脱走貴族と没落貴族
朝っぱらからジルトの部屋のドアを叩いたのは、大きな荷物を担いだ少年だった。
「やっぱりダメだわ! 実家に帰ってきた!」
「実家から帰ってきたの間違いだろ」
ジルトは半眼で少年を見た。黒髪黒目、明るい雰囲気の少年は、名をハルバ・ダグラスという。こう見えて、どこかの馬の骨と違う由緒あるダグラス家の次男坊である。
ジルトの寮部屋は二〇一、ハルバの寮部屋は二〇二……つまり、隣人同士なのだ。残念ながらクラスは別だが、入寮当初から、なんやかんやで仲良くしている。
「兄貴と親父、仕事中毒だからさ、休む暇がないんだよな」
二年生になってから、ハルバは王都にあるダグラス邸に帰ることが多くなった。なんでも、長男の仕事を手伝いがてら領地経営などを学んでいるらしい。
だが、それも三日が限度で、三日過ぎるとハルバは寮部屋に帰ってきて、俺には無理だわこれと、ジルトに愚痴るのである。
なので、ハルバは実家と寮部屋を忙しく行き来している。疲れないのかと思うが、本人的にはそれが気楽らしい。
そんな由緒ある公爵家の次男坊とジルトが、なぜ仲良くなったのか。それは、本人の貴族らしからぬ朗らかさもあるが、一番は……
「時にジルト」
ハルバは真顔になって、ジルトを見据えた。
「お前……“あれ”には出てないよな?」
「勿論」
次の瞬間、玄関先で、二人はがっ、と手を握り合った。
「さすが、“やる気なし同盟”のジルトくん! すごいクズっぷりだな!! 大切な式典だぜ? 普通サボる?」
「お前もどうせ仕事を手伝いたいとか言ってばっくれてんだろ? まあ入れよ。茶でも淹れてやる」
そう。二人は、やる気なしという点で、とても気が合ったのである。
そんなわけで、同志に会えたジルトの機嫌は絶好調だった。学園側から式典に出席していなかったことがバレて、今現在書かされている反省文すら、淀みなく書くことができた。
休み時間。ジルトがすごい勢いでペンを走らせていると、ぱ、と紙が取り上げられた。
取り上げたのは、いつの間にかそばに来ていたファニタである。彼女は青い目を半眼にして、ジルトの反省文を読んでいた。そして一言。
「ボツ」
「なんでだ」
反省文を取り返して自分の文章を読む。名文だ。惚れ惚れしてしまう。
「どうして、サボりがバレたことについての反省文なのよ!? 対策書けとは言われてないでしょ!?」
「いや、この方がすらすら書けるし。
どうして行事に参加しなかったのですか。参加したくなかったからです。反骨精神からです、で終わるぞ普通に書くと」
それよりだ、ジルトがこんなことになっている原因、それは十中八九公爵のせいだろう。師匠の名前を出していじめすぎた腹いせに、学園側にチクったに違いない。
「次からは制服でサボらねえ。フレッドさんの目を誤魔化すために荷物を最小限にしたのが仇だったな。おかげで替えの服が用意できなかった」
「次からは私が一緒に行くから大丈夫よ」
ぴしゃりと言われてしまう。
「ねえジルト、学園行事をサボるのも、内申に響くのよ? 貴方はサボる点で落ちこぼれだけど、成績的には落ちこぼれじゃないんだから、もう少し頑張ってみない? そして私と官僚になってモゴモゴ……」
最後の方は聞こえなかったが、要は頑張ることのお誘いだ。
「はっ、何でもないわ! じゃあねっ! しっかり反省文書きなさいよ!」
発破をかけにきたんだろうが、結局茹で蛸のように顔を赤くして帰っていった。
ーーなんだったんだあいつ。
そう思いながらも、ジルトは反省文の紙を丸め、新しい紙を取り出した。これは、担任教師がくれた予備の紙である。それを渡されている時点でジルトの扱いはお察しできるのだが。
「まあ、あいつが言うんだしな」
ジルトは黙々と、反省文を書き始めた。
ファニタもファニタでたいへんなことを知っているので、なんだかんだで自分を気にかけてくれている彼女に悪い気はしていない。
没落貴族になったアドレナ家を再興することを目標に邁進する彼女は、ジルトの目に眩しく映った。
だからといって、式典になんか出る気はないが。
それはそれ、これはこれ。
そんな精神で、ジルトはペンを走らせる……。
そんなジルトを半眼で見ているのは、二年一組の男子生徒である。
王都のセント・アルバート学園に通っているだけあって、彼らは貴族の子弟であり、有力商人の後継であるが、恋愛沙汰では俗っぽかった。
「くそがぁあ!! 死ねバルフィン! 爆ぜろゴラァ!!」
「我々のアイドルアドレナ嬢のわっかりやすいツンデレを見事にスルーしやがって!」
「なーにが“あいつが言うんだしな”だ、甘酸っぱい雰囲気出しやがって!!」
一通り罵倒した後、「でもさぁ」と一人の男子生徒が言う。
「アドレナさんの、あの表情を見てるとなぁ……」
席に戻ったファニタは、巻き髪の女友達になにかを言われて、再び真っ赤になっていた。
「眼福だな」
「ギリギリ死刑は免れたなバルフィン」
「もっと甘酸っぱくなるんだぞ」
「え? なにお前ら?」
唐突に肩を叩かれたジルトは、目を白黒させていた。
モブ書いてる時が一番たのしいです。




