今度は俺が
魔法使いは一人だけ。そして、英雄も一人だけ。
魔女になろうとするのはまだよかった。だが、醜い嫉妬に駆られ、英雄になろうとするのは、ダグラスの逆鱗に触れた。
「君のお母さんは、英雄と同じ色の瞳を持っていた。だからトウェル王は、君のお母さんに子供を産ませ、まずは同じ色の瞳の王族を作ることにした。そのためには、彼女が愛した君のお父さんと、王族には表れなかった瞳を持つ君を、殺す必要があった」
淡々と語られるのは、突拍子もないことだった。
「しかし……」
言葉を切り、カルキはジルトのことを見た。
「君は、お母さんに似すぎてしまった。可哀想なことにね」
まただ、可哀想。ジルトは、その言葉が嫌いだった。自分ならまだいい、けれど、その言葉は、必ず母と結びつけられる。
『どのみち、君は可哀想だったんだよ、ジルト君。人の不幸を測るのは無粋だが、君が経験したのは“マシな地獄”だと、私は思うよ』
亡き老人の言葉が、頭の中に蘇った。ああ、このことかと合点がいった。
ジルトは、母に褒められるのが好きだった。思えばあの日は、母にたくさん褒められた。リルウと仲良くなろうとして、女装することを頼んだ時。そして、あの男に殺意を抱いて立ち向かった時。
きっと、一生分の誉め言葉をあの日にもらった。普段から、やんちゃなジルトを叱ってばかりの母は、涙を流してジルトのことを褒めてくれた。その涙も、そこでは残らなかったけれど。
男爵家から公爵家に嫁いで、気を張っていた母の最後の優しさだけは、ジルトの胸に残っている。
「それはもしもの話だ。今ここでしても仕方ない……」
語尾を濁した言い方で、カルキは続けた。
「親友をも殺そうとした王は、見るに耐えなかった。あの男は、非道に身を堕とし、何もかもを利用しようとしていた。君のお父さんを殺した犯人としてのシリウス翁、そこで何があったかを、利害と打算で口を噤むだろう会場の客……あの場所は、用意された悍ましい悲劇の舞台だ」
「でも、結果は違ったんですね」
悲劇は別の悲劇に塗り替えられた。トウェル王と、そして、ジルトの両親は、あの公爵に殺された。
カルキは、重々しく頷いた。
「そう。ダグラスは、王を見殺しにした。それも罪だ。そして……君の家族を見殺しにしたのも、ダグラスなんだよ」
暗い暗い声だった。そこで初めて、カルキは告解するように、縋るように、ジルトのことを見た。
「あの男に引導を渡す。それだけのために、地下の青年による殺戮を許した。理想の英雄になれなかった王を殺すためだけに、何人もの犠牲を許した。それが、一族の罪。英雄に取り憑かれた我々の罪だ」
カルキの頭頂を見ながら、ジルトは冷め切った紅茶を飲んだ。カルキがどばどばと砂糖を入れたので、ジルトの分の砂糖はない。その点では、恨み節を言っていいような気がする。
「それで、なんで俺にこんなことを言うんですか?」
「……え?」
「ぶっちゃけ、すごいショックです。なんで親世代のドロドロを聞かされなきゃいけないんですか?」
「それは君に、全てを知った上で、彼女の味方になって欲しくて」
その前提からして、間違っているのだ。顔を上げ、厳しそうな顔はそのままに、ぽかんと口を開けているカルキに、ジルトは言った。
「俺は、四年前に陛下と……リーちゃんと約束したんです。魔女が嫌なら、俺が魔女になるって。そうしたら、君はお姫様だって。と、いうことは……」
自分を指差し、ジルトはにやりと笑った。
「リーちゃんが魔女になりたいのなら、今度は俺がお姫様になるということかな」
「君はよくわからないな。私は、全てを知った上で、お姫様を受け止めて欲しいという話をしたつもりだったのだが」
なぜ君がお姫様になるのか。半眼になったカルキに、ジルトはふふんと得意げに胸を張った。
「俺って、母さんに似てるんでしょ? 女装したらいけますよ」
