表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
見放し見限り、見捨てられ
136/446

原点

だんだん余裕が出てきたらしいです。

なぜか泣きそうな顔をして、青年は呟いた。


「私には、貴方の未来が視えないんです。断頭台に立つ貴方も、それどころか、裁かれる姿すら。真っ黒に塗り潰されていて、何も視えない」

「それは、そうだろうね」


カルキは座り込んだまま、感覚のなくなった手を挙げて横に往復させた。檻の向こうの青年の、ちょうど頭の位置で。昔青年にしたように。


カルキは知っていた。この青年が、どんなに血の滲むような努力をしたか。どんなに、自分を救ってくれる英雄を待ち望んでいたか。


……だからカルキは、青年のためにも、英雄信仰を終わらせることを決めた。

もう、彼のような子が生まれないように。能力の発現しない子を、要らないもの、価値のないものとして扱わないように。


誰の勝利も望まない。望んだのは、大切な子たちの命だけ。


「さようならの時間だよ、エリオット君」


カルキは優しく微笑み、今度はダグラス本家の当主として、挑戦的に微笑んだ。


「ここからは、私の息子たちが相手だ」




事切れた男は、満足そうに笑っていた。


エリオットは、この男がこのタイミングで死ぬことで得られる成果を予知していたのだと、今更気付かされた。


「……くそっ」


アウグスト公爵と癒着しているトラス・アヴェイル判事は、大の異端嫌い。ダグラスという暗黙の了解を得ている異端を裁くのに乗り気になること間違いなしで、本家は王家を見捨てたことを糾弾されるはず、だったのに。


「何で死ぬんだ、全部、台無しだ……」


エリオットは膝を抱えて座り込んだ。


裁判の場に引きずって行こうにも、死体じゃ意味がない。この男は、自分が逮捕される未来をわかっていた。そして、どのタイミングで死ぬかを決めていた。その命を捧げることによって。


カルキ・ダグラス。王国三大公爵家の当主が、牢にいる間に死ぬなんて。


さきのシリウス・スピレード元内務大臣が獄死したことは、殺人犯の死ということで片づけられた。だが、今回は違う。裁判が始まってもいない内に死なれるのは同じだが、大手を振って人を殺していたスピレードとは違い、カルキにはこれから罪状がつくはずだったのだ。

つまり、有罪でも無罪でもない、まだ容疑者の段階で、カルキは死におおせたのである。


カルキはこちらのやり口を理解していた。公爵による、アゼラ伯爵の追い詰め方を、静かに観察していたのだろう。生きている内に希望を削いで、犯してもない罪を認めさせる。

アゼラの場合は、あの愚かな教祖。カルキの場合は二人の息子。その息子たちを守る名目で、ダグラス本家を取り潰す計画だったのに。


「死人に口なし。これじゃ、証言台にも立たせられないね」

「……ガウナ様」


いつの間にかそこにいた男は、何の感慨もない瞳で事切れたカルキを見下ろしていた。


「泣いてる暇はないだろう。善は急げだ。大丈夫、君はきっと、ジルト君に救ってもらえるよ」


今度は慈愛をこめて、ガウナはエリオットに微笑んだ。そのことを、どうしようもなく不気味に感じた。


「貴方は、本当に魔女なのですか?」


自分の先祖に騙された、愚かな女。悲劇のヒロインというには、彼は邪悪すぎる。


「君たちが見ていた魔女でないことは確かだね。女というのは、騙すのがうまいから。さて、話は終わりだよ、ナニガシ君改めエリオット・ノーワン君。死人に口なしならば、次にどうするかはわかるだろう」

