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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
見放し見限り、見捨てられ
132/446

今度は俺が

魔法使いは一人だけ。そして、英雄も一人だけ。


魔女になろうとするのはまだよかった。だが、醜い嫉妬に駆られ、英雄になろうとするのは、ダグラスの逆鱗に触れた。


「君のお母さんは、英雄と同じ色の瞳を持っていた。だからトウェル王は、君のお母さんに子供を産ませ、まずは同じ色の瞳の王族を作ることにした。そのためには、彼女が愛した君のお父さんと、王族には表れなかった瞳を持つ君を、殺す必要があった」


淡々と語られるのは、突拍子もないことだった。


「しかし……」


言葉を切り、カルキはジルトのことを見た。


「君は、お母さんに似すぎてしまった。可哀想なことにね」 


まただ、可哀想。ジルトは、その言葉が嫌いだった。自分ならまだいい、けれど、その言葉は、必ず母と結びつけられる。


『どのみち、君は可哀想だったんだよ、ジルト君。人の不幸を測るのは無粋だが、君が経験したのは“マシな地獄”だと、私は思うよ』


亡き老人の言葉が、頭の中に蘇った。ああ、このことかと合点がいった。


ジルトは、母に褒められるのが好きだった。思えばあの日は、母にたくさん褒められた。リルウと仲良くなろうとして、女装することを頼んだ時。そして、あの男に殺意を抱いて立ち向かった時。


きっと、一生分の誉め言葉をあの日にもらった。普段から、やんちゃなジルトを叱ってばかりの母は、涙を流してジルトのことを褒めてくれた。その涙も、そこでは残らなかったけれど。


男爵家から公爵家に嫁いで、気を張っていた母の最後の優しさだけは、ジルトの胸に残っている。 


「それはもしもの話だ。今ここでしても仕方ない……」


語尾を濁した言い方で、カルキは続けた。


「親友をも殺そうとした王は、見るに耐えなかった。あの男は、非道に身を堕とし、何もかもを利用しようとしていた。君のお父さんを殺した犯人としてのシリウス翁、そこで何があったかを、利害と打算で口を噤むだろう会場の客……あの場所は、用意された悍ましい悲劇の舞台だ」

「でも、結果は違ったんですね」


悲劇は別の悲劇に塗り替えられた。トウェル王と、そして、ジルトの両親は、あの公爵に殺された。


カルキは、重々しく頷いた。


「そう。ダグラスは、王を見殺しにした。それも罪だ。そして……君の家族を見殺しにしたのも、ダグラスなんだよ」


暗い暗い声だった。そこで初めて、カルキは告解するように、縋るように、ジルトのことを見た。


「あの男に引導を渡す。それだけのために、地下の青年による殺戮を許した。理想の英雄になれなかった王を殺すためだけに、何人もの犠牲を許した。それが、一族の罪。英雄に取り憑かれた我々の罪だ」


カルキの頭頂を見ながら、ジルトは冷め切った紅茶を飲んだ。カルキがどばどばと砂糖を入れたので、ジルトの分の砂糖はない。その点では、恨み節を言っていいような気がする。


