小鳥
登場するたびに株を落としていく男
呼び出して欲しい人物の名前を聞くと、大雑把そうな門番はにこやかに笑って、両手で大きなバツを作った。
「ダメだ。明日にしてくれ」
「どうして?」
「もうこんなに暗いからだ」
フレッドという門番が指さす先には、星が二つ三つ見え始めた空があった。チェルシーは、頰を膨らませた。
「さっき、誰かに用かい? って言ってたじゃないか」
「そんなこと言いましたっけな」
わざとらしく首を傾げるフレッド。
「ジルトだからそんなこと言うんでしょ」
「大当たり。ぶっちゃけ、君はアイツに悪影響を与えすぎるからな。せんぱ、とある人の言いつけだ」
帰った帰った、と手を払うフレッドに、チェルシーは半眼になる。
「伝言は? 残せるの?」
「聞くだけ聞いてやる」
「そう……それじゃあ、“葬儀の日に会いましょう”って言っておいて」
「葬儀、てまさか……」
何がまさかなのかはわからないが、伝えることは伝えた。本人の顔が見れなかったのは残念だけど。
チェルシーは、塒へと歩き出した。大通りの向こう、貧民街へと……。
一羽の小鳥が、彼女の指に留まった。
「わあ、可愛い。君どこから来たの? なんて言うと思ったかこの王国産の渡鳥がよ」
あっという間に声のトーンを変えたセブンスに、ソフィアの頬は引きつった。
あの物騒なラミュエルが、戦争反対派の一派を殺してから十日ぐらいが経つ。王国ではシリウス・スピレードが死んでたり(なぜかソフィアには視えなかった)、あのおっかないダグラスの当主、カルキが死んでたり(なぜかソフィアには視えなか……)
「私、なんっにも視えてないじゃないですか!!」
「落ち着け、パンくず食べるか?」
「それ、鳥にあげる用でしょ!? なんで本体をくれないんですか!?」
涙目で叫ぶソフィア。あの虐殺の後しばらく肉が食べられなくなり、パンと野菜と魚だけをもそもそと食べる生活が続いた。だが、帝国は王国と違って、物資にも技術力にも優れているので、意外とそれでも乗り切れた。パンおいしい!
今日もカゴに盛られたパンを手に取り、ソフィアは魚を油とニンニクで調理したソースにつけて食べる。おいしい!
「お前、わりと能天気だよな」
小鳥にパンくずを与えていた偉大なる魔術師様が何かを言っているが、聞こえない。おいしさの前では、何もかも無力なのだ!
「はあ〜お前さ、これ、見られてるんだからもっと緊張感持てよな」
「見られてる? 誰に?」
「王国にいる誰かさんにだよ」
セブンスが、ぱちんと指を鳴らす。何十羽もの羽ばたきが聞こえて、窓枠に小鳥が一列に並んだ。
「か、かわいい!!」
「そうか? 俺には、悍ましい光景に見えるがな」
最後に、セブンスにパンくずをもらっていた小鳥が、一番右側に留まった。
「全部で十羽か。そんで、葬儀はいつだ?」
不思議なことを聞くものだとソフィアは思った。ただの鳥に、そんなこと……。
「あっ」
七羽が一斉に飛び去った。残った鳥たちは、じっとこちらを見ている。
「三日後か。オーケー」
セブンスがそう言うと、残りの鳥たちも飛び去った。
「い、今のは……」
「お前らのご先祖さまの得意技だよ」
セブンスは窓を閉めた。そういえば、最近鳥が増えたと思っていたが、そういうわけがあったのか。
「て、ご先祖さま!? と、いうことは、これ、ダグラス家の誰かがやってるんですか?」
「おそらくな。ハルバはなし、エリオット君もなし、とすると、可能性がありそうなのは……」
「それも待ってください、エリオットって誰ですか?」
ソフィアは混乱していた。質問だらけになるのもしょうがない。セブンスは明らかに、学園の門番が知りうるはずのない名前すら知っていたからだ。
「お前の上司を殺った奴。俺が軍の演習が暇すぎて小説読んでたら教えてくれた」
誰が? とは愚問だろう。セブンスは、窓の外を見ている。
「大方、牢獄にお友達でも忍び込ませてたんだろうよ、レオン君は」
「レオン様が……」
その名前に、十年前くらいだろうか、ソフィアがまだ子どもだった頃のことを思い出す。一族の集まり、壇上で物腰柔らかに語るレオンは、王国の未来に尽くすことを誓っていた。この方がいれば、一族は安泰だと強く思った。
「どうして、レオン様はセブンス様に接触してきているんでしょう?」
「そりゃお前」
セブンスは、そんなソフィアの思い出をぶち壊すように、バカにしたように言った。
「戦争を起こしたいからに決まってるだろ」
十一年前、レオンが六歳の時である。
国のために尽くすことを誓ったレオンは、少しの罪悪感に苛まれていた。
ーー僕はただ、家族を守れれば良いだけなんだけどね。
たくさんの大人が褒めてくれた。戦争が終結して四年。復興という、大きくて前向きな目標があったから、レオンの言葉は受け入れられた。
その人物を除いては。
「“戦争のない、平和な未来”か。素晴らしいね」
トウェル王である。
彼もまた、穏やかな人物であった。だが、レオンは子供ながらに、同類を嗅ぎ分けてしまった。
その紅い瞳の王は、レオンが大人たちにもみくちゃにされている時に近づいてきた。大人たちは、王と、有望な子供のために去っていき、彼らは二人きりになった。
「だが、戦争は必要だよ。賢い君ならわかるだろう?」
「王様は、戦争反対派ではありませんでしたか?」
「無益な戦争はね。だが、益のある戦争はするべきだと思っているよ。ついておいで」
その時から、レオンの人生は狂い始めた。いや、人のせいにしてはいけないか。
もともとあった、“戦争による人々の損害と利益”の天秤が、意味をなさなくなったのである。




