魔法使いはただ一人
そもそも、ガウナと彼では認識の差がある。
スピレードは、戦争に参加し、帝国の物資と技術力を目の当たりにし、どれも劣る王国が勝つには、人材の育成しかないと結論づけた。
対して、ガウナは違う。初めから魔法に慣れ親しんでいた彼は、魔法であれば、物資でも技術力でも補って余りあると考えている。
空間魔法を使えば敵の要人の元に一瞬で行くことができるし、今のガウナであれば、兵士の十人や二十人、ものの数秒で焼き殺せる。
だから、戦争をしない理由は、本当に内憂からーー具体的にはスピレードはじめ、戦争をすることに乗り気な人々、そしてガウナのことを目の敵にする野心家ーーだった。
スピレードは邪魔だが、クライスの言った通り、彼の育成能力に関しては評価してもいい。ガウナが提案したかったのは、戦争ではなく、内政。一糸乱れぬ動きをする近衛兵や、頭の切れる官僚を育ててほしかったのだが……。
「彼は、それが気に食わなかったんだね」
『シリウス・スピレード元内務大臣 死亡』
新聞の見出しを読んで、ガウナはため息を吐いた。
「シリウス先生のことですが、どう操作しますか?」
「僕の背中を押したとでも書いておいてくれ。美談風でいい」
王城にて、ガウナはスピレードの“教え子”でもあるというナニガシと、打ち合わせをしていた。彼はジルト監視の任を解かれ、今は手が空いている状態だ。
「ところで、例の件はどうなってる?」
「もうすぐ手筈が整いそうです」
「そうか。これで、説得力は増すね」
ガウナは満足そうに頷いた。
「君も、これで鬱憤を晴らせるというものだろう?」
「はい。ありがとうございます」
「鬱憤を晴らした次はどうする? ジルト君を唆して、僕を殺させてみる?」
意地悪く言ったガウナに、英雄信者の彼も、動揺することなく笑った。
「唆さずとも、あの方は貴方を殺しにきますよ。私は、ただ待てば良いだけです」
「案外クライスの言った通り、僕の“理解者”になったりして?」
「ボタンを一つ掛け違えてさえいなければ。貴方が欲するものは、ただ一つでしょう。それならば、彼と貴方では絶対に理解し合えません」
「掛け違えなかったら?」
「貴方こそが彼の英雄です」
英雄。なかなかいい響きである。
「英雄の英雄か……入れ子構造だね」
「しかし、英雄はただ一人です」
過激派の発言だ、とガウナは思った。自分だけが生き残る、強かな一族。その一族が崇めたという英雄は、自分のご先祖さまが何もかも投げ出してでも得たかった英雄は、どんな人物だったのだろう。
「そして、魔法使いもただ一人」
彼の黒瞳の奥で燃えるものを見る限り、ロクな人物ではないことは明らかだ。
人が人を、神のように崇めるのは間違っている。なにせ、本物の神がアレであるから、その神より劣る人がもっとアレなことは明らかだ。
『崇めるのと恋慕を寄せるのは紙一重だからな、思っきりブーメランだからなお前』
人の独白に自然に入ってくるのはやめてほしい。プライベートもあったもんじゃない。それに、ガウナは彼女を崇めたいのではなく、寧ろもっと健全な……いや少し下心があるかもしれないが健全な想いを抱えている。外見だけが美しい中身腹黒女や、優柔不断な二股男を崇める彼らとは、一線を画しているとガウナは思うのである。
「ガウナ様?」
不自然な沈黙が生まれていたらしい。ガウナは「気にしないでくれ」と微笑んだ。
「引き続き、工作をよろしく。マルクス財務大臣には、これが国力増強の建前であることを話しておくから」
「承知しました。しかし、財務大臣は納得してくださるでしょうか? 彼とは旧知の仲ですが……」
「その点に関しては、大丈夫。元子爵の鼻はとてもいいから」
そう、自分のことを見抜けなかったことを除いては。
あの舞踏会の日、刃を突きつけてきたくすんだ金髪の男は、敵を見抜く能力にかけては抜きん出ている。
四年前、焼け落ちた王都で“ただの”孤児院を建設するにあたり、ルクレールが頼ったのはカイリ・マルクスただ一人。
内務大臣シリウス・スピレードは、身寄りのない子供や、いらなくなった子供を集めて“孤児院”を経営していた。
ミラ・ウィトメールという彼の“後継者”の願いを知っていたルクレールが彼に掛け合わなかったのは言わずもがな。
もう一人、外務大臣がいたが、ルクレールは彼にはかけ合わなかった。
ともすれば、戦争肯定派のスピレードへの対抗馬として挙げることもできたが、彼は彼で、曰くがあったからである。
そう、彼は王の側近であったにもかかわらず、なぜか大火を知っていたかのように、誕生パーティーに出席せず、生きながらえた人物。
不確定要素の彼は、ガウナにとって内憂であり、ナニガシにとって目の敵の人物である。
その、彼の名はーー。
「スピレード侯爵と同様、ダグラス外務大臣も、叩けば埃が出る人物だ。善良な彼なら、寧ろ不正を糺す僕らの方に着くはずさ」
アントニーは、灰色の髪の少年から預かってきた手紙を、カイリの前に投げ出した。
「これが返事だってさ」
「速くないか……これ、絶対お断りの返事じゃないか……?」
危険物でも見るかのように戦々恐々とする父親。どころか、手紙の端を指で摘む始末である。
「アントニー、開けてくれぇ」
「嫌だよ。親父が開けろよ」
「父上と呼べ父上と。ラテラちゃん、代わりに開けてくれないかなあ?」
猫撫で声で頼み込む実父に、アントニーは頭が痛くなった。
「ラテラ、親父の言うことは聞くなよ。じゃないと、お前の大切なお兄ちゃんが悲しむぞ」
「あ、汚い! ジルト君を使うなんて!」
「子供を使いっ走りにした奴に言われたくないわ」
「だって、私が直接行ったらジルト君がびっくりしちゃうし、私も何を言うかはわからないじゃないか。若干配慮に欠けるお前が行った方がスムーズに行くと思って……」
それでいいのか財務大臣。
さりげなく我が息子を貶す父親に、アントニーはため息が止まらない。これが、あの腹黒公爵の元で働く優秀な人材とやらである。本当に現政権は人材不足だと思う。
「覚悟を決めた! 私は開ける! 開けるぞおおお!!」
「さっさと開けろ」
びりっ。
なぜか手で開けたカイリは、最初は落胆したような顔をしていたが、その次には息を呑み、そして幸せそうな笑顔になった。
「やはり、ジルト君はご両親に似て優しい子だ。返事を認めるから、また使いっ走りになってくれるか?」
「へーへー」
「それから、この手紙、お前は読みたいか?」
「読みたくないね」
アントニーが即答すると、カイリは「らしいな」と笑い、徐に取り出したライターで、手紙を燃やし始めた。アントニーは驚いて声を上げる。
「な、何してんの親父!?」
「とっても素晴らしい内容だが、これは残しておけない。私が死んだ時に迷惑をかけたくない」
「親父……?」
「何も知らないではいられないんだ」
炎に照らされた彼の顔は、頼りない父親ではなく、国を支える財務大臣のそれだった。




