知りたくないこと
ダグラスには、たくさんの不名誉な称号がある。
傍観の一族。魔法使いの一族。脚本家気取りの無能。そして、生き汚い裏切り者。
それらを並べ立てるダグラス本家の男には、自嘲する様子は一切なかった。それが真実であると受け止めているかのように、機械的な言い方をしていた。
「我々は、王を見捨てた」
告解と言うには、あまりにも冷たすぎた。ジルトは、ごくりと唾を呑んだ。
「本来、我々は王を守るべきだった。たとい醜く腐り落ち、獣に成り果てようとも。交わした約束は守るべきだった」
何を言われているのかは、まったくわからなかった。嫌な汗が、こめかみを流れた。“知りたくない”という思いだけが、ジルトを支配していた。
「残酷なことだと思う。しかし、私は君に知っていて欲しいんだ……そして、あの方の助けとなってほしい」
「あの方?」
「女王陛下だ。彼女には、君が必要だ」
ほんの少しだけ、カルキが微笑んだ。
「これは、罪滅ぼしかもしれないがね。私も生い先短いので、こうするしかない。不甲斐ないが、許してくれ」
「いえ、聞かせてください。俺は……」
ジルトは、机の下で拳を握った。
炎の前の思い出は、きらきらと輝いていた。その思い出が、色を失っていくのを、ジルトは感じていた。
トウェル王に頭を撫でられた思い出も、母が褒めてくれた思い出も、二人で絵本を読んだ思い出も……ただ、その中で、憎しみの象徴だけが、強い光を放っている。
皮肉なことに、今のジルトの背中を押しているのは、あの銀色だった。
「全部、知りたいから」
そんなジルトの様子を見て、カルキは頷く。黒瞳が、ジルトのことを射抜いた。
「四年前、君は、死ぬはずだったんだ」
シリウス・スピレードは、幸せだった。
あの男はクーデターを試みていたが、ダグラスと違って、結局なにもできなかった。
彼は、理想に生き理想に死んだ。帝国に勝つには人材の育成しかないという理想を、ガウナによって否定されて死んだのだ。
スピレードが戦場で目の当たりにした、帝国との隔絶された差。それを埋めるのに人を指定したのは、確かに慧眼である。
物を増やすにも、技術を上げるにも、立ち返れば優秀な人材が必要だからだ。
だが、その前提がひっくり返ったら? 魔法という、人には未知なる力が存在したなら?
彼のやってきたことは、全て彼にとって、無駄だったということだ。
極め付けは、女王陛下。彼女の言葉で、スピレードは死んだ。一応の予言に従った、お姫様の言葉で。
さっさとこの世をずらかった自分の師は、とても幸せなのだと、エリオットは思った。文字通り、墓場まで持っていくというやつだ。
彼はジルトに、どうして王国が醜いと思ったのか、その話をしていない。それは、ジルトにとって重要なことであるというのに。
この国が、王族が、どんなに英雄を待ち焦がれていたかがわかる、重要な話なのに。
指先が震えた。
「死ぬはずだった、って」
「トウェル王は、君と、君のお父さんを殺そうとしていたんだよ。だから、不必要に善良なカイリ君も、クーデターを仕掛けようとしていたシリウス翁も、あの日、王宮にはいなかった」
「はは、そんな」
笑いながら、ジルトは冷たくなった指を擦った。指の震えを、全身にまで及ぶかと錯覚する。
だが、カルキはそれを否定してくれない。
「彼は、醜い嫉妬に駆られていた。親友である君のお父さんと結婚した、君のお母さんのことが好きだったんだ」
初めは道具として、次に純粋な愛から。
「道具……?」
不穏な言葉だ。あの優しげなトウェルおじさんと、結びつきようもない言葉。
「王家は英雄を求めていた。だから、魔女と同じ目の色の者、魔女と同じ髪の色の者と婚姻し、時には不貞を犯した。そうして、金色の髪に紅色の瞳を持つ、トウェル王が出来上がった」
「待ってください、王家は、魔女の血を引いているんじゃないんですか?」
その言い方だと、まるで。
ジルトは、ファニタが教えてくれた『アッカディヤの魔術儀式』の論文の結論を思い出しながら、そして、シンスの言葉を思い出しながら言う。
王家は呪われた魔女の血を引いている。それを隠すべく、英雄譚を利用したのがあの公爵で。
「いいや、違う。王家は、セレス姫とアルバートの血を引いているんだよ」
首を横に振るカルキ。
雷で打たれたような気分だった。それでは、教祖が言ったあの言葉は? それなら自分が魔女になるという、ジルトの言葉は?
「でも、歴史書には、夭折と」
言いながら、ジルトはシューエルとの会話を思い出していた。
『これが、魔女信者が付け上がること間違いなしの、現王家の弱点、矛盾って言った方がいいかな』
『そうか、王家はアルバートとセレス姫が結婚して、今の血筋があるというスタンスだから、この歴史書と矛盾しているってことか……』
『そう。つまり、伝説と歴史書も矛盾しているってこと。これは、どっちも間違ってるんだって。王家は不都合な事実を隠そうとしているだけらしいわ』
不都合な事実。それは、一体なんだ?
「歴史書には、嘘が書いてある。王家は、姫のしたことを隠したかったんだ」
なにか得体の知れないものが、さっきから耳元で囁いている。カルキはそんなジルトのことを憐憫の瞳で見ながらも、話を続けていく。
「魔法使いは、魔女と英雄が結ばれたことを良く思っていなかった。だから、姫と英雄の子を、次の王にした。その子は青色の髪に、緑の瞳を持っていた。そこから、王家の狂気は始まった……姫の怨念に取り憑かれた王家は、四千年もの間、英雄を求め続けた。だが、英雄は現れない。次第に、王家は屈辱と共にこう思った。“姫であるからダメなんだ、それならば、英雄と共に真に結ばれた魔女になろう”。憎しみを抱いた相手になろう。金の髪に紅い瞳を持つ魔女になろう。姫の子孫は、魔女になろうとあの色になった。そして、君のお母さんの話になる」
一気に話したカルキは、ふう、と息を吐いた。
「魔女になった王家は、次に英雄になろうとした。だから、魔法使い……ダグラスは、四年前に王家を見捨てた。醜く腐り落ちた王は、人々を見限り、見放して、英雄になろうとしたのだから」




