欠点
何気なく酷いことを言うファニタちゃん。
亡き“教え子”の名前を呟いて、スピレードはジルトのことを見た。
「君は、今の青く光るものが何か知っているかね?」
ジルトはその問いに頷く。
「似たような物を見たことがあります」
あの時は、『アッカディヤの魔術儀式』だった。ハルバとリルウが円陣に入ることで完成するはずだったが……。
「たぶん、あの青い円の中に入ったら、ノーデンさんみたいになります」
「ふむ」
膠着。迂闊に近付けば、あの魔法陣の餌食になりかねない。かといって、ガウナが仕掛けてくる様子もない。彼は、楽しそうにこちら側を見ている。
「それなら、これはどうかな」
スピレードが、徐に二本、小刀を取り出して投げる。ガウナはそれを飛び退って躱した。
「躱したということは、効果があるということだね」
スピレードは兵士たちに命令する。
「全員距離を取って。遠距離から仕留めようか」
「冷静すぎるなぁ」
徐々に離れ始めた兵士や、広間に集まってきていた衛兵、そして子供達。ガウナは苦笑しながら、リルウが座る玉座の真下……階段の真前へ。
「でも、絵は掛けてある。ね、サム君」
「はい」
かつん。靴音が聞こえた。
玉座の裏から姿を現したのは、病的な目をした、ブロンドの髪の青年。手には、一枚の絵を持っている。
「サイネル君」
「いいえ、彼はサム君です。さて、ジルト君」
「何ですか」
「こ、声が低い……この部屋を見て、何か変だとは思わないかい?」
ぐるりと見渡す。玉座へと続く赤い絨毯、ガウナを囲むように輪を作る“教え子達”。そして、それを取り囲む様に壁に飾られているのは。
「赤い絵だ……」
「そう。実は、この絵はとっても面白い仕掛けがしてあってね」
ゆっくりと階段を降り切ったサム青年の持っている絵を、ガウナは小刀で削る。赤い色が削り取られ、その下から現れたのは、青い魔法陣の図柄だった。『アッカディヤの魔術儀式』の時の、また、先程ノーデンという青年の命を奪った魔法陣である。
「言うなれば、さっきの魔術の欠点を補う仕掛けがしてあるんだよ。僕が指を鳴らせば、この広間にいる人々は、全員死ぬ」
ごくりと、誰かが唾を呑んだ。誰かじゃない、それは、“教え子”達だ。スピレードによって“同じ”にされたはずの“教え子”が、帝国兵を殺すためのーー死をも恐れない人間が、その意味を理解して、喉を鳴らした。
「誰も動かないでくださいね。動いたら、殺すから」
張り詰めた空気。その支配者であるガウナは、その場を見回して満足げに頷いた。
「一回言ってみたかったんだよ、こういう台詞」
「あんた、何がしたいんですか」
「うん、人材確保かな。ここに集まっている優秀な“教え子”達には、シリウス先生離れをして欲しいんだ」
ガウナは、スピレードの足元に向かって小刀を投げた。
「それで、自殺してください」
スピレードは、その小刀をじっと見つめた。
「サム君がね、先生先生って頭を抱えて言うんですよ。そこの“教え子”達もそう。僕よりも貴方を優先する。だから、先生がいなくなれば、完全に洗脳できるんじゃないかなって思って」
「“洗脳”じゃない、“教育”だ」
「御託は結構。安心してください、シリウス先生。貴方の育てた“教え子”達は、僕が責任持って有効活用しますから」
「……私以上の下衆がいるとはね」
「光栄です」
スピレードが、床に屈んで小刀を拾う。その刃を喉元に持って行った時ーー
「ちょっと待てって言ってんだろがぁああ!!」
大声と共に入ってきた人物が、床にべしゃりと倒れ伏す。その赤茶けた髪はーー
「アントニーさん!?」
「と、お前の大親友ハルバ君だ!」
「ぐえっ」
アントニーの背中を踏みながら、ハルバがキメ顔で入ってくる。少し恥ずかしそうな顔をして、ファニタもそのあとをついてきた。
「決まったな、これは決まった!」
「決まってねーよダグラスんとこのクソ次男がよお!?」
ハルバの足から脱出して、アントニーがぎゃんぎゃん喚きながら立ち上がる。一気に空気が弛緩したものになり、「アイツら誰だ?」という困惑が伝わってきた。
「おいクソ公爵、良い案を持ってきてやったぞ」
びしっ! とガウナを指差し、尊大に言うアントニー。ガウナはそんな彼を、ゴミ虫を見るような目で見た。
「何かな、ナンパ男君」
「うげ、やっぱり覚えてたのかよ。ごめん、やっぱり無」
「無理じゃねーんですよ、やれ」
笑顔のハルバに肩を掴まれ。
「アントニーさんならできます。さっきの件で証明済みです」
真剣な顔のファニタに頼み込まれ。アントニーは、ちらりとジルトを見て。
「はぁ〜、なんで俺がこんなことを……」
アントニーは徐に、壁際で固まる衛兵の元に歩いて行き、何かを話しているようだった。
がしゃん、と武器を取り落とす衛兵。
「なにをした」
優位をひっくり返されそうなガウナではなく、スピレードが硬い声を出す。
「あんたがやったのと逆のことだよ、シリウス先生」
アントニーが笑った。
「四年間あんたのことを見てきたんだ。どうやって、“教え子”を作るんだろうって」
親父を綺麗なままでいさせるには、俺も汚れなきゃいけないと思った。彼はそう言う。
「でも、とある奴の言うことには、“孤児院”の子供達は普通の子供達だったんだってさ。俺もそう思う。人間は、そんなに変われないと俺は思うよ。だから、不肖の弟子としては、“洗脳”なんて、実は簡単に解けるんじゃないかと思ったんだ」
「“弟子”……」
「そ。あんたの“教え子”じゃない、“弟子”の俺が。それで、クソ公爵に提案なんだが」
アントニーは、ガウナの方を見た。
「何だい?」
「俺が貴重な人材の洗脳を解くから、シリウス先生と、俺を見逃してくれないか?」
「それなら答えはノーだ。今この場で、全員殺す」
「はああ。お前の主人、相当頭固いぞ、烏君」
アントニーが振り返る。そこには、黒髪の従者が立っていた。
「慎重なだけです。ですが、ガウナ様。彼の言うことは、私には最善策と思われます」
「危険因子二人を生かしておくことが?」
「そうです」
「だから、アントニー君がここに来ることを許した?」
「そうです」
「……君が言うんじゃ、しょうがないな。ということで、アドレナ嬢」
「ひゃいっ」
突然指名されたファニタが、飛び上がった。それに微笑したガウナは、優しく問いかける。
「現政権の欠点を言ってごらん?」
「じ、じじ……人望のなさですっ!!」




