結論
ヒリヒリする頬を摩りながら、アントニーは毒づいた。
「クソ、エルシーめ、思いっきり引っ叩きやがって」
スピレードとジルトが喫茶店にいた頃。アントニーもまた、清算を始めていた。
六股相手の令嬢達の元に行っては、フられるという行為を繰り返し、馬車の中で息を吐く。
「何をされているのですか?」
同じく馬車に乗り込んだクライスが、不思議そうに問う。
「見てればわかるだろ、清算だよ」
「命の危機にあることをわかっていますか?」
「だからこそ、死ぬ前に奴らをフるんだよ。あと、これは実験。次、ウィリア子爵家」
御者に命じ、アントニーは天井を見る。
「なあ、烏さんよ、俺ってモテると思う?」
唐突な問いに、クライスは少し考え、「はい」と肯定。それに、アントニーはおかしそうに笑った。
「正解は、ハズレ。俺はモテない。自分で言うのもアレだが、俺は有象無象のイケメンってところだな。六股なんてできないんだ、本来は」
「……」
よくわからない、という顔をするクライスにアントニーは満足した。無表情な男を困惑させてやったという謎の満足感。だから、答えを教えてやる。
「俺は、あの男の崇高な“教え”を低俗なものに利用してたんだよ。つまり、女どもを軽く“洗脳”してたってわけ」
「そんなことが、可能なのですか」
「可能だよ。だから、俺は六股できてた」
でも、これには欠点が存在したわけだ。アントニーは、ため息をついた。
「パパラッチどもが出張ってきた瞬間、女どもの“洗脳”は解けた。あの男の洗脳は、教える側と教えられる側の二者関係だ。だから、第三者が関わってくると簡単に解ける。使えねえ」
「……それは」
「あんたならわかるだろ? 第三者に着いたあんたには」
馬車が止まる。ウィリア子爵家に着いたようだ。クライスの後から降りたアントニーは、伸びをした。
「それじゃ、これが終わったら王城にでも行ってやるか」
「なぜですか?」
「決まってるだろ、殺されるためにだよ」
アントニーは、前を行く従者に皮肉げに言う。
「あんたの主人にな」
と、そんな覚悟を決めて王城に行ったアントニーは、なぜか待ち受けていたハルバ達と合流。なぜか彼らが知るはずのない“バルで会った女”の話をされ、その通りにやってみろと、物騒な目をした衛兵の洗脳を解き、今に至る。
はっきりと失礼なことを言い切った金髪の少女に、アントニーは拍手を送りたい気分だった。実際、ダグラス家のクソ次男はうんうんと頷いている。
「……うん、正解だよ」
公爵は悄然として弱々しく頷いた。ざまあみろ。
「ポッと出の公爵に、王位継承権最下位だった女王陛下。急拵えの政権に、人望はないんだよ」
気の抜けたような顔をして、公爵は階段に座り込んだ。
「だから、先生の育てた人材は喉から手が出るほど欲しいと思ったんだけど」
つまり寝取ろうとしたんだな、アントニーは自分なりの解釈をする。
「でも、僕が“洗脳”してもダメだとわかったよ。圧倒的な差だ。僕が操る彼らには、統率力がない。先生の操る彼らには、“一糸乱れぬ”という言葉が相応しい統率力がある」
つまりテクニックが……アントニーがそんなことを考えていると、なぜかジルトが睨んできた。何かを口パクしてくる。
「くだらないことかんがえんな」。短い間にずいぶんと以心伝心になったものである。
ーーそもそも、お前が女装して、彼女役になってくれれば、俺の頬は無事だったんだけどな。
第三者による円満な洗脳解除ができたら、六発分食らわなくて済んだのに。そんなことを思ってもみたりするが、それは伝わらないらしく、ジルトはふいと視線を公爵へ戻した。
ーーえ、なんで俺を見たの?
よくわからない。ダグラスのところの次男が、その様子を見て半眼で笑っている。怖い。
「……なるほど、アントニー君がゼロに戻してくれるというわけか」
などというやりとりをやっているうちに、なぜか自分の名前が公爵の口から出てきて、驚いた。
「はい。アントニーさんが洗脳解除をすれば、誰の派閥でもない優秀な人材が手に入りますよ」
はきはきと喋るのは、金髪の女の子。
「“一糸乱れぬ”は無理かもしれませんが、個人の能力なら保たれます」
「それは一理あるね。あとは籠絡するだけか」
つまり元カレと別れた状態の女を……。また、視線を感じた。「おまえはなんでおれをみてんだ」とジルトに口パク。「せいぞんかくにん」と返ってきた。おそらく。
アントニーがいつ殺されるかわからないので、チラチラ見ていたらしい。マメなことで。
なんてやりとりをしている間にも、話は進んでいく。
「シリウス先生……スピレード元内務大臣は、“育てる”ことに関しては折り紙つきです」
冷静な従者の声。シリウス先生が、微妙な顔をしていた。
「彼は“人材の墓場”職人だからね」
ーーそのフレーズ気に入ってんの?
アントニーは公爵のことを胡乱な目で見た。
「“育てる”彼と“見る目がある”僕。なるほど、融和路線が見えてきた」
「しかし、ガウナ君は戦争反対派なんだろう? そこは私と意見が違うのだが」
「いえ、戦争反対というわけではありません。内憂が多すぎて、手が回らないだけです」
「ほう」
興味を惹かれたようなシリウス先生に、アントニーは両者の間での妥協を見た。
「それでは、戦争は一年後ということで」
「楽しみにしてるよ」
…………ん?
話はあっという間に進み、何か“洗脳”以上に物騒な単語が飛び出した。がっちり握手を交わす両者は、内面は知らないが、爽やかな笑顔を浮かべていた。
よし、殺されなかった。
始終アントニーをチラ見していたジルトは、心の中で小さく喜んだ。スピレードにアントニーを殺させないと言う目的も達成できたし、ガウナにアントニーを殺させないという目的も、ファニタ達や、他ならぬアントニーのおかげで達成できた。
……ノーデンさんは、殺されたけれど。
ジルトは、その死を覚えておこうと彼の死に顔を心に焼きつけ、殺した本人を見た。
彼の藍色の目は、やはり濁りきっていた。きっと、ジルトにしかわからないことだ。
殺したと死なせた。それは、主語の違いである。
ガウナが殺したと、ジルトが死なせた。そこに違いはなく、彼らはきっと、連帯の関係なのだ。




