてここでは、猟奇的殺人事件があった」
とある民家の前で立ち止まる。そこの外壁や、錆びたポストには、夥しい錆びた赤が塗りたくられていた。
「血……」
ミュールが呟くのを聞いて、ラデイクは頷いた。
「そう、この血こそが当時の事件の名残り。ここに住んでいた家の者が虐殺した村人の血だと言われている、が、真相は違うらしい」
ラデイクは、表札に手を添えた。石でできた表札。彫られていたであろう苗字がズタズタに傷付けられていて、判別できない。唯一わかるのは、最初のOという文字だけである。
「本当は、この村ごと消されたのだと、先輩は言っていた。ガウナという人物がいなくなったことを悟られないように、家ごと、村ごと殺したんだ」
「英雄の餌になる魔女の生まれ変わりを手に入れたら、他は用済みだったわけですね」
同情という言葉のカケラもない表情で、ルクレールもまた表札を見た。
「俺が気になるのは、ヤツの可哀想な生い立ちじゃない。ヤツを殺す方法だ。だが」
Oの部分をなぞった。
「なんで、Oなんだ? 苗字が違う」
「アウグストは、人買いが与えた苗字だからだよ」
「……」
「王国海軍によって村を襲われたガウナは、海軍にいては目立つから、戦争終結の混乱当時、ざらにあった人買いに預けられたんだ。王宮に輸送するから、売れはしないが、客寄せにはなったらしい。その出来事も、おそらく彼の人格形成に関わっているんだろうな」
語れば語るほど、彼の人生は悲惨なのである。だから、ラデイクは監視任務を放り投げた。何かをやってくれそうなルクレールに、勝手に託して。
そのルクレールは、ラデイクの言葉を否定した。
「いえ、あれの性格は、もともとのものだと思いますよ、先輩」
友を焼かれ、愛する人を焼いたルクレールは、断罪の口調でそう言った。ラデイクには、そうであれと願っているようにしか見えなかったが。
「あのドブネズミが、魔女であろうと魔女じゃなかろうとどうでも良いじゃないですか。魔女であったなら万々歳、政治的失脚以外に殺すアプローチを見つけられるのなら」
そういえば、このお嬢さんはガウナのことを最初からドブネズミと言っている。それも不思議な話だ。
「さ、行きましょう。幽霊が出ても何が出ても、もう一度殺してやるまでです」
頼もしい言葉とともに、彼女は家の敷地に足を踏み入れ、ようと、し。
「きゃん!?」
派手に弾き飛ばされて吹っ飛んだ。




