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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
一人遊びのお姫様
112/446

同類

シリウス先生のはなし

人間の育成は、最高の投資である。


と、常々シリウス・スピレードは思っていた。


スピレード侯爵邸にて。

目の前で逮捕状を突きつけてくる警邏官に、彼は、投資が失敗に終わったことを悟る。


「ああ、残念だ」


それだけ言って、シリウスは未来ある若者が、ぐらりと前のめりに倒れるのを見ていた。


倒れ伏した警邏官の後ろでは、少女が返り血を浴びて佇んでいた。シリウスは立ち上がり、持っていたハンカチで、少女についた血を丁寧に拭いてやる。


「アントニー君は、失敗作だな。せっかく、四年前から目をかけていたというのに」


父親離れができていなかったということか。嘆かわしい。やはり、善も悪も定義されない幼児の時代でないと、育成は難しそうだ。


「そういえば、あの子も音沙汰がないな。勿体無いが」


シリウスは、いざという時のために用意しておいた荷物を手に取り、廊下へと続く扉を開けた。()()の視線が、一斉にシリウスに集まった。


「やはり、()()が亡くなったことが痛手だな。まったく、あの偽善者はとんでもないことをしてくれたものだ」


独り言を呟きながら、シリウスは廊下を歩く。眼前では、城を守るはずの衛兵達が次々と、少女によって息絶えていく。


「練習相手と思えば良いか。帝国兵は、君達の何倍も強いと思うがね」


少女の隙を縫って襲いかかってきた衛兵を、仕込み杖で切り捨てる。


「欲を言うなら、クライス君がいいな。彼なら、すぐに死ぬことはなさそうだ」


かつて逃した教え子を思い浮かべ、シリウスは笑みを浮かべた。クライスの活躍はシリウスの耳にも及んでいる。強さに磨きをかけているようで何よりだ。


のんびりと廊下を進んだ先。螺旋階段の下のエントランスホールでは、シリウスの“教え子”達がすでに屍の山を築いていた。上々だ。


外に出る前に、四年前から住んでいる我が家を振り返る。未来ある兵士たちが絶命している様を見て、シリウスは心を痛めた。


「ガウナ君は、彼らがこの国の財産だということをわかっているのかな? もっと、価値のない人間を寄越せばいいものを」


視線を戻し、シリウスは玄関扉を開け放った。


「良い天気だ」


太陽を眩しそうに見上げ、彼は屋敷を後にした。






『シリウス・スピレード内務大臣、侯爵の爵位剥奪と共に指名手配。罪状は反逆罪と、警邏官一名、衛兵二十名の殺害』


孤児院放火事件、そして財務大臣と元子爵の癒着疑惑。連日新聞を賑わせていた話題は、晴天の最中に行なわれた惨劇へと移っていた。


「首輪、つけておきたかったんだけどね」


王城。主要五紙を机の上に広げて、ガウナは内容を検分。ほぼ同じようなことが書いてある。


四年前の急拵えの福祉政策の舞台裏。

なぜルクレール・ヘッジ元子爵は内務大臣ではなく財務大臣に、孤児院建設及び施療院建設を訴えたのか。予算の捻出もあるが、一番は、カイリ・マルクス現財務大臣だけが信用できる存在だと知っていたからだ。


よって、ルクレールとの取引で黒い噂が流れていたカイリは信用を回復。これの裏には、あの子息の働きかけがある。


巨悪はシリウス・スピレードのみ、という形にまで収めることはできたが、なにせ、彼は劇薬すぎる。


ガウナとしては、批判を覚悟で、逮捕時に警邏ではなく衛兵を投入した。やりすぎとの声もあったが、この結果をもって、閣議にて反対してきた頭の硬い人々もわかっただろう。


スピレード元内務大臣は、強力な私兵を保有しているのだ。


これまでスピレードとは、彼のやっていることを容認しながら、持ちつ持たれつやってきたと思っていたが、ここにきて決定的な反旗を翻されてしまった。


ーー形だけの地位じゃ、駄目というわけか。


ガウナだって、必要悪の存在は理解しているつもりだったが、侯爵はそれではお気に召さなかったようだ。まあ、目の前にいる彼を強奪した時点でわかっていたことだったが。


新聞から目を離し、ガウナは自身の最高戦力である青年に問う。


「クライス、マルクス財務大臣の御子息は?」

「まだ殺されていません」

「まだ、ね」


と、いうことは、これから殺される可能性があるというわけだ。まあ当然か、あの御子息は、スピレードと繋がっていたわけだから。


「アレリア監獄に入れていた、“孤児院”出身者は?」

「もう殺されました」


速い。これも明日新聞に載るだろう。


「容赦ないな、スピレード侯爵は」


苦笑いし、ガウナは次の策を練る。


クライスのジルト監視の任を解き、今回の重要人物であるマルクス財務大臣の子息の護衛を任じた。

正直言って彼は証言をした時点で用済みだ、この事件が終わったら処分するつもりだが、事件が終わるまでは護衛をしなければならない。彼をスピレードに殺させたら、ガウナ側の落ち度になるからだ。


代わりに空白になったジルトの監視には、英雄信者の青年をあてることにする。


ガウナはそこで、半眼になる。


「今頃、ジルト君の話が載るはずだったのに……」


そんな恨み節も出てしまう。


あの小さな英雄が、どんな顔をするか楽しみだったのに、この緊急事態が終わったら、絶対に面白おかしく新聞社に吹き込んでやる。


「あのスピレードとかいう奴、面白いよなー」


お気楽な神様は頭の後ろで手を組みながら、そんなことを言う。いや、とてもピンチなんだけど、とガウナが胡乱な目で見れば、ペルセは赤い瞳を子供のようにキラキラさせていた。


「お前とアイツ、より多く人を殺せるのはどっちなんだろうな!?」


そんなことを、爽やかな顔で宣うのである。わかったことを聞くんだな、とガウナは思った。


スピレードはガウナとは違って、別に殺したいわけではない。“邪魔だから殺す”。それだけで動いているのだ。彼が理想とする国を作る為に。 


殺すことを目的とするガウナとは、まったくの真逆。


まあでも、同類には同類なのかもしれない。ガウナもそうだ。より多くの人を殺すために殺す。スピレードもまた、こうなった以上、ガウナにとっては()()()なのである。






そう、彼と俺は()()だ。


人に言われるがまま、どうにもできない自分の状況から目を逸らす、クズでゲスな人種。自分が助かりたいがために、わかったふりをする無能。


だから、死んでも死ななくてもどっちでも良いと思っていた。


けれど、俺は()()()()を見逃していた。終わったと思っていたから、それ以上は視ようとしなかった。


同族嫌悪というやつだ。だから俺は、それをわかっていたのに、理解していなかった。

俺とさえ親友になってくれたジルトが、どんな行動をとるか、視なくてもわかっていただろうに。











ロマンスグレーの似合う紳士だった。だが、その身に纏う臭いは、ジルトを不快にさせた。いつかに嗅いだ臭いである。


「君が、アントニー君を駄目にした子かな?」


優しげな声。ジルトは、草色の瞳を眇めた。


ーーかかった。



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