通行人たちの会話
昔から、私には分身がいた。
『はじめまして、チェルシーお姉様! 貴方の身代わりです!』
元気よく挨拶してくれた子は、どこかで拾ってきた孤児なのだという。その子は、私と同じ瞳を持ち、私と同じ髪の色を持っていた。そう、ただの孤児が持ち得ない同じ色を。
その子は名前を教えてくれなかったけれど、私にはわかった。この子は、実の妹なのだと。きっと、私のテキトーにつけられた名前とは比べ物にならない、立派な名前を持っているのだ。
『じゃあね。悪い子は、木箱の中でおとなしくしているのよ』
私は、家の外を知らない。家族が出かける時は、木箱の中に閉じ込められて、一人ぼっち。家族写真に写っているのは、母と父、そしてあの身代わりの子の三人。
私は悪い子だから、外には出してもらえない。暗闇でずっと、出してもらえるのを待っている。
あの日もそうだった。
あの日、着飾った家族は馬車に乗り、私は木箱に閉じ込められた。ああ、分身は、妹は、とても綺麗だった。ずっと日の光を浴びていない私とは真逆の、健康的な肌、ぴかぴか光る海面のような瞳。
キラキラした妹は、出かける前にそっと、私がうずくまる木箱を開けて、一言。
『行ってきます、お姉ちゃん。愛してる』
悪い子の私に、優しい優しい言葉をかけて。また、そっと木箱を閉じた。
愛してるのなら、どうして閉じ込めるの。そんなことを言えなくさせるくらいに、優しかった。
ーーま、その妹も炎に焼かれたというわけだけど。
チェルシーは、貧民街であくびをした。空気は澱んでいるが、空は晴れている。遠くに見える王城も、真っ白で綺麗だ。
「それにしても、こんな頻繁に抜け出して怪しまれないの? 私が言うのもなんだけど」
「……」
昔チェルシーの家に仕えていた、とある家出身の亜麻色の髪の少女は、喋ることができない。それなので、これは一人問答になってしまうのだけれど、チェルシーは少女……ラテラに話しかけた。ちゃんと彼女の存在を認識している、その証拠に。
ラテラはちらりと後方を見た。そこは、崩れかけた壁。四本の指と、赤茶けた髪がちらりと見えた。
「ああ、なるほど、保護者同伴ってわけね」
言いながら、チェルシーの顔は真っ赤だった。と、いうことは、あの妄想ダンスも見られたということである。そして、あの魔法陣のなりそこないも。
「……始末しよっか」
懐に手をやり、灰色の髪の少年に渡したナイフと似たようなものを取り出す。それをくるりと空中で一回転すれば、「待て待て待て」と焦ったような声が聞こえた。
「俺はラテラのことが心配で見に来てるだけだっつの!」
ずかずかと歩いてくるのは、四年前の生き残りであるアントニー。そして、たぶん三大臣の生き残りでもあるマルクス家の息子。
ーー中立派。私の家と同じか。
「貴方のお父様は、どうしてラテラを養子にしたの? 底抜けのお人好しなの?」
「わかるわけねーだろそんなの。お人好し……なのかもしれないけど、親父はたぶんあれで色々考えてると思うぜ」
聞いてた噂と違うな、とチェルシーは思った。この男は、気弱な財務大臣の父の下で育ったせいで、傲慢で女癖が悪いとの噂なのだが。
「おい、なんだよその目。アイツと同じ目はやめろ」
「アイツ?」
「こっちの話だ。ったく、人を舐め腐ったような目で見やがってよおまったく」
でれでれとにやける姿は、まったく言葉と正反対。別に惚気に興味はないチェルシーは、それをスルーしようとし、
「あ、そうだ。ラテラの主人さんよ、お前、ジルトって名前に覚えはあるか?」
「げふっーー!?」
盛大に咳をし出したチェルシーの背中を、ラテラがさすってくれる。
「その態度、覚えがあるんだな? この前から親父がシリアスモードに入っちまってよ、なんにも教えてくれないんだ」
「ななな、なんで私に聞こうと思ったの?」
「ラテラの家がなんだかすごいらしいことは、養子になる時にクソ公爵に聞いていたからな。そのラテラが屋敷を抜け出して会いに行くお前は、たぶんすごい奴なんだろうなと思ってさ」
「それで、貧民街まで着いてくるって? 馬鹿じゃないの貴方?」
そんなに上等な格好をして、殺されそうになったらどうするつもりだったのだろう。
「そんときゃ大丈夫。妹が助けてくれるからな」
胸を張って言うアントニーに、ラテラが頷いた。ずいぶん染まったものである。
「ジルトのことは知ってるよ。でも、話したくない。本人に聞いてみたら?」
「もう聞いた」
早い。自分にはない行動力に瞠目するチェルシーに、アントニーはがりがりと髪を掻いた。
「俺を巻き込みたくないんだってさ」
「じゃ、話せないね。貴方のお父様も、貴方を巻き込みたくないから話さなかったんじゃないの?」
「せっかく救ってもらった命、無駄にするなってことかもな、でも」
アントニーは、自嘲した。
「たぶん、俺も死ぬぜ? 政権は戦争へと傾きつつある。貴族も平民も関係ねえ、みーんな戦場へ投入されちまうんだ」
「その動きがあるというだけだろう? 君の家は侯爵家だ。まだ余裕がある」
「俺って、あのクソ宰相に嫌われてるからさ。今はまだ“生き残りの人材”がいるかもって理由で生かしてもらってるけど、たぶん名誉兵士とかなんとか理由をつけて戦場に行かされて、殺されると思うんだよな」
「生き残りの人材?」
「こっちの話」
こっちの話が多い。
「それはともかく、だから、死ぬ前にアイツのことを知りたいんだよ。で、あわよくば役に立って、戦場でないところでドヤ顔で死にたい」
英雄の英雄になりたいという思考か。
チェルシーには、理解できない。けれど、このアントニーも通行人だと思うと親近感が湧いてくる。
だから、チェルシーは話してやることにした。
ジルトと、魔法使いの一族とお姫様、ついでに、チェルシーと同じように暗い暗い地下に閉じ込められていた、あの可哀想な魔女のお話を。
「昔々、王国には、三大公爵家というものがありました……」




