飛んで火に入る夏の虫
本日も、アントニーは宰相落としに勤しんでいた。
王都にある複数の新聞社を回った後に、やり遂げた顔をして、目についた喫茶店に入る。
「ここのパフェが美味かったんですよ」
喫茶店は、それなりに賑わっていた。笑顔で言う少年に、「そうですか」と塩対応の青年。そんな会話を聞いて、アントニーもパフェを注文してみる。
待っている間、それとなく店内の会話に耳を傾ける。
世間話がほとんどだ。宰相の話題もある。まだ同情票が多いというところか。
「それにしても、大変ですねクライスさん。新聞であんなことを書かれて」
少年の声が聞こえた。クライス。ああ、あの宰相の。そういえば、あんなイケすかない顔をしていたな、とアントニーは思った。
「何者かの陰謀によるものでしょう。見つけ次第即刻捕らえます」
生真面目な声。宰相の側近の烏の噂は聞いている。アントニーは内心ヒヤヒヤしていた。危ない危ない、もっと慎重に動かないと。
「へー。でも、捕らえられますかね? 新聞社にタレこんだ人、相当偉い人っぽくないですか? こんな内部事情まで知ってるなんて」
「ええ。だからこそ、絞り込めます」
絞り込めちゃうんだ……。アントニーはウェイトレスが持ってきたパフェを食べた。美味い。美味いがさっきから寒気が止まらない。
それにしても、宰相の側近と世間話をしているあの少年は誰なんだ? アントニーはそちらの方をチラリと見た。
側近の方は幸いにも後ろを向いていた。少年の方は向き的にこちらを見ていた。目が合う。楽しそうに笑いかけてくる。アントニーは視線を逸らした。
灰色の髪に緑っぽい瞳。瞳はあの子猫ちゃんと一緒だが、しかし灰色の髪とは珍しい。
「誰を見ていたんですか?」
「あそこの絵ですよ。ちょっとあの人を思い出してしまって……へー、じゃあ噂を流した犯人が捕まるのも時間の問題ってわけだ」
「残念そうですね」
「まあそうですね。せっかくルクレールさんが捨て身の攻撃をしたっていうのに」
ルクレール。あの子爵か! 言い方からすると、あの少年は知り合いっぽいな。
アントニーは、パフェを食べるペースを遅くした。ついでに温かいコーヒーを頼んだ。指先が冷たくなっている。
「……ヘッジ子爵が火を放ったと、信じておられるのですか?」
「信じてはいませんよ。でも、世間の流れに沿うならそう言っておいた方がいいでしょ」
平たい声だった。二人の間に沈黙が落ちる。店内は騒がしいはずなのに、アントニーには二人の会話しか聞こえなくなっていた。
「ごちそうさまでした。やっぱり季節ものは美味いですね」
パフェを食べ終わったらしい。少年とクライスが店内を出ていくのを見送り、アントニーは緊張を解いた。
コーヒーが来た。アントニーはカップを手で覆った。冷たくなっていた指先が、じんわりと暖かくなる。
ーーあの少年。
アントニーは、わざとらしく自分に笑いかけてきた少年を思い浮かべた。名前こそわからなかったが、特徴は十分にあった。あの子と同じ緑っぽい色の瞳に、珍しい灰色の髪、それに、あそこの学園の制服。
たっぷりミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲む。パフェの後だからか、一口目は苦かった。
アントニーはコーヒーを飲みながら、少年が咄嗟に口実に使ったであろう絵を見る。
赤がふんだんに使われた、前衛的な絵だ。有り体に言ってしまえば、何を描いているのかわからない。
「炎……?」
首を傾げる。よくよく見れば、人間らしきものもちらほらいる。なんというか、不気味な絵だ。この喫茶店には似合わない。
そそくさとコーヒーを飲み、アントニーは逃げるように店から飛び出した。
たしかに、そうだった。
ジルトはクライスの追及をのらりくらりとかわしながら、ハルバの言う通りだったと内心でガッツポーズ。
赤茶けた髪の青年は店内に入ってきて、ハルバの言った通りの場所に座った。
あらかじめクライスを誘き出しておいたジルトは、青年が来ると共に話題を孤児院のことに移した。
クライスの正体と、彼がどこまで掴んでいるか、それと、ジルトがルクレールの知り合いであることを話した。
もちろんクライスに怪しまれないよう、あくまでも孤児院放火事件を疑う体で。
ジルトがガウナを疑っていることを装って、だ。
……実のところ、ハルバが何を言おうとしたか、ジルトにはわかっていた。
『悪いのはあの公爵なんだからさ』
誤魔化そうとして言った言葉がガウナを責める言葉ならば、孤児院を燃やしたのは、ファニタの予想通り、ルクレールということになる。
ジルトが殺したのでも、ガウナが殺したのでもない。つまり、殺したのでも死なせたのでもない、ハルバはそんな言葉を言おうとしていたのだ。
ジルトはハルバの優しさに感謝した。だが、実はもう、ジルトには殺したと死なせたの線引きはできていた。
『もう、誰も死なせませんから。あんたには、殺させない』
ガウナに言った言葉が、全てである。
あとは、あのアントニーという青年が接触してくるのを待つだけだ。
ハルバが視た限りでは、ガウナ達はアントニーが犯人だとは気づいていないという。なぜなら彼は財務大臣の身内であり、父を追い込めば自分も追い込まれることになるからだ。そんな自殺行為を行なうはずがないという先入観もできている。
だが、クライスの言った通り、アントニーは内部事情を話しすぎた。公開されている予算ならまだ良い。だが、それ以上……例えば、ルクレールが孤児院建設に携わった裏事情なんてものは、知っている人物が限られてくる。
今はまだ入っていなくとも、ガウナのことだ。アントニーも射程圏内に入るはず。その前に、あちらからジルトに接触させる。この件から手を引かせる。
ハルバが言うにはゲスでクズでどうしようもない男らしいが、そんなのは関係ない。
ジルトにとって重要なのは、“ガウナに殺人をさせないこと”なのだから。




