強くなるから
いうなれば王都通信社上位互換
馬鹿な男達だ。
たった一人の女の子のために、地位を捨て、大切なものを捨て、そして自分の命さえ捨てるとは。
彼は、暮れゆく外の景色を見ていた。窓ガラスに映る草色の瞳は、不機嫌そうに細められている。
「俺はローズを殺さない。そう決めたのに、勝手に持ち上げやがって」
どうやら今世の魔女は相当お転婆らしいが、それはきっと、虐げられた環境にいたからだろう。
彼女もそうだった。森を出て、人間の素晴らしさを知る半分、人間の醜さを知ってしまった。清らかな彼女は、人間に汚されてしまったのである。そう、彼を含めた人間に。
だから、今度は彼女のためだけに生きることを決めた。前世のように優柔不断なことはしない。姫のことは、硬く突っぱねる。
「俺だけは、アイツの傍にいるんだ」
……空には一番星が出始めていた。目を瞬く。
「……やっぱり、誰かいるのか?」
もしや心霊現象!? とジルトは腕をさすった。先程から、いや、放課後から。頭の中で誰かが喋っているような、そんな気がするからだ。ハルバの父、カルキの告解もどきを聞いている時もそう。誰かが、王家への怨嗟を吐いていたような気がした。
部屋の中を見回す。なんの変哲もない寮の自室。ジルトは息を吐いた。そうだ、ハルバが覚悟を決めるからと言って、ジルトはここに帰ってきたのだ。あれから、どれくらい経ったんだろう。そんなには経っていないと思うが……扉が叩かれる。
「待たせたな。もう、大丈夫だ」
扉の向こうにいたハルバは笑っていた。
ハルバの部屋は、本人がよく実家に帰るからか、無駄な物を置いていなかった。机と椅子、それと最低限の家具。
「先に訊いておくけど」
紅茶を飲みながら、ハルバは言った。
「お前はなんともないんだな? 事情聴取を受けただけか?」
「あ、ああ……エリオットって人がカルキさんを連れてって、事情聴取は別の警邏官が。尋問というより質問という感じかな。どうしてカルキさんと会っていたか、とか」
「スピレード元内務大臣の時みたいに、衛兵は使わなかったんだな」
ふむ、とハルバは顎に手をあてた。
「シリウス先生は、刑が確定してたからじゃないか? アントニーさんという証言者もいたことだし」
「……」
ハルバが胡乱な目でこちらを見てきた。
「なんだよ」
「いや? 確かにそうだな、現状何もしてない父さんを、衛兵を投入してまで逮捕するのは周りの反発があるか。元内務大臣の時も、反発はあったんだよな?」
ハルバの問いに、ジルトは頷く。
「シリウス先生の時は、今は公爵の味方になってる軍部と、敵対派閥の反対に遭ったらしい。でも、やりすぎって意見はあの逮捕劇で否定されたとファニタが言ってた」
警邏官一名と衛兵二十名の殺害は、王城を震撼させた。“やりすぎ”などないのだと印象づける事件だ。
「て、ことは、衛兵を投入しようと思えば投入できたわけだ。逆に衛兵を投入することで、父さんのことを凶悪犯だと印象づけることもできる。でも、それをしなかった、てことは」
ハルバが、ジルトのことをじっと見た。
「ああ、なるほど」
そして、微笑んだ。
「だから、父さんはお前に会いに来たんだな?」
「どういうことだ?」
「わざと隙を作ったんだよ。今日逮捕されることを予知して、本家の屋敷じゃなくて、学園で逮捕されるようにしたんだ。ほら、元内務大臣は、屋敷にいる時に逮捕されるはずだったろ? だから衛兵を投入できたんだけど、ここはそれなりに力を持つ良家の子息令嬢が通う教育機関。そんなところに衛兵を投入したら、波風立つこと請け合いだ」
ハルバの言葉に、ジルトは目を見開いた。
「そうか、学園という空間で逮捕されることが重要だったんだな?」
「そう。で、お前という善良な生徒がもしかしたら人質に取られる可能性もあるから、派手な動きはできない。でも、袋の鼠にする最大のチャンスができる。お前の安全と逮捕の確実性を天秤にかけて、応接室に突入するしかなかった……て、ところかな」
「うへぇ」
ジルトは舌を巻いた。さすが外務大臣。ジルトに昔話をしに来たとみせかけて、ちゃっかりジルトの存在を利用するとは。
「んで、裁判前に死んだ。これで罪を最大限軽くして、ついでに元内務大臣の不審な獄死と併せて公爵側に打撃を与えたってわけ」
「は? 今なんて?」
「え? 裁判前に死んだって言ったんだけど」
きょとんとして言うハルバ。その胸ぐらを掴み、ジルトは冷や汗ダラダラで迫った。
「し、死んだ!? いや、亡くなったのか!?」
「ああ。さっきな。だからとりあえず感傷に浸る時間が欲しくて、覚悟を決めるって言ったんだけど。あ、話戻すな?」
今度こそ、ジルトは何も言えなかった。これは強いと言えるのか、何なのかわからない。
「で、幸運なことにっつーか、計画通り、衛兵を投入させずに、警邏に逮捕させたってわけ。最後の最後に息子の親友に会いに行く父親の鑑! 的なポイントも稼げるし、一石二鳥だな」
親友から告げられる彼の計画に、ジルトは畏怖を覚えた。自分の死すら利用する彼は、まさしく公爵家の当主である。そんな彼にちょっとドヤ顔してしまったことが、ちょっと恥ずかしい。
「て、ことで善良な生徒役ご苦労だったなジルト君! だから、お前があんまり気に病むことはないよ」
肩に置かれた手は、とても力強かった。ハルバの口調は戯けていて、それでいて優しかった。
「父さんが死んだから、レオ兄と相談しなきゃいけないこともある。だから俺は、一回家に帰るよ。あることないことでバッシングされたら、慰めてくれよな?」
新聞社に乗り込んでくれてもいいぞ。冗談めかして言うハルバにジルトは半ば本気で頷く。
「お、おお……本当に乗り込むなよ。お前まじでやりそうだから。それは、ともかく」
「痛いんだけど?」
肩を握り潰さんとする手に、ジルトは半眼になった。だが、ハルバはそれ以上にジト目である。
「お前、元内務大臣のことなんて言ってる?」
「シリウス先生だろ?」
「はぁ〜」
肩から手をはなし、大きなため息を吐くハルバに、ジルトはムッとする。
「なんだよ」
「なんでもない。じゃ、俺は帰る支度するから。アドレナさんにもよろしく。あ、そっか、それもあったんだった」
妙に明るい声で言って、ハルバはにんまりと笑った。
「楽しみに待ってろよ? 俺は絶対にくっつけてみせるから」
人差し指と人差し指をくっつけ、第一関節を曲げてみせる。
「どーいうことだ?」
「どうもこうも。それまでに、男を磨いておくんだなぁ!」
ハルバがぐいぐい背中を押して、ジルトを部屋から追い出す。追い出しざま、小さく呟いた声は、ジルトの耳に残った。
「俺も強くなるからさ」
扉が閉まった。