「確かに、舞踏会の日には驚いたが、いや違う、そうじゃない」
頭を抱えた姿は、親友の姿にそっくりだった。
「私は罪の話をしに来たんだ。君を英雄に見立てて、赦しを得ようと思って……」
「俺はお姫様にジョブチェンジするんで、赦しは別の人に得てください」
「ジョブチェ……? よくわからないが、わかった。君はお母さん似だと思ったが、お父さん似でもあるのだな」
懐かしそうな顔をするカルキは、ひどく優しげだった。
「女王陛下のためでもあるが、息子のためでもあるんだ。ダグラスの血を引いてしまった息子の親友である君に、このことを話してどう言われるか、内心恐ろしかった。が」
ジルトの顔を見て、カルキは笑った。
「杞憂だったみたいだね」
「もちろん。“やる気なし同盟”の絆は永遠です」
「ああ、よかった」
カルキは、黒瞳を光らせた。
「未来は、保証されるんだな」
その時、応接室の扉が蹴破られた。部屋に入ってきたのは、警邏の制服を着た、黒に近い髪の男である。ジルトはその男に見覚えがあった。
そして彼もまた、その男のことを知っていたようだった。
「成長したな、エリオット君」
「ええ、のうのうと生きていた本家のおかげで、泥水を啜って大きくなりました」
ぎらぎらと光る瞳は、憎しみに満ちていた。
「アウグスト宰相周りのことを察知して、ジルト様に四年前のことを教えに来たんですね。余計なことを」
「潜伏期間が長かったんだろう? 本性を晒してもいいのか?」
「良いんですよ。私はもう、偽ることはやめたのですから」
ジルトのことを見る、エリオットと呼ばれた青年。彼は、歪んだ笑みを浮かべていた。
「英雄の傍に立つ魔法使いは、私だけでいいんです」
「そのための一歩が、私の逮捕か」
「そう……枝葉も幹も、全て刈り取る。魔法使いになる可能性のある者は、根絶やしにする」
「それが、傍系の人間の総意か?」
「ええ。才能を眠らせている愚かな本家より、よほど本家に相応しいでしょう」
交わされる会話。ジルトは、呆然としてそれを聞いていた。
王を見殺しにした魔法使いの一族たちは、その一族内でも、静かに火花を散らせていた。
「よかろう。ジルト君」
ソファから立ち上がったカルキは、こんな状況にも拘らず、なぜか笑っていた。
「リルウ陛下とハルバをよろしく頼んだよ。それと、愚息子たちに伝言を頼まれてくれるかい?“私は、妻の作ったアップルパイが好きだった。シナモンの効きすぎた、甘すぎないアップルパイが”」
カルキが両手を差し出せば、エリオットが手錠をかける。
「待ってください、なんで」
なんで、一族内で争うのか。なんで、そんな簡単に逮捕をされようとするのか。
「全ては未来のために。告解は裁判長にでも聞いてもらうとするよ」
違う。告解するべきは、死した人たちにだろう。ジルトは懐に手をやった……ある。
ここにいるのは、クライスじゃない。そうだ、そんな簡単に、連れて行かせることは……。
「やめなさい。君まで逮捕されてしまうよ。外にはきっと、警邏官たちが控えている。それを見られたら、君の自由はなくなる」
カルキの囁く声と共に、舌打ちが聞こえた。
「先に魔法使いを根絶やしにしてからで良いんじゃないか? 英雄は逃げない。そうだろう?」
「そうですね。まずは、邪魔者から消していきましょうか」
閉じた扉の隙間からは、無数の目が覗いていた。そして、ジルトのことを、闇を湛えた黒瞳を持つ男が、じっと見ていた。
「いずれ貴方を英雄にする」
「……」
ジルトが唇を噛んだのは、悔しさからだ。
けれど、彼が唇を噛んだのは、悔しさからではなかった。
誰もいなくなった部屋で、ようやく解放された彼は笑って、咲って、嗤った。
あの炎を思い出し、愛しい人との接吻を思い出す。草色の瞳を細めて、低く呟いた。
「“次はないぞ”と、言ったのになあ?」




