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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
一人遊びのお姫様
123/446

彼女にとっての運命

それを知っていた人間と知らなかった人間の話です

彼は、赤い瞳を三日月の形に歪ませて言った。


「君は、先代の遺した癌だ。戦争に取り憑かれた可哀想な妄執は、見るに堪えない」


彼の座る玉座の後ろには、太陽の意匠をあしらった紋章旗が掛けられている。


若く青い王だ、好ましい、と虐げられてきた家臣は言う。戦争を止めた優しい王だと、民衆は褒めそやす。

だが、最も太陽に近い位置にいるスピレードだけは知っている。

彼は、遠くにいればいるほど恩恵をもたらすが、近くのものは容赦なく焼き焦がす存在である。


「君が無駄に善戦してくれたおかげで、無駄に命が救われた。仕切り直しだ」

「御言葉ですが、陛下」

「ん?」

「国民を、何と思われておりますか」

「人だよ。人の形をした人だ」


玉座から降り、彼は「残念だったね」と微笑み、こちらに近づいてくる。


「畜生や塵芥(ちりあくた)と答えると思ったか? 人は、人であるからこそ貴重な魂を持つんだよ、スピレード侯爵」


彼はスピレードの真横で止まった。

ぐるん、と紅い目がこちらを見た。


「今日呼び出したのは、他でもない。君に、君の死を突きつけるためだ……」






セント・アルバート学園、応接室にて。


突如やってきた亜麻色の髪の少女に、ジルトは困惑していた。


「ラテラちゃん?」


首を横に振る。


「パフェちゃん?」


首を縦に振る。


このやりとりを、五分ほど続けている。 


それを見守っていたアントニーが、「そろそろ認めろよ」と言う。


「お前にはパフェって呼んで欲しいんだと。俺らはラテラで良いんだけど」

「俺もラテラちゃんって呼びたいんですけど」


形だけ投獄されたシリウス・スピレード元内務大臣。

アントニーによって洗脳を解除されてもなおついていこうとした少女は、善良な財務大臣であるカイリによって、マルクス家の養子に迎え入れられたのだったが……。


「せっかくパパラッチどもを撒いてここまで来たんだ。その努力に免じて、ラテラのことはパフェと呼んでやれ」

「紛らわしくないですか? それに、本当の名前があるのなら、そう呼んであげた方が……」


喫茶店のメニュー表から生み出された名前である。不本意だが、公爵によって彼女の本当の名前がわかった今、本名で呼んでやりたいというのがジルトの気持ちである。


「お兄ちゃんには特別な名前で呼んで欲しいのーっていうやつだろ。よかったな」

「ありふれた名前だけど、いいの?」 


こくん、と少女……パフェちゃんが頷いた。アントニーの袖を引っ張り、文字盤を指さしていく。


「それがいい。だってさ」

「うん、わかった。じゃあそうするよ」

「じゃ、もう一つの目的も話せるわけだ。ほらよ」


アントニーが雑にテーブルに投げ出したのは、手紙だった。何も書いていないまっさらな封筒だが、ひっくり返すとマルクス家の封蝋がしてある。ジルトはぎょっとした。


「何ですかこれ」

「親父がお前にって。中身は見るな、見たら勘当だとよ。あの親父がそう言うくらいなんだから、よっぽど大事なもんなんじゃねーの?」  


それを雑に投げ出した彼は、皮張りのソファに凭れこんだ。パフェちゃんはお行儀よく座っている。それを見て、ジルトはほっとすると共に、アントニーにジト目を向ける。


「パフェちゃんの兄貴分になったんですから、これからはだらしない生活をしないでくださいね。特に女性関係は慎重に」

「それ親父にも言われたわ。ついでに親父とお袋の馴れ初めも聞かされたわ」


げんなりした顔のアントニー。

クーデターを企てていたスピレードとは別に、なぜか誕生会に出席できなかったマルクス現財務大臣だが、そのおかげで火事を生き残ったのだという。

だが、その時に妻を亡くした。一人息子であるアントニーを大切に育てているのは、本人の善性と、経験からである。




そんな善良な人物からの手紙だ。別に緊張することはないのだが。

アントニー達が帰った後。自室にて、ジルトは手紙の封を開けた。ペーパーナイフを取り落とす。


「……」


彼の善良さ故の文面だった。ジルトの身の上を心配し、この国を治める彼らを気遣い、国民の安寧を願う文面。


“もし君が望むなら、私が陛下に掛け合って、君の身分を保証しよう”


