彼にとっての運命
不憫な人間とバカな人間
燃え落ちた王宮で、何もかもどうでもよくなったリルウは、ガウナと契約を交わした。
“会いたい人がいる”。そんなガウナの願いを叶えるために、リルウは一番大切なものを失った。魔力を手に入れ、薔薇の魔女のフリをすることになった。
あの夜。ジルトの呪いを解いたのは正解だったのか、リルウにはわからない。けれど、ジルトが何も知らないままでいるのは、状況的に不利だと、リルウとナニガシは判断した。だから、リルウは呪いを解いた。
……あの時から、リルウは魔法を使えなくなっている。
失ってはじめてわかったが、満たされている感じがない。魔力なんて、人間になくてもいいものなのに、あって当然という凄まじい枯渇感がリルウを襲う。
それでも、と、リルウは思うのだ。
契約を破って、大切なものを取り戻してよかった。たとえそれが真実でなくとも、記憶を取り戻して真っ先に、「トウェル王がリルウを気にかけていた」ということを伝えてきたジルトの優しさが、リルウにはとても嬉しかった。
だからこそ、そんなジルトを騙した父の醜悪さには、ほとほと呆れ返ってしまう。
馬鹿な父だ。手に入れられなかった女の生き写しにいい格好を見せようと、優しいフリをするなんて。リルウを心配する優しい父親のフリをして、心を掴もうとするなんて。
どれだけ未練がましいのだ、あの男は。
……だが、リルウとて、そんな父を笑えないかもしれない。
ガウナと契約した後、戴冠式の会場で、リルウはジルトの姿を見た。リルウとガウナを、冷めた瞳で見るジルトの姿を。
それだけで、リルウの胸は締め付けられ、あの優しい瞳は見れないのかと絶望し。
ーー私は、またあの人の笑顔を見たい。
そう思って、いつの日か、リルウは復興した王都でジルトと会うことを夢見ていた。
そうして、その時は訪れた。
五度目の英雄式典の日、リルウは、ジルトに出会った。
四年前からは考えられないくらい、瞳は濁っていたけれど、その綺麗な色は健在だ。
あの頃と同じ、姉妹……兄妹ごっこをして、リルウはまた、あの頃をやり直せると、信じていた。
『アッカディヤの魔術儀式』を止めたジルトが、ガウナを殴ってリルウを置き去りにした時は、寂しかったけれどまだきっと、希望があった。
だって、ずるいやり方だけれど、孤児院に行く途中、自分の境遇を語ったときに、ジルトは同情してくれたから。ガウナに利用されていて、周囲からはお飾りとみなされる女王。そんな可哀想なリルウに、ジルトは心を動かされてくれたから。
でも、舞踏会の直前、ナニガシからジルトとガウナの因縁を聞かされた時。ジルトが、ガウナを殺そうとしていることを聞かされた時、リルウは、やり直せないことを知った。
あとは転がり落ちて行くだけ。今は呪いを解いて幸せでも、リルウがガウナと契約したことは、加担したことは、いずれジルトにわかってしまう。
その時、ジルトがどんな顔をするのか……リルウは、それが怖くて仕方ない。
ーーそれなら、いっそ。
あの魔女信者の言う通り、正体を明かさずとも、ジルトをガウナの“理解者”に仕立て上げればいいのだろうか。
いや。
その考えは、リルウの心が否定していた。
ーー私は、私だけのお兄様が欲しいんだから。
誰かと共有など、ありえない。誰でもない、私だけが幸せにするお兄様が、欲しい。
王城の自室で、リルウは己の無力さを嘆いた。幸せにしたいのに、借り物の力しかない。借り物の力すら失った。そんな自分に、価値などあるのだろうか。
『価値のない私でさえ、あの方は愛してくれました』
「……誰」
あの夜、魔法を失ってから。
自問自答するリルウの心には、第三者が語りかけるようになっていた。
