獅子の尾
穏やかな青年は、それを見計らったかのように王城に現れた。
「お久しぶりです、アウグスト宰相」
謁見の間。恭しく膝を折り挨拶するのは、レオン・ダグラス。さきほど亡くなってしまった、カルキ・ダグラスの長子である。
「父の遺体を引き取りにきました」
彼は温厚で穏やかだが、決して凡愚ではない。現にこうして、知りうるはずのない情報を知り、しかも有無を言わさず遺体を要求しに来ている。
「まだ検死も済んでいない。よって、引き渡すことはできない」
「ああ、よかった。まだ手を加えてないんですね?」
「……」
レオンはニコニコと笑うだけ。だがガウナには、その背後に獰猛な化け物がいるように思えた。
「お忙しいようなら、検死はこちらで請け負いますよ。こちらには良い医師がいるので。もちろん、不正は致しません」
親切な提案のようだが、その裏には王家への不信感と、検死すらすぐにできない王家というレッテル張りをしようという意図が感じられた。本人の穏やかな雰囲気と、物腰の柔らかさで隠れていてわかりにくいが、確実に牙を剥いてきている。
「いや、すぐにこちらで……」
「では、私も立ち会います」
またしても有無を言わさぬ物言い。使者を送るではなく直接本人が赴いたのは、早さと交渉のやりやすさを重視してのことであろうか。
ーーそれにしても、早すぎないか?
立ち会うことを了承しながら、ガウナは思う。普通ならやっと、逮捕されたことを知って直訴に来るところではないか。しかし、彼は最初から遺体の話をしに来た。まるで、父が死ぬのを待っていたように。
薄寒いものを感じた。自分も大概だが、レオンも大概だ。もしかしたら、彼は父以上の食わせ者なのかもしれない。
ーー最大限死を利用するという話をしたけど、それをしたら怒られそうだな。
本当は、遺体損壊をするつもりだった。
スピレードは年もあり、老衰の線もギリギリいけたが、カルキは違う。まだ働き盛りの五十代で、本人の勤勉な性格もあり、健康には人一倍気を使っている。突然死にしては、牢獄は不自然すぎる。遺体を引き取りに来ない内に、手首に剃刀の痕でも……そう思っていた矢先に、レオンが登城してきた。これで自死の線はなし、一つ案が潰された。と、すると次にできることは……。
「父は、寿命で死んだんですよ、宰相」
遺体安置所。安らかな表情の遺体を前にして、レオンは微笑んでいた。
「これは、紛れもない事実です。貴方が何もしていないことは、私が証明しましょう」
医師たちの前で、言い切った。冷たく暗い地下で、まだ柔らかで死斑が出始めた遺体に触れようとして、手を止めた。
そこではじめてガウナは、この青年のことを勘違いしていたのだとわかった。
彼は、ガウナを貶めに来たのではない、彼の父の死を利用されないように来ただけだ。事実を事実として受け止めに来ただけなのである。遺体を綺麗なままに引き取りたい、その思いで来たのだ。
「葬儀にご出席いただけますか? 父も喜びます」
「ああ、必ず出席しよう」
「ありがとうございます」
微笑んで、ようやくレオンは検死の終わった遺体の手を握った。
「顎も綺麗に閉じていますね。微笑んでいる。エリオットさんと、どんな話をしたのかな」
優しい優しい声音だった。生前のカルキとは似ても似つかない。きっと彼は、母親似なのだろう。そんなことを考えて、ガウナはレオンの言葉に目を見開く。その名前は。
……彼が死の間際まで、エリオット青年と話していたことまでも知っているとは。
「君は、予知に目覚めたのかい?」
「まさか。予知に目覚めたのは父ですよ。全部、父が事前に教えてくれました。私はただの人間ですから」
苦笑するレオンは、どこまでも穏やかな光を瞳に湛えていた。
「父に会わせていただき、ありがとうございます。葬儀の日程は後日。できるだけ早い方が良いですね」
丁寧に頭を下げて、レオンは父と共に屋敷へと帰っていった。
医師も引き上げた遺体安置所。レオンが父に向けていた笑みを思い出し、ガウナは少し苦い気分になった。
基本的に、ガウナは貶められる前提で生きているので、ああいう手合いは苦手なのだ。医師の前で、ガウナの無実をわざわざ宣言し、かつ父への愛情を惜しまない。かのソマリエ裁判所判事トラス・アヴェイルよりもよっぽど、公正中立な人間である。
だからこそ、扱いにくい。
穏健派の首領、カルキ・ダグラスは堕ちた。だが、その後に控えていた獅子は、死者を冒涜することを絶対に許さないだろう。
「獅子の尾を踏まないようにしないと……」
欲張りはしない。まずは、政権が軍拡イメージに一歩近づいたことを喜ぼう。外務大臣の後任は慎重に選ばなければ。
「それにしても、葬儀、葬儀か」
これもレオンの配慮。穏健派とガウナの軋轢を生まないために、わざわざその話を持ち出して来たとはわかる。一パーセントの確率では、袋叩きにする気なのだと思わなくもないが。
「まずいな」
ガウナは、至極真剣な顔をして、顎に手をあてて言った。
「神の身許なんて言われたら、吹き出さない自信がない」
王城から父と帰ったレオンは、ハルバに手紙を書こうとしてやめた。窓の外、木の枝に留まった小鳥が、二人の少年が話し合う姿を瞳に映していたからだ。
別の場所では、憔悴した様子の青年が、ずいぶん下から映し出されていた。と、座り込んでいた青年が立ち上がる。アップで映し出される靴裏。途端に映像が見えなくなる。
「虫も殺さぬというわけではないな」
殺されてしまった友達に哀悼を捧げ、今度は黒猫の方。少し頭が痛くなってきた。
『それでね、みんな殺してハッピーエンド! ディーチェルは再興するの!』
夢物語を猫に聞かせるお嬢さんは、くるくると踊っている。あの踊り、何か意味があるのだろうか。
そして。
『つまり、こういうことだな』
とある男の声が聞こえた。
『私、犬派なんですけど、この子はもふもふしてて、はぁ〜幸せ』
『おい聞けよ。つまり、あれを倒せるのは』
『ジルト様しかいないということですね。でも、それはそれでバッドエンド。難儀なものです』
『魔女って性格悪すぎないか?』
『さすがはドブネズミのご先祖さまってところですね〜』