「そんなことをしたら……できないだろ」


公爵家に未練がないわけではない。生まれ育った家系、与えられた名前。全て、ジルトにとって大切なものだ。亡き両親が与えてくれた名前が大切なジルトだったから、パフェちゃんではなくラテラちゃんと呼びたかった気持ちもある。 


でも、時は戻らないのだ。


ジルトの中では、あの銀髪の公爵への憎悪が、燻り続けているのだから。






夢から醒めて、スピレードは目の前にいる人物に苦笑した。


「そうか……貴女が、“見届け役”か」

「ええ、そうよ」


王城にいるはずの彼女は、自身の存在を確かめるかのように、手を握っては開いていた。


「ねえ先生。私に、勇気を頂戴」

「勇気、ですか?」

「そう。気弱で腐っていた青年を、表現者にまで変える勇気。その勇気があれば、私は最後まで生きることができる気がするの」


生きる。なんと素晴らしい言葉だろう。スピレードは、この国を生き返らせたかった。腐ったままに蘇ったこの国を……。


『死ぬ人間しか、君には作れない。そういう理なんだ。国だってそうだ。最初から、この国は死んでるんだから』


紅い瞳の少女を前にして、同じ瞳を持つ彼の言葉を思い出す。十五年前、即位したての彼が言った言葉を。


『君には最大の屈辱を与えよう。英雄でもなく魔女でもない。役立たずの姫に看取られて、君は死ぬんだ』

「どうか」

「ええ」

「“運命”を、信じないで。貴女はあの男の娘だけれど、王族だけれど、英雄の血を引いているのだから……」

「ありがとう。きっと、“彼女”も喜ぶわ」   


まったく無様。だが、悪くない。


あの日、王城で、“教え子”であるところの烏は自分を擁護してくれたが、そんなのは無意味だと、スピレードは悟っていた。


宰相とスピレードには、あの不可思議な魔術への認識の差がある。  


もっと早くに知っていれば良かったのかもしれない。だが、知っていたら彼は人間を軽視していたのかもしれない。あの王のように。 


十五年前の呪いの言葉を覆したくて、今日まで人を、国を作ってきた。


『貴方は本当に、人材の墓場を作るのがお上手だ』


彼が言った言葉の、本当の意味は。


「私のやってきたことは、無意味だったのか……」

「いいえ、無意味ではないわ」 


諦め半分で呟いた言葉が拾われる。


「愚かなお姫様の一人遊びは、ここでおしまい。獅子は太陽を喰らわず、太陽はただ沈むだけ。貴方にそれを見せてあげられないのは、残念だけれど」


とびきりの優しい笑顔で、紅い目の彼女は微笑んだ。 


「あの世でたくさん、お話してあげるから」

「……そうか、それなら、嘆くのはもう少し後にしておこうか」


スピレードも笑みを作った。 


「もうそろそろ見回りの時間だ、さようなら、女王陛下」 


一瞬だけ、彼女は傷ついたような顔をした。かつて能面のようだった少女にそんな表情をさせるまでになったのは、きっと……。


「私は貴方の恋路を応援していますよ」


それでは。 


“教え子”に絶対に施さなかったことを、自らに施し。彼は、安らかな眠りについた。




『彼の魂は?』

「無粋なことを聞くのね。私は貴方じゃないのよ」

『でも、無能な私では魔女に勝てない』

「勝てるわ。お父様の殺してきた魂が、ここにあるもの」

『それなら、戦争は?』

「しない…………それは、最終手段よ」


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