予知の使い方
この子もヒロインなんですけど、絶対関わりたくないですね。
しかし、本当にこれでうまくいくのかねえ。
腹芸が下手という腹芸で乗り切った少年を前に、シンスは冷めた瞳だった。
サイネルというのが本名らしい青年は、ここに来た時のことを覚えていなかったが、シンスは青年の言ったことを覚えていた。
青年は、ここに持ち込んだ絵を、どこに飾るかを細かく指定してきた。おそらく、同じように見える絵でも、どこにどの絵を飾るかが、恐ろしい魔術(おそらくこれは魔術だ。あの公爵は魔術を覚えてしまったらしい)を使うにあたって、重要となってくるのだろう。
新しい絵を、予めサイネルに描いてもらっておいた絵とすり替えたのはブラフ。本命は、ガウナ本人の描いた喫茶店の絵とすり替えることである。
リルウの魔法でリュービス邸へと行き、サイネルから二枚の絵を受け取り、『魔女の信徒』の絵を渡す。これですり替えは完了。
正直言って、全部の絵を外して燃やしたい気分なのだが、そんなことをしたら信者に不審がられるし、なによりブチ切れた公爵に“確実な手段”を取られかねない。
“確実な手段”とは、人を使っての魔術発動である。ジルトの話を聞いて、シンスにはわかった。王城のクーデター。最後の一枚を持ってきたサイネル青年によって、その魔術とやらは完成するに至ったのだと。
要は、各絵が所定の位置にあればいいだけだ。絵を掛けたのは、不自然さを消すため。
全ての絵を外せば、シンスにはもうバレてしまっているのだからと、今すぐにでも人を使って魔術を発動されてしまうだろう。
しかし、殺されるとわかっていても、絵を飾っておくことで、こちらの意図を読みにくくすることができる。なにより、シンスは自他共に認めるクズである。
「まあ、公爵の狙いはわかったよ。そこで提案なんだけどよ、クライス君」
「何でしょうか?」
この場で大量虐殺しても良いんだぞ、的な雰囲気を漂わせてくる烏に、そろそろギブアップしそうな少年に助け舟を出してやる。ここから先は、腹芸の超絶うまい(本心が八割)シンスの出番である。
「俺はこのまま信者を増やしてやる。そんで、公爵の魔術の犠牲にしてやるからよ、俺だけは助けてくれないか?」
どうよ、この「俺なら言いそう」感は。そう思ってドヤ顔をしていれば、どこからか冷めた視線を感じた。具体的には、ソファに座る少年からだ。急に冷静になるのはやめてほしい。
「だから、絵を残してあるんですか?」
「そうだよ。俺は腐っても魔女信者だぜ? いずれ復活する可愛い可愛いローズ様のために、金蔓たちを生贄に差し出すなんぞ、朝飯前。俺の命は差し出せないけどな」
クライスが考え込むような顔をして、一番わかりやすそうなジルトを見るが、そのジルトはジト目でシンスを見てくる。
その様子を見て、クライスは納得したらしい。
「それならば、ガウナ様に掛け合ってみます。こちらとしても、生贄の数は多ければ多いほどに良いので」
「そんなことはさせない」
と、なると、リルウ以外敵しかいなくなったジルトが、思わぬ展開に、懐からナイフを取り出すのは当然なわけで。それをノータイムで蹴り上げ、クライスが唖然とするジルトの腹に一発入れて気絶させるのも予定調和。
予定調和といえ、よくこの役を引き受けたものである。そろそろ鳩尾が鍛えられたりとかしないんだろうか。しないな。一人納得するシンス。
ぐったりとソファに沈みこんだジルトをよそに、クライスはシンスに黒い目を向けた。
「それでは、信者たちを増やすように励んでください。裏切ったら……」
「こえーよ、やめろよその目」
バラされる。クライスが蹴り飛ばしたナイフを拾いに行くのを見て、シンスは背筋が冷えた。鞘にしまって、ジルトの懐に戻すのを見て、目を丸くした。
「没収しないのか?」
「はい。“理解者”への第一歩です」
少しだけ微笑んでいる。不気味ったらありはしない。雑に担がれたジルトを見て、ため息を吐く。
「お前みたいな武闘派じゃないところは、同じかもしれねえな」
と、いうことで、ジルトのことが気になって視てみたハルバは、また吐き気と戦わなければならなかった。
「女王陛下の魔法で帰ればいいじゃん、なんで担いで帰るんだよ」
「二人きりにしたら、また何かを画策するからじゃない?」
ファニタの至極真っ当な答えが返ってくる。確かに、クライスの立場からしてみれば、リルウがジルトに協力的すぎることは、良くは映らないだろう。
「まあ、それはおいといて。『魔女の信徒』の場所がわかったのは、大きな収穫だな」
「ええ。これで、向こうの知らないアドバンテージが一つ増えたわ。あとは、それをどう使うか」
「できれば、公爵が『魔女の信徒』で魔法を発動する日が知りたいよなあ」
予知で音声が聞こえるようになれば良いんだけど、とハルバは思う。
なんとかできるようになったのは、先ほどのような連続予知だ。最初は予知をするたびに疲労したが、だんだんとコツを掴んできた。最初に予知をした時よりも、格段に魔力の扱いが上手くなっているような気がする。まさか、このような形で成長を感じることができるとは思わなかった。
だからこそ、もっと役に立つような予知をしたいと思う。できれば、全部を予知して、ジルトの“理想の復讐”を完遂させてやりたい。何もかも出し抜いて、取りこぼさせることなく……。
だが、現実は。
ノーデン・ヒュラム王国陸軍参謀本部長は死に、そして、シリウス・スピレード元内務大臣も自死をした。
まだ、自分の予知は完璧ではない。ハルバは、もっともっと、力をつける必要があると感じ……。
その一方で、同族である彼女は、力なき自分が成し遂げてしまったことに、恐怖を感じていた。
「ソフィア殿、感謝いたします。裏切り者どもを、これで一掃できます故に」
ラミュエルが空を舞えば、その一瞬で鮮やかな血の華が咲き乱れる。帝国軍の姫将軍は、ただのお飾りではないのだ。
帝国の中でも、とある派閥の人々を予知で寄せ集め、一室に閉じ込めた。そこで行われるのは、一方的な虐殺である。中には剣を抜いて向かってくる人物もいたが、ラミュエルに敵うはずもなく、真っ二つにされて、床に転がる。
ぐいっ、と返り血を拭って、ラミュエルは、ものの数分でつくりあげた屍の山を、満足げに見る。
「して、セブンス様、これでよろしいのですか?」
「ああ、上出来だ」
扉に魔法をかけて外側から施錠していたセブンスは、その魔法を解除して、中へと足を踏み入れた。顔色ひとつ変えない幼女と反対に、ソフィアは実際に目にしたその惨状に耐え切れず、床に手をついて思い切り嘔吐した。
脳裏に蘇るのは、王都通信社での惨劇。頸動脈を切られ、息絶えるマッジ社長の顔。
新聞記者として、猟奇的事件も扱ってきた。けれど、同族の男による、大切な人の殺害を目にした後では、感じるものが違うのだ。
「おいおい、こんなん序の口だぜ。大丈夫、すぐ慣れるよ」
悪魔のような言葉。赤髪の幼女は、首を垂れるラミュエルの返り血で染まった白金の頭を、優しく撫でた。
「よくやったな、ラミュエル。これで、お前は魔法を使えるようになるよ」