「その死を……」

「そう、最大限に利用するんだ。君の英雄のために、魔女を殺す花道を作ってあげなくちゃ」


ガウナは、親指で自らの心臓を指さした。


「今度こそ、短剣で僕を殺すんだろ?」

「なぜ、貴方は、自分を殺そうとする者を生かすのですか?」 

「四年前とは違うからだよ。僕は無力なガキじゃない、魔法を覚え、魔術を覚えた。そして、何物にも代え難い恋を知った」


暗闇。暗闇でもわかるくらいに、彼の頬は紅潮していた。


「運命に抗えるくらいの恋を知ったんだ! あの子という、“良心”に出逢えた! だから、僕は運命には負けない」


輝かんばかりの少年の笑顔で、彼は生の喜びを謳歌していた。


「だから」


その、藍色の瞳がエリオットを射抜いた。


「英雄は君たちが好きにしなよ。僕は英雄なんていらないからさ」


その言葉に、エリオットは目を見開き……目の前の青年を、哀れに思ってしまった。

そして、哀れであるとともに、青年は幸せなのだとも思う。


誰も彼も、青年に、彼の恋の正体を教えてくれなかった。そしてそれが、彼への罰だった。


ルクレール・ヘッジも、シリウス・スピレードも、そして、たった今身罷ったカルキ・ダグラスも。彼の“良心”の正体を教えないことで、間接的に彼の恋路を邪魔していた。


運命に囚われた彼が出逢ったのもまた、彼女(かれ)英雄(うんめい)である。

結局、彼は運命からは逃れられない。エリオットと同じ、皆と同じ。


ほら、それを救えるのは、終わらせられるのは、恋心を殺意に塗り替えた英雄しかいないのだ。




思い浮かぶのは、幸せな光景。母が作ったアップルパイを食べた父の、少しだけ緩む口元。そして、そんな父を嬉しそうに見る母。


いつからだったろう、母の作ったアップルパイを食べても、父が笑わなくなったのは。そう、あれは三年と少し前だ。祖父が亡くなり、父が当主として立ち、外務大臣として家に帰ることが少なくなった頃。

病気がちの母が一所懸命に作ったアップルパイを、砂でも噛むような表情で食べていた。母は、ハルバの頭を撫でながらこう言った。


『寂しいけど嬉しいわ』


ハルバにはよくわからなかったけれど、曲がりなりにもダグラスの血を引いていた母は、わかっていたのだろう。父は官僚としては優秀だが、魔術師としては劣等生だ。本家だからそれが許されているだけで、傍流ではまず許されない。


そんな父が、神に捧げたのが、愛する味を感じる舌と、残りの寿命。


かつて祖父がしたように、家族を守るために、ありったけを詰め込んだ。


だから、母は嬉しいと言ったのだ。それが、父の愛情の証左だとわかっていたから。


そしてまた、ハルバもそれを嬉しく思い、黒瞳を光らせる……目を閉じた。


「死を最大限に利用する。そうだろ、父さん」




友達を地面に下ろし、青年は王城を見た。


「そろそろ、魔術師様が準備を終えるね」


魔法使いは、全てが終わった後に、予知の力を神様からふんだくった。


魔法使いは、英雄信者になる前は、魔女信者であった。魔女と同じ森の奥深くに住んでいて、動物と心を通わせ、穏やかな生活を送っていた。同郷の魔女を、応援しながら。


けれど、嫉妬に狂った魔女が、村人もろとも、彼の友達を焼き尽くしていった。その日から、彼は英雄信者になった。ま、それは建前だけれど。


「一人だけ幸せになるなんて許さない。そう思っていたんだと思うよ」


青年は、相も変わらず穏やかに笑う。


「死なばもろともだよ、チェルシー嬢。君のダンスに付き合ってあげれるのは、僕だけだ」


ダグラスは、予知に特化した一族だ。ご先祖様の予知能力で、英雄を盛り立てる。そんなことしか、考えちゃいない。だから、原点に立ち返ることはしなかった。あの偉大なる父でさえも。


「弟とジルト君が、ずっと親友でいられますように。僕が望むのは、それだけだよ」


青年の黒髪を、風が嬲っていく。遠くの国から来た風は、獅子の咆哮のように力強い。その風に身を任せ、青年は、レオン・ダグラスは、王城へと歩き出した……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