「それで、なんで俺にこんなことを言うんですか?」

「……え?」

「ぶっちゃけ、すごいショックです。なんで親世代のドロドロを聞かされなきゃいけないんですか?」

「それは君に、全てを知った上で、彼女の味方になって欲しくて」


その前提からして、間違っているのだ。顔を上げ、厳しそうな顔はそのままに、ぽかんと口を開けているカルキに、ジルトは言った。


「俺は、四年前に陛下と……リーちゃんと約束したんです。魔女が嫌なら、俺が魔女になるって。そうしたら、君はお姫様だって。と、いうことは……」


自分を指差し、ジルトはにやりと笑った。


「リーちゃんが魔女になりたいのなら、今度は俺がお姫様になるということかな」

「君はよくわからないな。私は、全てを知った上で、お姫様を受け止めて欲しいという話をしたつもりだったのだが」


なぜ君がお姫様になるのか。半眼になったカルキに、ジルトはふふんと得意げに胸を張った。


「俺って、母さんに似てるんでしょ? 女装したらいけますよ」

「確かに、舞踏会の日には驚いたが、いや違う、そうじゃない」


頭を抱えた姿は、親友の姿にそっくりだった。


「私は罪の話をしに来たんだ。君を英雄に見立てて、赦しを得ようと思って……」

「俺はお姫様にジョブチェンジするんで、赦しは別の人に得てください」

「ジョブチェ……? よくわからないが、わかった。君はお母さん似だと思ったが、お父さん似でもあるのだな」


懐かしそうな顔をするカルキは、ひどく優しげだった。


「女王陛下のためでもあるが、息子のためでもあるんだ。ダグラスの血を引いてしまった息子の親友である君に、このことを話してどう言われるか、内心恐ろしかった。が」


ジルトの顔を見て、カルキは笑った。


「杞憂だったみたいだね」

「もちろん。“やる気なし同盟”の絆は永遠です」

「ああ、よかった」


カルキは、黒瞳を光らせた。


()()()()()()()()()()()


その時、応接室の扉が蹴破られた。部屋に入ってきたのは、警邏の制服を着た、黒に近い髪の男である。ジルトはその男に見覚えがあった。

そして彼もまた、その男のことを知っていたようだった。


「成長したな、エリオット君」

「ええ、のうのうと生きていた本家のおかげで、泥水を啜って大きくなりました」


ぎらぎらと光る瞳は、憎しみに満ちていた。


「アウグスト宰相周りのことを察知して、ジルト様に四年前のことを教えに来たんですね。余計なことを」

「潜伏期間が長かったんだろう? 本性を晒してもいいのか?」

「良いんですよ。私はもう、偽ることはやめたのですから」


ジルトのことを見る、エリオットと呼ばれた青年。彼は、歪んだ笑みを浮かべていた。


「英雄の傍に立つ魔法使いは、私だけでいいんです」

「そのための一歩が、私の逮捕か」

「そう……枝葉も幹も、全て刈り取る。魔法使いになる可能性のある者は、根絶やしにする」

「それが、傍系の人間の総意か?」

「ええ。才能を眠らせている愚かな本家より、よほど本家に相応しいでしょう」


交わされる会話。ジルトは、呆然としてそれを聞いていた。

王を見殺しにした魔法使いの一族たちは、その一族内でも、静かに火花を散らせていた。


「よかろう。ジルト君」


ソファから立ち上がったカルキは、こんな状況にも拘らず、なぜか笑っていた。


「リルウ陛下とハルバをよろしく頼んだよ。それと、愚息子たちに伝言を頼まれてくれるかい?“私は、妻の作ったアップルパイが好きだった。シナモンの効きすぎた、甘すぎないアップルパイが”」


カルキが両手を差し出せば、エリオットが手錠をかける。


「待ってください、なんで」


なんで、一族内で争うのか。なんで、そんな簡単に逮捕をされようとするのか。


「全ては未来のために。告解は裁判長にでも聞いてもらうとするよ」


違う。告解するべきは、死した人たちにだろう。ジルトは懐に手をやった……ある。

ここにいるのは、クライスじゃない。そうだ、そんな簡単に、連れて行かせることは……。


「やめなさい。君まで逮捕されてしまうよ。外にはきっと、警邏官たちが控えている。それを見られたら、君の自由はなくなる」


カルキの囁く声と共に、舌打ちが聞こえた。


「先に魔法使いを根絶やしにしてからで良いんじゃないか? 英雄は逃げない。そうだろう?」

「そうですね。まずは、邪魔者から消していきましょうか」


閉じた扉の隙間からは、無数の目が覗いていた。そして、ジルトのことを、闇を湛えた黒瞳を持つ男が、じっと見ていた。


「いずれ貴方を英雄にする」

「……」


ジルトが唇を噛んだのは、悔しさからだ。

けれど、()が唇を噛んだのは、悔しさからではなかった。











誰もいなくなった部屋で、ようやく解放された()は笑って、咲って、嗤った。

あの炎を思い出し、愛しい人との接吻を思い出す。草色の瞳を細めて、低く呟いた。


「“次はないぞ”と、言ったのになあ?」


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