接触
どうでもいい話ですが、四股にするとしこになるのでやめました。
意外に早かったな、とジルトは思った。
セント・アルバート学園、応接室。居心地悪そうに座る赤茶けた髪の青年に、ジルトは笑いかけた。
「待ってましたよ、アントニーさん」
「ふん、手間かけさせやがって。だが、この俺の能力をもってすれば……」
以下自慢話。ジルトはそれを苦笑いで聞いていた。要はマルクス家がすごかっただけである。
「……と、いうことで、俺はお前にたどり着いたというわけだ」
「すごいなー」
「なんだその舐め腐った褒め方は。もっと誠意を込めて褒めろ」
「……」
「無言になるな!」
大臣の息子は意外とノリが良いらしい。それはともかくとして、ジルトは早速本題を切り出した。
「俺が貴方に言いたいのはただ一つ。公爵を煽るのをやめてください」
「公爵? ああ、あの宰相のことか」
ややこしいな、とアントニーは言った。たしかに、今までジルトにとっては公爵だったが、アントニーにとっては宰相の方がイメージが湧くらしい。
「そう、アウグスト宰相です。貴方が新聞社に、現政権の悪い噂をタレ込みまくってることはわかってるんです」
「悪い噂というか、真実だよ。父様は隠していたが、当時ルクレールに弱みを握られてたことは明白だ。これは次にタレ込もうと思ってるが、前に燃えた施療院なんかもおんなじ理由で建てられたもんだ」
「……ずいぶん、喋ってくれるんですね」
ジルトがアントニーの立場だったら、警戒心剥き出しになるのだが。
アントニーは、猫っ毛をかき混ぜた。
「隠しても無駄かと思ってな。それに、あの喫茶店で、ご丁寧にお前は自分の立場を明確にしてくれた。わざわざ放火犯に“さん”なんてつけて。火事で追いやられた宰相側ではしない言動だろ。だから喋ってる」
意外と冷静なアントニーに、ジルトはいけるかもしれない、と思い始めた。
「そうなんです。俺が言いたいのはーー」
「だけど、俺は手を引くことはしないからな」
そんなジルトの希望を、アントニーがバッサリと斬る。
「俺から女を奪ったあの下賤な宰相を引き摺り下ろすまでは」
一転。アントニーの水色の瞳は冷静さを失っていた。
「お、女?」
「そう。先日行われた舞踏会のことだ。その女に俺たちが親切にしてやろうとしていた矢先、掻っ攫っていきやがった」
そんなことが。ジルトは目を丸くした。
ーー俺は途中から来たからわからないけど。
なんだか浅そうな因縁だな。
「その舐め腐った目をやめろ腹立つ」
「すみません」
そんなことを言われても……と思いつつ、ジルトは懸命に興味があるフリをした。
「で? 宰相が掻っ攫っていったのはどんな女の子だったんですか? やっぱり十歳以下の子ですか?」
「お前は俺を宰相と同じ性癖を持つ者として見てるのか? 普通の少女だったよ。金髪に、お前と同じ目の色の、そういえば、歳もお前と同じくらいか」
……ん?
途端、ジルトは目の前の青年に妙な既視感を覚えた。そういえば、この自信満々な声、軽薄そうな容姿、どこかで……。
「その子に気付いたのは俺が最初だった。俺は親切心を発揮して、その子に言ったわけだ。『ねえお嬢さん、こんなところにいたらーー」
「『こんなところにいたら狼に食べられちゃうよ。僕が安全なところまで連れていってあげるよ』」
「そうそう、それ……は?」
目の前で間抜け面をするアントニーに、ジルトは最低最悪な気分になっていた。
ジト目でアントニーを見た後に、せめてにっこり笑ってやる。
「お久しぶりですね、あの時のお兄さん?」
応接室は、気まずい空気で満ちていた。
「……お前、なんで女装なんてしてんだよ」
「諸事情です。なんで騙されるんですか」
「諸事情だよ」
どんな諸事情だ、と突っ込みたかったが、それを突っ込むと自分の方も言わなければならなくなるので、ジルトは口を噤んだ。
「道理でドン引きしてたわけだ……中身が男だったわけだから」
「いや、それもそうだけど、アントニーさんの口説き文句に鳥肌が立ってたっていうか……」
改めて腕をさするジルトに、アントニーは微妙に傷ついた顔をしていた。その様子を見て、ジルトはアントニーを宥めにかかる。
「これでわかったと思うけど、貴方と宰相の因縁、本当に意味ないですから……今のうちに手を引けば、特定されずに済みますよ?」
「そうだな……と、言うと思ったか?」
まだ諦めないのか、とげんなりするジルトに、アントニーは人差し指を突きつける。
「これはつまり、宰相が間抜けだと世間に知らしめるチャンスだと俺は思う!」
「漏れなくあんたの間抜けさも世間に知らしめられますよ」
テンション低く突っ込むジルトだが、アントニーは丸無視。わきわきと手を動かす。
「ぐへへ、お前を売れば、俺は宰相に勝てる……」
完全にゲスな顔になっている。やはり、新聞の三面記事に載る人物は伊達ではない。
「俺を売ることはおすすめしませんよ。ていうか、売ったら売り返します。あんたが実は二股じゃなくて、三股かけてることを新聞社に吹き込もうかな」
「な、なぜそれを……!?」
ハルバが教えてくれたからである。
それは言わずに、ジルトは悪どい笑みを浮かべて言う。
「両令嬢からは訴えられそうになってるんでしょ? これにウィリア子爵令嬢が加わったらどうなるのかなー」
「俺を脅そうってのか」
「そうなりますね」
さて、どう出るか。ジルトは草色の瞳を眇めた。
アントニーは、下を向いてしばらく黙っていた。これで激昂しないあたり、やはり冷静な面を持っている。
「……わかった」
やがて、静かな声でそう言った。
ジルトは胸を撫で下ろした。のも束の間。アントニーはジルトのことを見据えて言う。
「ただし、お前が俺のスキャンダルを鎮火しろ。それが条件だ」
「……は?」
意味不明な要求に、思わず間抜けな声を出したジルトに、アントニーはにやりと笑った。
「メリーもエルシーもナタリアも、ミーシャもキャロルもノエラも、精算するいい機会だからな。お前が女装して俺の彼女として振る舞って、奴らに引導を渡せ」
「いや」
ジルトは指折り数えて、一言。
「六股してんじゃねーよ!!」