『私は、かつての生で学びました。愛する人を守る方法を。愛する人の、心を守る方法を』
その第三者は、リルウに惨たらしい光景を見せる。血の海に沈む灰色の髪の少年と、その少年を掻き抱きながら、恍惚とした表情をする自分。
「死んでからじゃ、意味ないの」
リルウは強く目を瞑り、頭を振った。
「お兄様を、生きたまま幸せにするんだから」
瞳を開く。紅い瞳には、決意が漲っていた。
「誰かは知らないけれど、ありがとう。貴方がくだらない妄言を呟いてくれるから、私は私でいられるの」
声は聞こえない。都合が悪くなると、この声は聞こえなくなるのだ。まるで自分だ。リルウはため息を吐いた。
「きっと貴方は、私と同じだったんでしょうね」
人に利用されて、それに甘んじて、大切なものを失おうとしている。
誰かに操られるがままに、誰かのために生きている。
「だいたい人間って、自分のことも俺のせいにする傾向があるからさぁ。王族がああなったのは、自業自得っていうか、人間同士の泥沼だし? それで俺の名前を消そうって、お門違いなんじゃないの?」
「でも、君も面白半分にローズに魔法を与えたんだから、罪があるにはあるんじゃないのかな?」
神と聞いて驚いていたのは最初だけで、魔女の生まれ変わりである銀髪の公爵は、ペルセの訴えをにこにこと聞いていた。話していてなんだが、絶対楽しくない話なのに、興味深く聞いてくれる。
「人間同士の泥沼か。まあ、そんな気はしてたけど。魔女と英雄、両方に信者がいるところからしてだよね」
「魔女の方は信者を切っていった(笑)けどな。そこんとこそっくりだわお前」
「さんざん独り言で聞いたよ。最後の方は疑心暗鬼になっていたよ彼女。かわいそうに」
話していてわかったことがある。目の前の男は、まったく魔女に同情していない。
「お前の前世だぞ? なんか思わないのか?」
「いや別に。怖いのは人だなあと思って。クライスは大正解だね!」
ぱちぱちと、扉の前に立つ従者に拍手を送る。魔女の生まれ変わりはさんざん見てきたが、こいつ、何か変だなとペルセは思った。
「これは僕も利用されないようにしないと」
油断している? 余裕がある? いや違う。藍色の瞳は、常に思慮深く落ち着いている。
「それにしても、これで“運命”なんてロクでもないことがわかったね! そもそも、神様が純粋すぎて、そんなの存在しないんだろうし」
「お前、何言ってんの?」
「君こそ、過ぎた過去の話を掘り出して、僕に何をして欲しいんだい? 斯くして、人はどうしたか? 人の醜悪さ? その続きが見たいのなら、同族を崇拝する変わり者たちの元へ行った方がいいよ」
挙句、自分の信者、または英雄の信者をこき下ろす。
「……でも、彼女へのプロポーズに使ってしまったから、“運命”は使わなくてはならないかな? はー、やっぱり殺さなくちゃいけないのか」
「お前の思考回路わっかんないんだけど。なんで殺すのが運命なんだよ」
「くらやみに入る前、僕の一族が恨みをつらつら並べていたから、ローズの仇を取るにはこの国の人たちを殺さなければいけないのかなと思って」
そんな雑な理由!?
目を見開くペルセ。そんなペルセを無視して、ガウナはマイペースに自分の掌を見た。
「実際、そんな力が僕には備わったからね。中の人もいたし。でも、君の話だと中の人にも虚偽が混じっているらしいね。いやはや、人間は怖いや」
つらつらと語るガウナは、実に嬉しそうだ。何がそんなに嬉しいのかといえば、
「これで、無粋なもの無しに彼女を愛せるよ。僕の隣で僕が殺した人を見て、罪悪感に陥る彼女をたくさん見られるんだ!」
それを聞いて、ペルセは扉付近に待機している従者を見た。なるほど。
「バカの上司はもっとバカってことか!」




