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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
一人遊びのお姫様
113/446

先生

誰が後悔するかって、それはハルバ自身だ。


彼がやっていることは、他人を傷つける行為というより自傷行為と言う方が相応しい。ハルバがアントニーのことをクズでゲスでどうしようもない奴というたびに、彼の表情は曇る。それは本人には預かり知らぬことだろうが。


たとえば、とジルトは仮定する。


アントニーが死んだ……殺されたとして、ハルバは自業自得と笑うだろう。だが、それは駄目だ。

なぜなら、ハルバはアントニーのことを同族だと思っているから。口にはださないが、死ぬべき人間だと、密かに思っているからだ。


今回アントニーが死ねば、ハルバの“死ぬべき”は、彼自身にも及んでしまう。彼の死ぬ理由が、補強されてしまう。『あんまり背負うな』は、実は言った本人にこそ相応しい。


まあ可愛いのは身内ということで。ハルバによる仮託を終わらせるために。

それともう一つ。自分の理想、生きる理由のために、ジルトはここにいる。




三段階だ。


公爵がアントニーを殺すのを阻止する。目の前のスピレード元内務大臣がアントニーを殺すのを阻止する。それから、公爵がアントニーを殺すのを阻止する。


新聞記事を読んだ時、ジルトは孤児院放火事件を延焼させた、真の黒幕を知った。それと同時に、名前は伏せられていたが、財務大臣を擁護した人物の存在に、頬を緩めた。アントニーだとすぐにわかった。


スピレード元内務大臣は、一種アントニーの命の恩人だ。彼が出てきたからこそ、公爵はアントニーを保護せざるを得なくなったのだから。






ジルトは、スピレードを見上げた。


さすがは、真っ昼間から殺人事件を起こした人物である。街中だというのに、堂々とジルトの前に現れた。


ーーかかった。


アントニー君を駄目にした子というのはどういう意味かわからないが、頷く。


「そうです。よくわかりましたね?」

「リジェ君が、報告してくれていたからね」


知らない名前だ。ジルトの顔を見て、スピレードは補足してくれた。


「さっき殺してきた子だよ。あの子は優しすぎたんだね」


他人事のように言う。なるほど、その臭いか。ジルトは納得した。


「それなら、自己紹介する手間が省ける」

「もちろん。はじめまして、ジルト・バルフィン君。私のことは新聞で知っていると思うけれど、一応自己紹介しておこう。シリウス・スピレード。元内務大臣にして、元侯爵。すべて元がつくが、唯一現役の肩書きがある。それは、院長だ。シリウス先生と呼んでくれ」

「シリウス先生?」

「そうだ」


満足げに頷く彼は、ジルトの背後に目をやった。出会った時からずっと、その少女は、ジルトの背中にぴったりとくっつき、刃先を突きつけていた。


「こんなところで立ち話も疲れるね。少し、移動しようか」






何の因果か、そこは、アントニーと初めて接触した、あの喫茶店だった。


あの時と違って、妙に子供の数が多い。ジルトとスピレード、そして少女は、一番奥の席に座った。アントニーが、座っていた席である。


あの時は遠くから見るだけだった、赤がふんだんに使われた絵画は、よく見ると、轟々と燃え盛る炎を表していた。この独特なタッチ、やはりそうだ。“貢ぎ物”によく似ている。ジルトはそう思った。


それを背にして、スピレードはジルトにメニュー表を渡した。


「好きなものを選んでいいよ。何を食べる?」

「じゃあ、季節のパフェを」

「私もそれにしようかな。お腹が冷えてしまうだろうから、温かい飲み物も頼もうか。私は紅茶だが、ジルト君は何がいい?」

「コーヒーで」


まるで、孫に対する祖父のように、ジルトを優しく見つめてくる。推定二十二人を殺した人物とは思えない。


「……君は?」

ジルトは、左隣に座る少女に訊いた。少女は無言で首を横に振った。ので、ジルトはウェイトレスが来た時にパフェとカフェオレを頼んでおいた。どうせスピレードの金である。


「……」


じっとジルトを見つめてくる少女の瞳は、黄水晶のように綺麗だった。色は違うが、なんとなくリルウを思い出した。


「その子は、優等生なんだ。いい子なんだが、声を聞かせてくれないんだよ。おかげで名前もわからない」


スピレードがそのやりとりを見て言った。勝手に頼んだジルトに怒ることなく。ジルトはスピレードに向き直った。


「だが、それだから良いのかもしれないね。人間は口があると、余計なことを喋ってしまうから」

「だから、殺して回ってるんですか?」

「そうだよ。私は臆病だからね」


臆病。ファニタが公爵を指して言った言葉である。


「アントニーさんも、殺すんですか?」

「そうなるね。彼は、とてもお喋りだから」


紅茶とコーヒー、カフェオレが来た。少女はカフェオレに手をつけない。


「冷めるよ」


一応そう言ってみた。少女はスピレードのことをじっと見た。


「良いよ。飲みなさい」


こくりと頷き、少女はカップを持った。ジルトもコーヒーに砂糖を入れて飲んだ。


「君はとても興味深いね。その子はさっきまで、君に刃物を突きつけていたんだけど」


突きつけさせてたのは貴方ですけどね。


ジルトは思わず半眼でスピレードを見た。


「ジルト君、君は今何歳なのかな?」

「十四歳です」

「そうか。惜しいな」


何がだろう。


「十二歳までだったら、まだ“教える”余地があったんだけれど」


ありがた迷惑な話だった。だが、ジルトはスピレードに(おもね)った答えを出した。


「俺も、シリウス先生の教えを受けてみたいです」

「おべっかが上手いね」

「いいえ、本気です……三分の二くらいは」


机の下で拳を握る。

ジルトは、スピレードの目を真っ直ぐに見た。


「俺に、人の殺し方を教えてください」


第三段階へと通ずる道は、ここにある。

ピアジェが好き

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