穏健派の首領
怖い人に絡まれる
その人事は、衝撃的なものだった。
シリウス・スピレード元内務大臣が獄死した今、内務大臣のポストには、戦争反対派のガウナ・アウグスト宰相の手の者が就くと思われていた。
しかし、実際に就いたのはスピレードの“教え子”……しかも、さきのクーデターに参加したはずの人物だったのである。
これに、アウグスト宰相を叩く気満々だった敵対勢力は唖然とし、振り上げた拳の行き場がなかった。
宰相のことを腰抜けだと抜かしていた“教え子”以外の軍部はこれに好感を持ったらしく、態度を一変。概ね宰相の味方に着く形となり、拳の行き場を『戦争反対』に変えた一部敵対勢力とは袂を分かつことになる。
そして、先生が死んだ他の“教え子”はというと、これは、ごく自然に、宰相派と、敵対勢力派、マルクス財務大臣が属する中立派、そして、カルキ・ダグラス外務大臣の穏健派へと分散した。
そうして、王城。
ガウナは新聞記事を読み、うんうんと頷いた。
「これは別れたね」
五紙のうち二紙はこの人事に好意的。それから二紙は批判的だ。一紙は様子見といったところか。この様子見を好意的な部分に引っ張ることができれば良いのだが。
まあ言うなればこの人事は、戦争のことである。意見が別れるのはむべなるかな。
好意的な二紙でも、単に十五年前のリベンジをしたい積極派と、帝国に攻められる前にこちらから仕掛けた方がいいという消極派の二つに別れたりする。
批判的な二紙もそう。細かい部分で違うので、ある一点をひっくり返せばこちらに着く可能性もある。逆もまた然り。
ありがたいことに、どこかの『王都通信社』のような、“なんでもかんでも叩く材料にする逆張り新聞社”はいないので、つくづく、「潰しておいてよかったな」と思う。
このタイミングで彼らがいたら、まずスピレードの変死を掘られ、アントニーも調子付き、それからやっぱりあの小さな英雄に辿り着かれたことだろうから。いや。
「でも彼らなら、ジルト君のことを面白おかしく特集してくれたんだろうなあ」
そう考えると、惜しい人材を亡くしたと思う。
政権のことはこき下ろすだろうが、彼らなら、重大事件をすっ飛ばして、ガウナに大打撃を与えることを優先しただろう。『ドラガーゼ公爵家 唯一の生き残り!』的な文面は、見てみたかったりした。
しかし、現実は、元子爵による孤児院放火事件から始まり、スピレードとその“教え子”による大量虐殺、虐殺首謀者の獄死……それからこの人事と、ジルトのことを挟む暇がなく今に至る。
善良な財務大臣は、善良すぎて「でも新聞に発表したらそのジルト君が驚いてしまうと思うので、まず本人に意向を確認してからにしますね」と笑顔で言ったと思いきや、さきほど影を背負って登城してきた。ダメだったらしい。わかりやすいのは良いことである。
一応どんな返事をされたかは気になったので聞いてみると、「愚息子が伝言を伝えてくれました。いや別にいいです、の一言です」と実に暗いトーンで言われた。
打診は手紙で行ったらしいから、意外に礼儀正しいあの少年が手紙で返さなかったのは腑に落ちないことではあるが、それだけ嫌だったということだろう。
返事が来る前に新聞にどーんと載せたかったが、返事が来た以上善良な財務大臣の信を損なうことになる。個人用の煽りとしてとっておこうと思う。
宰相の執務室から退出し、暗い雰囲気を纏っていたマルクス財務大臣は、暗い雰囲気のまま、心の中ではガッツポーズをしていた。
ーーき、きき、緊張した! けど、これで……!
これでジルト君のことが新聞に載ることはない。そう思うと、カイリの心は晴々とした。
カイリとて、伊達に四年間財務大臣を務めているわけではない。その温厚さで敵は少ないが、いないわけではないので、自然と現政権における力関係、自分の立ち位置も見えてくる。
現政権における人材不足、宰相にとって自分がどう見えるかは、あたりをつけている。自分がジルトの意思を尊重したいという姿勢を見せておけば、無理に彼の素性を新聞にタレ込むことはしないだろう。
『味方に引き入れることはすれど、敵に回すことはしたくない、大胆に見えて小心者なやり方なんだと』と、故・元内務大臣の教えを受けたアントニーが教えてくれたのも役立った。と、そんなことを考えていた時だった。
「こんにちは、マルクス殿」
「ダグラス外務大臣、こんにちは。珍しいですね、貴方が執務室に御用とは」
廊下を歩いていたカイリの前に現れたのは、王国三代公爵家・ダグラス家の当主であり、敏腕外務大臣であるカルキ・ダグラスである。
短めの黒髪に、蓄えられた口髭。そして冷たさを感じさせる黒瞳の持ち主である年長者は、王宮勤めの頃からの頼れる先輩だ。
カルキは、少しだけ笑って言った。
「なに、此度の人事について、宰相に問いただしたいことがありましてな」
笑ってはいるが、声が怒りに満ちている。旧知の仲であるカイリにはわかる。
「派手な人事は結構だが、王城の中をかき混ぜられては、内政にも影響が出かねない。外務を担当する者としては、内政の安定があってこその外務でありますからな、一言申しに行くのです」
絶対に一言じゃ済まなさそうな雰囲気だ。カイリは心の中で宰相に手を合わせた。
「だいたい、その人事は女王陛下が納得しているのかも不明だ。女王陛下を蔑ろにする現政権という形にしてはならないと私は思う。この国は、王がいねば成り立たないのだから」
「それは、私も思います」
カイリは反省の念を込めて言った。いつの間にか、後見人であるところの宰相を優先していた節がある。そんなことをすれば、ますます女王陛下の肩身が狭くなり、威光が薄れてしまう。
「この国のためにも、女王陛下をお立てしなければ」
そのカイリの顔を見て、意外にも、カルキは困ったような顔をした。
「私としたことが……済まないカイリ君。説教臭くなってしまったよ」
「いえ、貴方のお気持ち、痛いほどにわかります。気にしないでください」
カイリは微笑んだ。この先輩の自省する姿勢は、とても好感が高い。
さて、机の主要五紙を広げたまま、ガウナは頰を引きつらせていた。目の前の外務大臣は、想像以上に激怒されている。
「これは暴走とも言えるのではありませんかな、え? アウグスト宰相。さきのトウェル王の言ったことをお忘れですか」
「いや、あの、それは……」
「“戦争はするな、民が傷つく”。貴方にとっては戦争は民意をコントロールする手段なのかもしれませんが、民にとっては命の有無を問われるモノなのです」
「それは、そうだけど」
「そうだけど? それをわかっていて、内務大臣という人事を押し通したのですか?」
「それは、君が隣国にいたから……」
「隣国に派遣したのは貴方でしょう。厄介払いをしておいて閣議を成立させないとは。自作自演にもほどがある。なにより」
ばんっ!!
机に勢いよく手をついて、カルキはヤクザよろしく凄んだ。
「女王陛下の意思はあったのですかな?」
「あ、えーと」
「人事決定の日、女王陛下はどこにおられたのですかな?」
「…………です」
「は?」
「貴方の御子息のご友人のところです、はい」




