特定と嘘
……正直言って驚いた。
新聞社が立ち並ぶ通りの喫茶店。ジルトはコーヒーを飲みながら満足げに、すげ替えられた絵を眺めていた。
それを窓の外から見るクライスは、いつものようにジルトを監視中。
穏やかな午後。ナニガシが教えてくれたように、キャスケットを被って変装したリルウが当たり前のように喫茶店に入ってくる。当たり前のようにジルトの前に行けば、ジルトの肩が跳ねた。それはそうだ、彼女はお飾りとはいえ、この国の女王なのだから。
ジルトとリルウはしばらく何かを話した後、喫茶店を出て、路地裏へと入り、そして。
ーー魔法、いや、魔術か。
クライスにはわからない。だが、“抜け穴”を使って、彼らがどこかへ行ったことは事実。会話からすると、おそらく『魔女の信徒』だろう。
引き離されてしまったが、大通りから『魔女の信徒』へ行くことは容易い。クライスは走り出した。
彼は魔法の類が使えない。一応ガウナと契約はしているが、完全な一般人であるルクレールでさえ作ることのできた“抜け穴”も、事前に作られたものに入ることはできるが、作ることはできない。
王城の庭での決戦も、事前にガウナに作ってもらった抜け穴を地面に隠しておいた。だから、この場合、魔法に頼ることはできない。
それゆえに、彼は、“抜け穴”を使わずに『魔女の信徒』の本拠地へと向かった。
そう、向かってしまったのである。
「かかったぁ!」
歓喜の声をあげたのはハルバである。拳を突き上げ、嬉しそうに黒瞳を光らせる。
「ふーん、なるほどなるほど、マニュエル銀行の角を左に、そこから、速っ!? えーと」
「建物だけ言って」
地図を広げたファニタの冷静な声に、ハルバは「わかった」と頷く。
「郵便局、公園、公会堂……住宅街だな、屋根の上走り始めたんだけど」
「わかりやすくなっていいわ。続けて」
「教会、アパート、小さな公園、それから白い小さな建物、の地下だな。うぷっ、酔った……」
クライスの身体能力には舌を巻く。以前ジルトがミュールに担がれて気絶した話をしてくれた時に、笑って聞いていたものだが、これは気絶する。わかるぞ親友。
ハルバがまたひとつ共通点を増やしているうちに、ファニタは地図のある一点に大きな丸をつけていた。
「お疲れ様、ハルバ。おかげさまで、『魔女の信徒』の場所がわかったわ」
「視た甲斐があるってもんだぜ」
ハルバはほっとすると共に、ここにファニタがいてくれたことに感謝した。自分の「ジルトをギャフンと言わせたい」という言葉に賛同してくれて、こうして付き合ってくれている。ありがたい限りだ。これが終わったら、二人のデートでも画策してやろう。
などと、ハルバが爽やかな気持ちになっていた同じ頃。
連続予知という荒技を成し遂げたハルバに、ファニタの方も安心していた。
ーー思ったより、健全な方法だったわね。
スピレードの居場所を、どこの馬の骨かわからない同族に予知してもらったジルトをギャフンと言わせたい。そうハルバに話されたのは、ジルトが出かけてからすぐ後。
サイネル青年が回収した赤い絵。そのかわりに置いてもらった絵を、一時的とはいえ、スピレードの教え子たるジルトに見てほしいという彼たっての願いで、ジルトは例の喫茶店へと出かけていった。
どこに行くかをきっちり聞き出したハルバは、不自然にならないよう、特に何も言わずにジルトを送り出した。
今朝に予知した、リルウと黒髪の男が何かを話している様子。そして、放課後の喫茶店にいるはずのジルトが、舞踏会のルクレールの時のように視えないことから、おそらくあの男の予知の結果なのだと推測。
ファニタにそれを確かめ、一緒に作戦を立てた。
ジルトには監視役のクライスがいる。
リルウに接触して、魔法とやらで『魔女の信徒』に行くことができても、一発でバレてしまう。そんな話をするハルバに、「それなら逆に、クライスさんを利用しましょう」とファニタは言った。
彼は公爵の側近だが、魔法を使っている姿は見たことがない。もしかしたら、魔法を使わない正規の道順が辿れるかもしれない。
果たして、予想は大当たり。
その類稀な身体能力が災いして、クライスは『魔女の信徒』にすぐにたどり着いた。
「あ、クライスさん」
ジルトとリルウはソファに座り、まったりと紅茶を飲んでいた。対してシンスはクライスのことを噛みつかんばかりの目で見てくる。
「おい、あのクソ、俺らのことを絵で殺そうとしてるらしいじゃねえか」
どうやら、全て話してしまったらしい。しかし、おかしなことがある。
「廊下に飾られている絵は、十三枚。全て無事なように見えますが」
ガウナに聞かされた枚数と一致している。それに、全て同じ赤系統の絵である。
「外したら何があるかわからないから、公爵が来た時にビリビリに破くことにしたんだよ」
などと言う、意外と腹芸の上手いシンスを無視して、クライスはジルトに「そうなのですか」と問う。
「なんで俺なんですか」
一番聞き出しやすそうな人物だからである。ジルトのことを見ると、彼は、少し狼狽えて答えた。
「教祖様の言うことは確かですよ。俺も今すぐ外すように言ったんですけど」
「ガキの言うことには耳を貸さん」
「そうですか」
クライスは、ジルトが無意識に気にしている部分に目をやった。懐の膨らみ。
「ちょ、わはっ、くすぐったい!」
それを遠慮なく探りだすと、鞘に収められたナイフが姿を表す。
「護身用です。何回も気絶させられてるから」
恨みがましい目線をスルーして、クライスは刃を検分する。拭き取られてはいるが、赤い塗料のあとが見える。
「削りましたね」
「……一枚だけ。でも、どれを削ったかはわからないですよね」
挑発的に言うジルトは、もはや居直っている。クライスが極寒の視線を送るのもなんのその。逞しくなったものである。
「一枚だけじゃないかもしれないですよ」
余計なことを付け足したので、一枚だけ削ったのだとわかった。
ナイフを鞘に収めて返す。本人は意識していないだろうが、これで主人と同じところがまた増えた。良い傾向だ。
「偽装するとしたら、新しい絵でしょうか。サイネル様に描いていただいたのですね?」
「うっ」
実にわかりやすい。クライスは、一番新しそうな部屋の前の絵を持ってきて、躊躇いなく削った。やはり、青い魔法陣は現れなかった。
「新しい絵を描くように、ガウナ様に頼みます」
「お前腹芸下手すぎない?」
シンスがジルトのことを責めるように見る。のを「お兄様は清廉なだけです」と謎の擁護をするリルウ。彼女が魔法なのか魔術なのかわからないが、それを使えるとわかったのも、一つの収穫だ。
と、気まずい雰囲気が流れる『魔女の信徒』本拠地。から離れた、リュービス邸。
サイネルは、喫茶店から回収した一枚の絵と、『魔女の信徒』から回収された一枚の絵を見比べていた。
両者の違いは、絵描きのサイネルから見ても、ないに等しいと言えた。
……喫茶店の奥に飾ってあった絵と、『魔女の信徒』の本拠地に飾ってあった絵。それをすり替えても、たぶん誰にもわからないだろう。




